過日の勝利とその代償。
お待たせしました。
人は自分の過ちに気付く事は希である。特に上手くいっている時ほど気付かない。順調なようで、其の実は取り返しのつかないミスをしている時がある。そして後になって気付く。そこで過ちから学び。そして次に進む。人の進む人生には多くの分岐点がある。だから、これもその一つなんだろう。間違えたとしても受け入れるしか無いんだ。
事態を受け入れられずに俺は錯乱していた。
「どうして一緒に居られないの師匠! 僕とじゃ子供が産めないからなの? 僕を見捨てないでぇ!!」
「え!? ク、クラウス! 君は一体何を言っているんだい!?」
「僕が何とかするからあぁぁ!! 僕と一緒にいてよぉ!」
離さぬ! 離さぬよ! この抱き心地の良い腰も! たわわに実る果実も! 全部俺のもんじゃぁあああ!!!
「なっ!? お姉様と子供を作るですって!? 貴方一体何を言っているのですか!? 離れなさい!」
「離さない! 僕は師匠と結婚して一緒になるんだぁ!! 大好きな師匠と一緒になるんだぁあ!!!」
師匠は我が理想! 我が女神! 何者にも譲る気持ちなど1ナノメートル存在するものか!!! ゆりゆりしい人は出番無いから何処か行きなさい! 邪魔する奴は魔力一つで、ぶっとばぁすぞぉー!!
「クラウス。……その気持ちは嬉しいが、子供はまだ早いと思うんだ……その、こっ子供を作ると言うことは、アレだ。その、クラウスが大人に……なってからじゃないと……出来ないと言うか。べっ別に産むのが嫌だってことじゃないよ? す、好きだって言われるのは素直に嬉しい。だけど、子供はまだ早いよ……」
「お姉様!?」
「師匠ー!!」
何と言う気遣いか! やはり師匠は我が女神なり!
羞恥に顔を朱に染めて、耳まで赤くなっているというのに。
俺が子供と言う事を気遣い。
大人にならなければ出来ないと諭しながら。
だけど産むのは嫌ではないよと好意的に表現してくれ……。
あれ? ん? おや? 何かが噛み合わない気がするのは気のせいですか?
「師匠? エルフと人族って子供を作れるの?」
「へ? いや、どうなんだろうね。元々、エルフ族と人族が結婚をしたと言う前例が無いから出来るか出来ないかは、正直分からないとしか言い様が無いね。文献にも何も書かれてはいなかったから誰も知らないと思うよ?」
「そうなの?」
おんや? おかしいぞ? あの幼女神の言ってる事と齟齬が生じてますよ? 人族とエルフは子供が出来ないって言ってたよな?
その前に人族とエルフが結婚した前例も無いと仰られた。
ここで理由を聞けば何か分かるかもしれない。
「師匠。エルフは人族と結婚をした事が無いのはどうしてなの?」
「理由か、理由として一番大きな物はエルフの元々の使命と言うか、目的は邪神の眷族をこの世から討伐する事だ。だから、それ以外の事に目を向ける事が無かったと思うんだ。他にも他種族との交流も少ない事が理由として挙げられるね」
「そうなんだ」
目的以外のことが目に入らないのね。
「特に人族との交流は慎重にざるを得ないから、婚姻を結ぶなどはあり得なかった筈だよ。過去に帝国の貴族がエルフの娘を拐おうとしたからね。その時は貴族を滅ぼすまでエルフの怒りは収まらなかったと言われている。今では公国の計らいもあり少しは怒りが収まっているんだけどね」
「悪い事する人も居たもんだね」
無理矢理はいかんよ。
「そのエルフ族と人族の間を取り持ったのが、私の家系の方なのです。我がシュミット家は傍流ではありますが、その血を受け継いだ名誉ある家系なのです」
「と言う事なんだよ。クラウス」
「ふーん」
それは別にどうでもいいんです。
問題はエルフと人族の間に子供が出来るかどうかなのです。
もしかすると子供が出来ないとは知らないんじゃないか?
それなら態々言う必要も無いよな。
師匠の心が変わってしまうかもしれない。
それなら余計な事は言わないが吉。
口は災いの元なり。
「教えてくれてありがとう! 師匠」
今は師匠の温もりだけが有れば良い。
師匠の香りが有れば良い。
なんと香しき香りか。
「どういたしまして」
ああ。ナデナデもしていただけるのか。
至れり尽せりですな。
「お二人が仲睦まじい事はよろしいのですが、根本的な問題には至って無いのでは?」
「え? ああ。そうだねアルフォンス殿」
問題? なんだっけ? 師匠のナデナデでどうでも良くなったよ。
師匠の前では些細な事なのだよ。
「それについては、一度村長殿の家に戻ってからにしようか」
「分かりました。それではお嬢様。一旦お戻りになりましょう。お話も途中で中断されたままでございます」
「くっ。分かりましたわ。戻りますわよアルフォンス」
「はっ」
宮仕えは苦労するねぇ。
「私達も戻ろう。クラウス」
「はーい!」
私めが御手を引きましょう。
そして約1ヶ月ぶりに師匠と手を繋いで伯父さんの家へと歩いた。
「やあ、お帰りクラウス」
「ただいま。伯父さん」
巻き込まれるのが嫌で付いて来なかったな。
「お話の途中で席を辞してしまい申し訳ありません」
「いえいえ、こちらは構いませんよ。グリューン殿」
そのくせ女性の前ではええカッコしいだからな!
まったく油断ならぬ。
「それで先程の事なのですが、間違いはありませんか?」
「ええ、確かな事です。今朝方訪れた方々は間違いなく帝国の方々でしたよ」
「御名前も間違いはありませんでしたか?」
「間違いありませんでしたよ。ローゼマリーお嬢様」
そして然りげ無い笑顔。
小さくても淑女として扱う。
流石は伯父さん。
「彼らは確かに名乗りました。一人はエロワ・マオーと名乗り。もう一人はブッティー・マーラーと確かに名乗って行きました。間違いはありません」
「やはり間違いございませんお嬢様。その方々はディンガー子爵子飼いの商人達です」
「その様ねアル。しかし、よりにもよってディンガー子爵ですか。やはりお姉様の事を探っていたのですね」
なんね? 話が見えませんよ?
「師匠? 何がどうなってるの?」
迷える子羊に救いの手を!
「教えてあげるから少し落ち着いて」
「はーい」
「まずは、事の始まりから話そうか――」
そして語られたのは、なんとも荒唐無稽な話だった。閑職に追いやられた貴族の不満からくる話だったのだ。ディンガー子爵という貴族が左遷された腹いせに公国を敵視して塩の値を上げようとしたり、自分の御用商人を優遇しようとしたり、公国内の民が多数移動するのは帝国に対して謀反の用意があるからだと言う無茶な話だった。
「無茶苦茶だね」
「そうだね。だけど、そうも言ってられないんだ。村人が大勢居なくなった村が出たからね」
え?
「私が調査の帰りに立ち寄ったアクビア村が、約六割の村人を残して他の村人が消えてしまったんだよ」
まさか?
「その報告が上がってからは嘘が嘘ではなくなってしまった。下手をすると帝国が介入する口実を与えるかもしれない」
あの蚊の化け物の?
「ディンガー子爵が自分の商人達を動かしたのは、何とかして証拠を握ろうと暗躍…しているつもりなんだろうね。それに村人が消えた事を知らないと言っても嘘を付いていると言って聞こうとしないらしいんだ」
原因が蚊の化け物…。
「彼らは私の事を連絡要員とでも思ったのだろう。私がこの村に何度も立ち寄っていると知れたら何をされるか分からない。どんな言い掛かりをされるか分からない。だから当分の間は村には来れそうにないんだ」
…しまった。
「こんな事になってしまって残念に思う」
跡も残さず全部処分してしまった。
少しでも残っていたらよかった。
少しでも残せばよかった。
なんで俺は気絶してしまったんだ。
なんで…。
なんで考えなかったんだろう。なんで卵も全て処分したのだろう。証拠さえ有れば言い逃れ出来たかもしれないのに。なのに俺は良い気になって全部自分の考えが正しいと思って処分してしまった。俺はなんて浅はかなんだろう。確かに、この村を救ったまでは良かった。だけど、この村の責任者は誰だ? 伯父さんだ。伯父さんに言えば何かが変わっていたかもしれない。例えば化け物の卵があると言えば証拠として残そうと言った筈だ。伯父さん程の人だ。非常時でも抜け目無い指示で、うまく事を運んでいただろう。そう、俺と違って……。
「だから一年程は様子を見ようと思う。分かってくれるかい? クラウス」
ああ。分かったよ。
「……うん」
俺が馬鹿だって事が。
「分かってくれてありがとう」
お礼を言われる事はないですよ。
言われただけ惨めに感じる。
寧ろ迷惑を掛けただけじゃないか。
謂れのない非難を受ける事になったじゃないか。
「辛いのは分かるよ。君は私を強く慕ってくれていた。それだけに私も辛い。その気持ちが分かって辛いんだよ……」
そこまで気遣ってくれるのか師匠。
「だから明日の朝までは君と一緒に居よう」
そこまで優しくしてくれるのか師匠。
なら俺に出来る事は……。
「分かった。一緒に居よう師匠」
その心遣いを受け入れる事だけだ。
馬鹿な弟子に出来る事はこれくらいだよ師匠…。
考え無しの代償は師匠との別れだった。
読んでくれて、ありがとうございます。
少し用事があり書く事ができませんでした。
今日からは普通に投稿できそうです。
では、次回も会いましょう。




