影は光の裏にある。
争い事から遠ざかり、平和な日常に居ると。そのような物は小説や映画の中の物だと思うようになる。だが現実をよく見ると日常の影の部分には確かに有るのだ。遠い異国で、近い隣国で、自分の住む町の中で、争いは無くなる事はない。同じ言語で話す人達も争うのだ。言葉を交わすことが出来なければ尚の事、争いの種は尽きる事はないだろう。だけど思う事が出来るだけ人はまだ救いがある。傷つけば痛いと分かる。優しくされれば嬉しいと分かる。その思いがあるだけ救いはある。だけどそれすらも無い時は、ただただ殺し合うだけなのだろうか。今はまだ分からない。
我が師匠は燃え上がった。
「うん。クラウスは心身共に鍛え上げる事にするね?」
「え? 師匠?」
何やら良からぬスイッチを押してしまった様だ?
ナニカオサレタヨウダ?
「そうだよ。なぜ今まで気付かなかったんだろうね。心は体と共に鍛えられる昔のエルフも言っていたよ」
余計な事を口走ったエルフも居たものだ。
意外とエルフは脳筋なのか?
「そうだね。魔法以外もクラウスには教え込んだ方が良いよね」
おかしい。同意を求める言葉に聞こえない。
決定事項を言い渡す言葉にしか聞こえない。
「師匠? 僕まだ子供だから遠慮するね?」
「大丈夫。大丈夫だよ? 痛くない。痛くしないよ?」
それ歯医者さんなんかでよく聞くセリフだよ!
信用出来ない類のセリフだよ!
「幼い内は肉体に負荷を掛けるより。反射や反復と言った訓練の方が良いね。適度に休みを挟みながら俊敏性と体幹とを両方鍛えるんだ。うん。訓練内容が見えてきたね」
「僕には不安しか見えないよ?」
あかん。こりゃあかん。
師匠とラブラブな関係が、一転してバトル漫画の修行みたいな展開に!?
おかしい? どこでフラグを間違えた?
俺のストーリーはエルフ90%とエロ8%の序でに、ほのぼの日常2%で構成されていたはずだ!
構成物質がバトル80%くらいに変えられてしまう!?
それはあかん! エルフ分は70%を切ったら駄目だ!
「心配ないよ? クラウス。初めは辛いかもしれないけれど、後でやって良かったと思える日が来るよ。ふふふふふ」
最近、師匠のようすがちょっとおかしいんだが?
度重なるカルチャーショックのせいだろうか?
俺のせいではないな。
多分そうだろう。
うん。
しかし、このままでは駄目だ。やられてしまう。やられるばかりで良いのか? 俺よ。俺は元々やられる前にやれ! の精神で生きてきたじゃないですか。電車で、女性の近くに位置して痴漢に間違われる前にオッサンの近くに行き難を逃れたじゃないか。ショッピングモールで迷子を見つけた時も、近くの女性にそれとなく注意を促し俺が迷子センターに駆けて行き難を逃れたじゃないか! 苦難を強いられているんだ。と思うより先に苦難を超えてしまえばいい。うん。これでいい。
別に自己暗示じゃないからね?
「師匠が、そこまで僕の事を想ってもらえるなら僕も覚悟を決めるよ!」
「そうか。クラウスも漸く私の思いが伝わったか」
「うん! 必ず師匠を超えてみせるね!」
「うんうん。期待しているよ」
「超えた暁には師匠をもらうね?」
「うんう。うん? なっ何を言っているのかな?」
「承諾は得ました! 師匠待ってて下さいね?」
「え? あれ? クラウス? 待つんだ」
「よーし! 明日から頑張るゾー!」
そして俺は明後日の方向へ駆けて行くのさ。
過去は振り返らないのさ!
その後、師匠を相手に隠れん坊を繰り広げた。木陰に隠れて気配消失や光学迷彩魔法を駆使てやり過ごして逃げまくった。消えたり現れたりと、まるで土竜のように師匠の警戒網を掻い潜った。最後には懇願されたので木陰から飛び出し師匠に抱きついた。
「クラウス? いきなり居なくなったりしたら駄目なんだからね? 私は師として君を預かっているんだよ? ご両親に必ず連れて帰ると言ったんだから居なくなったら駄目なんだよ? 分かったのかな? もう離さないんだからね!?」
師匠が少し涙目になっている。
やり過ぎてしまった。
「ごめんなさい。もう師匠を置いていなくならないから泣かないで?」
「泣いてなんかいなんだからね!」
俺にハンカチで涙を拭かれているのに泣いてないと言い張りますか。
まあ、年上の矜持なんだろうな。
これ以上指は摘しないでおこう。
涙目エルフは可愛かったです。
「そろそろ昼も近いから村へ帰るよ!」
余程悔しいのか師匠は俺を抱きしめて離さない。
ゲームに負けた子供の様に意地をはっているよ。
「はーい! 師匠」
ここは素直に従うが吉だね。
そして、師匠と手を繋ぎ馬のいる場所まで歩いた。
馬に乗る前は師匠も少し気が立っていたが、次第に子供相手に意地になっていた事に少し落ち込み。村につく少し前には持ち直していた様だ。
その間に暇を持て余した俺は魔法の練習をしていた。
望遠魔法で遠くの景色を眺めたり。
林の中を熱感知魔法で眺めたりしていた。
そんな時だった遠くの林の中に人影の様な赤く映る物を見たのは。
サーモグラフで見ているから余計に鮮明に見える。
「ん?」
今日のダディは狩りは休みだったよな。
俺達を見送った時はマザーと一緒だった。
あの愛妻家がマザーを放ったらかしにするはずがない。
態々休みの日まで森に入る事は無いよな。
でも、うちの村に森に入る人って他に居ないんだよな。
もしかして何か事件か? 師匠に進言するか?
もう落ち着いたよな?
「師匠? あの林に人影が見えたの」
「人影? 私は気付かなかったけどクラウスには見えたんだね?」
「うん。今日はお父さんは森に行かないし村の人も今頃は畑に居るはずだから誰かな? って思ったの」
「どの方向か分かるかい?」
「あっちの方向だよ」
丁度、村から西側の方向の森手前の林だ。
「うん。クラウス。よく見つけたね。少し馬と一緒に待っていなさい」
「はい。師匠」
なんだ? 師匠の気配がいきなり鋭くなったぞ?
「数は一匹か。まだこちらに気付いていないな」
師匠が馬から降りて、馬具に取り付けられていた弓を持ちながら眺めている。
そのままゆっくりと弓に矢を番えながら狙いを定めている。
「囮か。或いは偵察か。どちらにしても逃す事は出来ない」
更に鋭くなる師匠の気配に俺の動悸が早まる。
師匠の魔力はどうなっているんだ?
少し魔眼で視てみよう。
「凄い…」
驚きで大声が洩れそうになるのを必死で押さえながら師匠を見た。
師匠の魔力は身体から静かに然れど素早く弓と矢に行き渡っていた。
熟練の手練なら魔力の形を変えられるのか?
それに師匠の魔力の色は緑色だ。
『風よ。矢を運べ』
師匠が何かを囁いた瞬間。
矢は弓より空へと放たれた。
でもここから相当遠くに居るよ? 当たるの?
俺が観測をしておくか。
「あっ」
そう思っていたら呆気ない程容易く。
矢は人影に吸い込まれるように刺さった。
頭に当たったからヘッドショットだ。
てか凄くない? ここからの距離で当てる?
確か熱感知魔法なら射程は200メートルだよ?
射程ぎりぎりの距離だから凡そ190メートルくらいなのに弓ってそんなに飛ぶっけ!?
「クラウスはここに居なさい。私が見てくる」
そう言うやいなや師匠は音も立てずに駆け出した。
まるで風のように目的地へ駆けていった。
エルフの面目躍如と言った所か。
師匠の弓の腕は一級品の様だ。
それから暫くして師匠は戻って来た。
「お帰りなさい師匠。何だったの?」
「ただいまクラウス。魔獣さ」
「魔獣?」
人影に見えたのに?
「ああ。人のように二足の歩行をするけど言葉を交わす事も出来ない。獣と同じさ」
「それが居たの?」
まさかまだ居るんじゃないだろうな?
「一匹だけだから群れからはぐれたか。他のエルフに追い立てられてここまで来てしまったのかもしれないね。そんなに不安な顔しなくても大丈夫だよ。跡も残さず焼いたから」
「はい! 師匠」
少し見えた黒い煙は焼いていたからなのか。
「まあ。見るからに武器も持っていないからエルフに追い立てられた魔獣だろう。群れで居たのなら武器の一つも持っているはずだ。」
まるで自分に言う様に師匠は状況を確認していた。
「さて、少し遅くなった。帰ろうクラウス」
「はーい!」
村に降りかかる脅威は払拭されたのだ。
しかし師匠は凄いな。今までの評価を上方修正するべきだな。
やはりエルフは偉大なり。
これが俺の異世界に来て初めての魔獣との接触だった。
読んでくれてありがとうございます。
遂に主人公の魔獣との接触でした。
見ただけですけどね。
それでは次回も会いましょう。




