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アマガタリ  作者: ひよりの
第二章
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旅路の先



 耶馬台国《やまたいこく》への出立《しゅったつ》がひと月後《ひとつきご》と定《さだ》められてから――


 ミナギは浮羽《うきは》とともに、日夜《にちや》、出立《しゅったつ》に向《む》けた諸々(もろもろ)の調整《ちょうせい》に追《お》われていた。


 卓《たく》の上《うえ》には、細《こま》かく書《か》き分《わ》けられた荷《に》の目録《もくろく》と、耶馬台国《やまたいこく》までの道筋《みちすじ》を記《しる》した地図《ちず》が並《なら》べられている。


 その向《む》こうでは、出立《しゅったつ》の準備《じゅんび》に追《お》われる人々(ひとびと)の声《こえ》が行《い》き交《か》っていた。


 荷《に》を運《はこ》ぶ足音《あしおと》。


 誰《だれ》かが呼《よ》び交《か》わす声《こえ》。


 戸口《とぐち》を出入《でい》りする衣擦《きぬず》れの音《おと》。


 宮《みや》の中《なか》は、少《すこ》しずつ旅立《たびだ》ちの気配《けはい》に満《み》ち始《はじ》めていた。


 

 そんな喧騒《けんそう》をよそに、二人《ふたり》は卓《たく》を挟《はさ》んで向《む》かい合《あ》っている。


 ミナギは地図《ちず》に記《しる》された道筋《みちすじ》をじっと見《み》つめていた。


「耶馬台国《やまたいこく》までは、まず川《かわ》を使《つか》う。舟《ふね》で上流《じょうりゅう》へ進《すす》み、川《かわ》を離《はな》れたら山道《やまみち》へ入《はい》る。道《みち》そのものは問題《もんだい》ない。ただ、この時期《じき》は朝晩《あさばん》が冷《ひ》える」


 浮羽《うきは》が地図《ちず》に描《えが》かれた道筋《みちすじ》を指《ゆび》でなぞる。


「防寒《ぼうかん》の布《ぬの》は多《おお》めに持《も》たせろ」


「そこは手配《てはい》しておく」


 浮羽《うきは》は筆《ふで》を取《と》り、荷《に》の目録《もくろく》へ書《か》き加《くわ》えた。


「食糧《しょくりょう》は途中《とちゅう》で補《おぎな》える場所《ばしょ》もあるが、念《ねん》のため余分《よぶん》に持《も》たせる。水《みず》は現地《げんち》で補給《ほきゅう》する。護衛《ごえい》は――」


「六人《ろくにん》」


「四人《よにん》で十分《じゅうぶん》だ」


「六人《ろくにん》だ」


 即答《そくとう》だった。


 浮羽《うきは》の筆《ふで》が止《と》まる。


 ゆっくりと顔《かお》を上《あ》げる。


 ミナギはいつもの落《お》ち着《つ》いた顔《かお》で、何事《なにごと》もなかったように地図《ちず》を見《み》ていた。


「……四人《よにん》で十分《じゅうぶん》だと言《い》ってるんだが?」


「道中《どうちゅう》、何《なに》があるか分《わ》からない」


「四人《よにん》でも十分《じゅうぶん》対応《たいおう》できる」


「六人だ」


 またしても迷《まよ》いのない返事《へんじ》。


 浮羽《うきは》はしばらくミナギを見《み》つめ、それから諦《あきら》めたように息《いき》を吐《は》いた。


「……はいはい」


 仕方《しかた》なく、護衛《ごえい》の欄《らん》に「六人」と書《か》き加《くわ》える。


 だが、ミナギの確認《かくにん》はそれで終《お》わらなかった。


「国境《こっきょう》に近《ちか》づいたら、武装《ぶそう》したまま集落《しゅうらく》へ入《はい》るな」


 浮羽《うきは》の筆《ふで》が、また止《と》まった。


「誰《だれ》の勢力《せいりょく》が及《およ》んでいる土地《とち》か分《わ》からぬ場所《ばしょ》では、こちらに敵意《てきい》がなくても警戒《けいかい》される」


「先触《さきぶ》れを出《だ》すか?」


「必要《ひつよう》だ。特《とく》に人《ひと》の多《おお》い集落《しゅうらく》ではな」


「分《わ》かった」


 浮羽《うきは》が頷《うなず》き、筆《ふで》を走《はし》らせる。


 ミナギの指《ゆび》が、さらに道《みち》の先《さき》へと動《うご》いた。


 その先《さき》には、別《べつ》の勢力《せいりょく》へ通《つう》じる道《みち》もある。


「それから、狗奴国《くなこく》へ通《つう》じる道《みち》には近《ちか》づくな」


「当然《とうぜん》だ」


「斥候《せっこう》を見《み》ても追《お》わない。こちらから接触《せっしょく》もしない」


「分《わ》かってる」


「近《ちか》い場所《ばしょ》では、戦《たたか》うことより見《み》つからないことを優先《ゆうせん》する。もし見《み》つかったとしても、目的地《もくてきち》や人数《にんずう》を知《し》られるな」


「……ミナギ」


「何《なん》だ」


「私《わたし》を誰《だれ》だと思《おも》ってる?」


 浮羽《うきは》は呆《あき》れたように眉《まゆ》を上《あ》げた。


「私《わたし》はこういう旅《たび》の手配《てはい》を何度《なんど》もやってきた。お前《まえ》が心配《しんぱい》するほど素人《しろうと》じゃない」


 そう言《い》って、浮羽《うきは》は筆《ふで》を置《お》いた。


「しかも、さっきから聞《き》いてりゃ……アサが疲《つか》れたら予定《よてい》を変《か》えろ、だの」


「……」


「腹《はら》が減《へ》ったら休《やす》ませろ、だの」


「……」


「眠《ねむ》そうなら早《はや》めに野営《やえい》しろ、だの――」


 浮羽《うきは》はそこで言葉《ことば》を切《き》った。


 静《しず》かになった部屋《へや》の中《なか》で、遠《とお》くから誰《だれ》かの足音《あしおと》が聞《き》こえる。


 やがて、それも遠《とお》ざかっていった。


 浮羽《うきは》は筆《ふで》を置《お》いたまま、じっとミナギを見《み》る。


「私《わたし》はアサを守《まも》り、無事《ぶじ》に耶馬台国《やまたいこく》へ連《つ》れ帰《かえ》る。それは当然《とうぜん》だ――だがな」


 浮羽《うきは》は手《て》に持《も》った目録《もくろく》を軽く叩いた。


「籠《かご》の鳥《とり》のように扱《あつか》うつもりはないぞ」


 わずかに身《み》を乗《の》り出《だ》す。


「必要《ひつよう》な時《とき》は本人《ほんにん》にも役目《やくめ》を持《も》たせる」


 ミナギの眉《まゆ》が、ほんのわずかに動《うご》いた。


 浮羽《うきは》はその変化《へんか》を見逃《みのが》さなかった。


「――お前《まえ》は過保護《かほご》すぎる」


「……過保護《かほご》ではない」


 ミナギは真顔《まがお》だった。


「じゃあ何《なん》だ」


「……必要《ひつよう》な配慮《はいりょ》だ」


「同《おな》じだよ」


 即答《そくとう》だった。


 ミナギは反論《はんろん》しようと口《くち》を開《ひら》きかける。


 だが、何《なに》か言《い》い返《かえ》そうとして――結局《けっきょく》、口《くち》を閉《と》じた。


 浮羽《うきは》はそんなミナギを見《み》て、深《ふか》いため息《いき》をつく。


「……まったく」


 そして、筆《ふで》を取《と》り直《なお》した。


 墨《すみ》を含《ふく》ませた筆先《ふでさき》が、麻紙《まし》の端《はし》へ小《ちい》さく文字《もじ》を刻《きざ》んでいく。


 ――休息《きゅうそく》はアサの体調《たいちょう》を見《み》て決《き》める。


 浮羽《うきは》は書《か》き終《お》えた文字《もじ》をしばらく眺《なが》めた。


 これでは護衛《ごえい》の手配《てはい》をしているのか、王《おう》の心配事《しんぱいごと》を聞《き》いているのか分《わ》からない。


 だが、口《くち》には出《だ》さなかった。


 ミナギがアサの旅《たび》を案《あん》じていることくらい、浮羽《うきは》にはとうに分《わ》かっていた。


 卓《たく》の上《うえ》では、道筋《みちすじ》を記《しる》した地図《ちず》が静《しず》かに広《ひろ》がっている。


 ミナギは何《なに》も言《い》わず、そこへ視線《しせん》を落《お》とした。


 指先《ゆびさき》が、地図《ちず》の上《うえ》をゆっくりと動《うご》く。


 川《かわ》から山《やま》へ。


 平地《へいち》から、深《ふか》い森《もり》へ。


 その長《なが》い道《みち》を歩《ある》いていく、アサの姿《すがた》を思《おも》い浮《う》かべるように――


 ミナギは、遠《とお》い道筋《みちすじ》をもう一度《いちど》、静《しず》かに確《たし》かめていた。




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