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八つ目の大罪  作者: act
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2/5

第2話 色欲

翌朝。


教室へ入った瞬間から、昨日の女のことが頭に残っていた。


『見つけた』


あの声だけが、妙に鮮明だった。


言葉の意味は単純だ。


ただ。


何を見つけたのか。


どうして自分なのか。


そこが分からない。


黒世透は自分の席へ鞄を置き、窓の外を見るふりをした。


昨日までと同じ教室。


同じ机。


同じ顔ぶれ。


変わったものは何もない。


少なくとも、ホームルームが始まるまでは。


担任が教室へ入ってくる。


いつものように出席簿を机へ置いたあと、少し間を置いた。


「今日は転校生を紹介する」


教室の空気が一段だけ上がる。


前の扉が開いた。


入ってきたのは、昨日の女だった。


透は思わず目を細める。


偶然。


そう片づけるには、出来すぎている。


女が黒板の前に立つ。


「一ノ瀬 麗です。今日からこのクラスに入ります。よろしくお願いします」


名前だけは、妙に耳に残った。


一ノ瀬麗。


その直後。


教室の中が騒がしくなった。


「え、かわい」


誰かが小声で言う。


それだけなら普通だった。


転校生。


しかも目を引く容姿。


少しくらい注目が集まっても不思議じゃない。


問題は。


『めっちゃ可愛い』


『話したい』


『隣の席来ないかな』


『彼氏いるのかな』


『仲良くなりたい』


頭の奥へ、次々と声が落ちてくる。


透はこめかみを押さえた。


多すぎる。


これまで聞こえた時は、一人から一つ。


強くても二つ。


今は違う。


教室のあちこちから。


一ノ瀬へ向けて。


同時に。


担任の説明が続く。


席。


教科書。


時間割。


透にはほとんど入ってこなかった。


一ノ瀬は笑っている。


自然に見える。


少なくとも。


周囲の人間はそう思っている。


けれど。


透には違和感があった。


好意が多すぎる。


転校初日の熱気だけでは説明できない。


女子からも。


男子からも。


教師からまで。


種類は少し違っても、方向だけは同じ。


一ノ瀬麗へ近づきたい。


好かれたい。


気に入られたい。


透は一ノ瀬を見る。


視線が合った。


一ノ瀬はほんの少しだけ笑った。


昨日と同じ。


あの笑い方。


透はすぐに目を逸らした。


やっぱり。


自分を知っている。


◇


一時間目が終わる頃には、一ノ瀬の席の周りに人だかりができていた。


「前の学校どこ?」


「部活やってた?」


「好きな芸能人いる?」


「LINE交換しよ」


質問が途切れない。


一ノ瀬は嫌そうな顔をしない。


一つずつ笑って答えている。


その対応が上手いせいで、さらに人が集まる。


透は少し離れた自分の席から眺めていた。


普通なら。


転校初日はこういうものなのかもしれない。


でも。


声が邪魔をする。


『もっと話したい』


『俺のこと覚えてほしい』


『他のやつより先に仲良くなりたい』


好意というより。


欲に近い。


透はそこで気づいた。


一つだけ聞こえない。


一ノ瀬自身の声。


昨日は聞こえた。


『見つけた』


今日はまだ一度もない。


偶然か。


それとも。


聞こえない理由がある。


透が考えていると、人だかりの隙間から一ノ瀬がこちらを見た。


目が合う。


すぐに。


彼女は集まっていた生徒たちへ何か言って、その輪を抜けた。


こっちへ来る。


面倒だな。


透はそう思った。


一ノ瀬は透の前の席へ手をかけた。


距離が近い。


「黒世透くん、何してるの?」


フルネーム。


知っていて当然ではある。


同じクラスになった。


名簿を見れば分かる。


それでも。


透には、昨日から知っていたように聞こえた。


「別に」


「昨日も別にって顔してた」


「昨日会ったばかりだろ」


「覚えてたんだ」


一ノ瀬が楽しそうに笑う。


周囲の視線が集まる。


『なんであいつだけ』


『昨日から知り合い?』


『仲良さそう』


声がまた増える。


透は一ノ瀬を見る。


「用があるなら言えば」


「冷たい」


「人が見てる」


「気になる?」


「面倒」


返事を聞いて、一ノ瀬の笑みが少しだけ変わった。


面白がっている。


そんな顔だった。


そして。


唐突に聞く。


「私のこと、好き?」


周囲の会話が一瞬だけ薄くなる。


透は一ノ瀬を見る。


「昨日初めて見た」


「それ、答えになってない」


「好きになる理由がない」


数秒。


一ノ瀬が透の顔を見つめる。


何かを確かめるように。


その視線の方が。


周りの好意より気になった。


「そっか」


一ノ瀬はそれだけ言って、自分の席へ戻った。


透はその背中を見る。


今ので何を確認した。


そこが分からない。


◇


放課後。


人の減った校舎は、昼間より音がよく響く。


昇降口へ向かう途中。


「黒世くん」


後ろから声がした。


一ノ瀬。


透は足を止める。


振り返らないまま聞く。


「何」


「ちょっと話したい」


「ここで」


「ここ、人通るよ」


「じゃあ話さなくていい」


一ノ瀬が数秒黙る。


そのあと。


小さく笑った。


「ほんと警戒するね」


透は振り返る。


「昨日、知らない人間に見つけたって言われた」


一ノ瀬の表情が止まる。


ほんの一瞬だけ。


でも。


見逃さなかった。


「聞こえたんだ」


透は答えない。


一ノ瀬が一歩近づく。


透は同じだけ下がった。


「近い」


「そこまで?」


「条件が分からない」


「何の?」


「そっちの」


一ノ瀬の目が細くなる。


もう。


誤魔化す気はないらしい。


「やっぱり分かるんだ」


「何が」


「普通じゃないってこと」


透は黙る。


肯定もしない。


否定もしない。


その方が情報は出る。


一ノ瀬は少し考えたあと、壁にもたれた。


「私、人を好きにさせられる」


透は表情を変えなかった。


言葉の意味だけを頭の中で分解する。


人を。


好きにさせる。


今日の教室。


異常な数の好意。


全部つながる。


「好きって、どの程度」


「そこ聞く?」


「能力なら条件があるだろ」


一ノ瀬が少し呆れた顔をする。


「もっと驚くかと思った」


「驚いても情報は増えない」


「変な人」


「そっちほどじゃない」


一ノ瀬はまた笑った。


余裕があるように見える。


でも。


透には一つ気になることがあった。


「それ。本物?」


一ノ瀬の笑顔が止まる。


「何が」


「好意」


廊下の窓から夕方の光が差し込んでいる。


一ノ瀬の顔の半分だけが明るい。


「能力で好きにさせたなら。それを本人の気持ちって言えるのか」


一ノ瀬は答えなかった。


ほんの数秒。


さっきまでの軽さが消える。


透はそれ以上聞かなかった。


今の沈黙だけで十分だった。


効いた。


ということは。


本人も分かっている。


一ノ瀬は壁から背を離した。


「放課後、また話そ」


「今が放課後だけど」


「明日」


「内容による」


「あなたみたいなの。他にもいるよ」


透の視線が止まる。


一ノ瀬はそれを見て、少し満足そうに笑った。


「その顔」


「何」


「気になるんでしょ」


透は否定しなかった。


一ノ瀬は手を振り、廊下の向こうへ歩いていく。


透はその背中を追わない。


少なくとも。


今は。


他にもいる。


その言葉だけが残る。


自分だけじゃない。


能力。


異常。


呼び方は何でもいい。


同じものを持つ人間がいる。


透は窓の外を見る。


夕日が校舎の向こうへ沈み始めている。


怖い。


そう思うべきなのかもしれない。


でも。


実際に浮かんだのは。


違う。


もっと知りたい。


一ノ瀬麗が何を知っているのか。


自分の力が何なのか。


そして。


他には。


何がいるのか。


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