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アマガタリ  作者: ひよりの
第二章
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知らぬ過去




 うたげ相変あいかわらずつづいていた。


 だれかが太鼓たいこのようにうつわたたき、べつだれかが調子外ちょうしはずれのうたせた。



 らぎをけて、ミナギのひとみがこちらをとらえていた。


 さわがしさのなかにあって、その視線しせんだけがみょうしずかで、まっすぐにちてくる。


みすぎるなよ」


 やさしいこえ


 それだけでむねおくが、わずかにねつびる。


 アサはちいさくうなずく。


 なにかをおうとして、言葉ことばのどっかかる。


 つたえたいことはあるはずなのに、うまくかたちにならない。



 そのとき――


「なーに神妙しんみょうかおしてんだ、おまえら」


 ずい、とよこからかおんできた。


 浮羽うきはだった。


 ほおあかめたまま、にやりと口元くちもとゆがめる。


 あきらかに、面白おもしろがっているかおだ。


「こういうときはな、もっとこう――」


 と、いながら、二人ふたりかたにそれぞれうでまわそうとする。


「……るな」


かたかたい!」


 ミナギの即座そくざ拒絶きょぜつを、浮羽うきははまるでかいさない。


「ほら、まだ全然ぜんぜんってないじゃないか。め」


余計よけい世話せわだ」


 間髪入かんぱついれず、ミナギがなくかえした。


 だが浮羽うきはは、むしろたのしげに片眉かたまゆげた。


余計よけい世話せわ、ねえ……」


 くっ、とのどわらう。


むかしはあんなにあまえてきたくせに」


 ぴたり、と空気くうきまる。


「……なにを――」


 ミナギのこえが、ひときわひくくなる。


まってるだろ。よるだよ、よる


 浮羽うきはは、ひらひらと指先ゆびさきあそばせながら、にやりとわらった。


かみなりったよるだったか? それともかぜつよよるだったか――」


浮羽うきは


 ひくこえ


 明確めいかく制止せいし


 だが、浮羽うきはまらない。


こわこわいってベソかきながら――」


 わざとらしくこえひそめる。


わたし寝床ねどこもぐんできてたじゃないか」


 空気くうきが、一瞬いっしゅんまった。



「――いつのはなしをしている!」



 ミナギのこえするどねた。


 めずらしく、感情かんじょうあらわになっている。


 普段ふだんるがぬ冷静れいせいさがくずれていた。


可愛かわいかったなあ。あのころはまだ――」


「……だまれ」


 ひくく、ころすようなこえ


 だがその声音こわねには、どこか居心地いごこちわるさがじっていた。



 アサは――


 ただ、かたまっていた。


 視線しせんが、おもわずミナギへかう。


 ミナギは、わずかにかおそむけていた。


 ひかり横顔よこがおらす。


 その表情ひょうじょうりにくい。


 だが、みみのあたりが――ほんのわずか、あかいようにえた。


 「……どものころはなしだ」


「へえ?」


 浮羽うきはが、さらにちをかけるようにくちひらく。


「じゃあいまこわくないのか?」


浮羽うきは


よる一人ひとりでも平気へいきか?」


「いい加減かげんに――」


かみなりったらどうする?」


貴様きさま……!」


 とうとうミナギが一歩いっぽす。


 その様子ようすに、周囲しゅういからまたわらいがこる。


 完全かんぜんに、からかわれている。


 まわりの空気くうきは、さっきまでよりもさらにかるく、ほどけていた。


 ――そのなかで。


 アサだけが、ほんのわずかにのこされたような感覚かんかくおぼえていた。


 浮羽うきは遠慮えんりょがない。


 ミナギも、それを本気ほんきこばんでいるわけではない。


 あそこまで、無防備むぼうび過去かこくちにされても。


(……らない)


 そんなはなし


 よるこわくてねむれなかったことも。


 だれかの寝床ねどこもぐんでいたことも。


 自分じぶんは、なにひとつらない。


 ぐ、と指先ゆびさきちからはいる。


 からになったさかずきふちが、かすかにった。


 浮羽うきはとミナギのやりりは、まだつづいている。


「だからってるだろ、あのころは――」


過去かこはなしだ」


いまでもこわかったらえよ? くらいしてやるぞ?」


だれたのむか!」


 またわらいがこる。


 むねおくが、ちくりといたむ。


 理由りゆうは――わかっている。


 けれど、みとめるのはすこくやしい。


 アサのくちびるがわずかにとがる。


「……なかいんだ」


 ぽつり、と。


 づけばくちしてしまっていた。


 ってから、ハッとする。


 いまのは。


 どうかんがえても――


 ねているようにしかこえない。


 ミナギのうごきが、ぴたりとまる。


 浮羽うきは一瞬いっしゅんきょとんとして、つぎ瞬間しゅんかんにやりとわらった。


「お? なんだ、いてるのか?」


「……ちがいます!」


 おもったよりつよこえた。


 一瞬いっしゅん周囲しゅうい視線しせんあつまる。


 しまった、とおもう。


 だが――もうおそい。


 浮羽うきはは、ますます面白おもしろそうにわらった。


「ははは! 可愛かわいいヤツだな、おまえは!」


 ひょい、とのぞまれる。


 視線しせんおよぐ。


 かない。



 そのとき――


浮羽うきは


 ひくく、さえたこえ


 ミナギだった。


 さっきまでとはちがう。


 あきらかに、せん声音こわね


「それ以上いじょうはやめろ」


 みじかく、だがはっきりとげる。


 浮羽うきは一瞬いっしゅんだけほそめて――


「はいはい。こわこわい」


 やれやれとかたをすくめた。



 アサは、いたたまれずに視線しせんとした。


 ほおあつい。


 さけのせいだけではないと、はっきりわかる。


(……なにやってるんだろう、わたし


 むねおくが、じくりとうずく。


 あんなかたをするつもりじゃなかった。


 ただ――ほんのすこし、っかかっただけなのに。


 それが、そのままこえてしまった。


 どもみたいだ。


 ぐ、とくちびるむ。



(……いやだ)


 こんなふうに、感情かんじょうあま自分じぶんが。


 もう一度いちどだけ、かおげる。


 ミナギと、いそうになって――


 反射的はんしゃてきらした。


 これ以上いじょうここにいたら、余計よけいなにかをこぼしてしまいそうだった。


 すっとがる。


 ざわめきのなかまぎれるようにして、そのはなれた。




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