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アマガタリ  作者: ひよりの
第二章
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出立前の宴



 耶馬台国やまたいこくへの出立しゅったつ目前もくぜんひかえたよい――


 投馬とうまみやは、いつになく熱気ねっきつつまれていた。


 広間ひろま中央ちゅうおうには篝火かがりびえられ、赤々(あかあか)えるほのおが、はりれるかげうつしている。


 ぜるかわいたおとは、人々(ひとびと)はなごえわらごえい、うたげにぎわいをいっそうふかめていた。


 篝火かがりびかこむように、みがげられたひくぜんがいくつもならべられている。


 そのうえには、さまざまなご馳走ちそう所狭ところせましとならんでいた。


 あぶられた鹿肉しかにくからは、じゅう、とあぶらちるおとえない。


 ちたあぶらけむりのぼらせ、こうばしいにおいがはなをくすぐる。


 さかなくししたままのそばへならべられ、はじけたかわ隙間すきまからしろがのぞいていた。


 はらめた香草こうそうねつされ、ほろにがかおりがさけにおいをてる。


 そして――果実酒かじつしゅ


 すこにごったさけは、かりをけてにぶひかっていた。


 さかずきちかづけるだけで、あまさと酸味さんみじりったかおりがのぼり、おもわずのどる。


 広間ひろまのざわめきはえない。


 さかずきおと


 わらごえ


 だれかの大声おおごえ


 とおくでは、うたはじめるものまでいる。



 そのにぎわいのなかで――


「アサ! んでるか!」


 ひときわおおきなこえんだ。


 くと、ほおあかめた浮羽うきはが、片手かたてさかずきかかげてっていた。


 普段ふだんめた美貌びぼうかげひそめ、どこか無防備むぼうびつやにじんでいた。


 ぐい、とかたせられる。


 おもったよりつよちからに、アサのからだがよろめく。


「ほら!」


 しつけられたさかずきからさけがこぼれ、つめたいしずく指先ゆびさきつたった。


遠慮えんりょすんな! め!」


 陽気ようきというより、すっかりからざけだ。


いまのうちにせいをつけとけ! 耶馬台国やまたいこくまでのみちながいんだからな!」


 ぐっとかおせてくる。


 さけにおいがく、あついきがかかる。


きてけるかもわからんぞ! いまくらいんどけ!」


 冗談じょうだんめいた言葉ことば


 けれど、そのおくにある現実げんじつを、ここにいるだれもがっていた。


 そのとき――


物騒ぶっそうなことをうな」


 ひくいたこえってはいる。


 ミナギだった。


 しずかな口調くちょうなのに、不思議ふしぎさからえないつよさがある。


「おまえしんじてあずけるんだ」


 っすぐな視線しせん浮羽うきはけられた。


「アサのなにかあれば――承知しょうちせんぞ」


 そのひくこえは、にぎやかな広間ひろまなかでも、不思議ふしぎなほどはっきりとひびいた。


 ぜるおと合間あいまうように、おもしずかにちていく。


 浮羽うきは一瞬いっしゅん、きょとんとまるくした。


 言葉ことば意味いみおくれてとどいたようなかおだった。


 だが、つぎ瞬間しゅんかん


「はあ?」


 ぐっとまゆげる。


 芝居しばいがかったほどおおげさに、わざとらしく。


だれかってってるんだ、ミナギ!」


 かかげたさかずきうつしてれる。


 なかさけふちぎりぎりまで波打なみうち、いまにもこぼれそうだ。


 からだもぐらりとれる。


 足元あしもとたよりなく、それでもたおれないのは、みょう体幹たいかんつよさゆえか。


「このわたしがついてて、どうにかなるわけないだろ!」


 る。


 堂々(どうどう)と。


 なんまよいもなく。


 ついさきほどまで「きてかえれるかわからん」とっていたくちとはおもえない。



 アサはおもわず、ぽかんと浮羽うきはつめる。


(……こんなひとだったんだ)


 もっとつめたく、すきのないひとだとおもっていた。


 それがいまは、さけほおめ、大声おおごえわらい、どものようにおこっている。


 その意外いがい姿すがたに、アサのむねからすこしだけちからけた。


 だが――


「……いのちえても、れてかえる」


 ふいにちた浮羽うきはのひとひとことで、空気くうきわる。


 ったいきおいの言葉ことばこえるはずなのに。


 なぜか、そのおもみだけはえなかった。


 ぜるおとが、きゅうとおかんじられる。


 浮羽うきはわらっている。


 口元くちもとはさっきとわらない。


 けれど、そのひとみだけはすこしもれていなかった。


 冗談じょうだんではわらない覚悟かくごが、そこにはあった。


 アサのむねが、じんわりとあつくなる。


 広間ひろま相変あいかわらずさわがしい。


 わらごえも、さけにおいも、篝火かがりびねつわらない。


 けれど――その中心ちゅうしんにあるのは、ただのかれたうたげではなかった。


 わかれをまえにした、わずかな猶予ゆうよ


 そして、それぞれがかかえる覚悟かくご気配けはい



 ごくり、とちいさくのどる。


 アサはさかずき見下みおろした。


 にごった果実酒かじつしゅが、あかうつしてしずかにれている。


 そのまま、まよいをるように――


 ぐい、とさかずきかたむけた。


 さけ一気いっきながむ。


 したれた瞬間しゅんかんつよ酸味さんみはじけた。


 すこおくれて、発酵はっこうしたあまみと、かすかなしぶみがひろがる。


 それらがざりい、容赦ようしゃなくくちいっぱいにちた。


 おもわずほそめる。


 それでもめない。


 あつさけのどくようにちていく。


 最後さいご一滴いってきまでした。


 さかずきそこえる。


 アサは、ふう、といきいた。


 むねおくがじんわりとあつい。


 すこおくれて、あたまがふわりとかるくなる。


「……ッ……」


 かすれたこえれた。


 けれど。


 口元くちもとには、ほんのすこみがかんでいた。


 さっきまでむねめつけていた緊張きんちょうが、すこしだけほどけていく。


 らぎも、人々(ひとびと)わらごえも、どこかやわらかくとおこえた。


 その様子ようすて、浮羽うきはこえげてわらう。


「はは! いいみっぷりだ!」


 ばしん、と遠慮えんりょなく背中せなかたたかれる。


 その衝撃しょうげきで、視界しかいがまたすこれた。


「そうでなくちゃな! もっとけ! もっと!」


無茶むちゃうな」


 すぐさまミナギがくちはさむ。


 そのやりりに、周囲しゅういからどっとわらいがこった。




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