↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アマガタリ  作者: ひよりの
第二章
PR
96/139

イザナ



 南《みなみ》の狗奴国《くなこく》――


 かつては由緒《ゆいしょ》ある王家《おうけ》のもと、多《おお》くの部族《ぶぞく》を束《たば》ねる強国《きょうこく》であった。


 しかし先王《せんおう》の死《し》を境《さかい》に王家《おうけ》は断絶《だんぜつ》し、玉座《ぎょくざ》を巡《めぐ》る争《あらそ》いは瞬《またた》く間《ま》に各地《かくち》へ広《ひろ》がった。


 有力部族《ゆうりょくぶぞく》が互《たが》いに兵《へい》を挙《あ》げ、国《くに》は長《なが》きにわたる内乱《ないらん》へと陥《おちい》った。



 焼《や》かれる集落《しゅうらく》。


 奪《うば》われる実《みの》り。


 昨日《きのう》まで同《おな》じ国《くに》に生《い》きた者《もの》たちが、今日《きょう》には敵《てき》として刃《やいば》を交《まじ》える。


 秩序《ちつじょ》は失《うしな》われ、人々(ひとびと)は明日《あす》をも知《し》れぬ日々(ひび)を送《おく》っていた。



 その混乱《こんらん》の中《なか》、一人《ひとり》の男《おとこ》が頭角《とうかく》を現《あらわ》す。


 山地《さんち》の一部族《いちぶぞく》を率《ひき》いる首長《しゅちょう》――カダン。


 幾《いく》つもの部族《ぶぞく》を武力《ぶりょく》でねじ伏《ふ》せ、ときに懐柔《かいじゅう》し、ときに裏切《うらぎ》りを利用《りよう》して勢力《せいりょく》を広《ひろ》げていった。


 そしてついに――乾《かわ》ききらぬ血《ち》の匂《にお》いが残《のこ》る玉座《ぎょくざ》へと腰《こし》を下《お》ろし、自《みずか》ら狗奴国《くなこく》の新王《しんおう》を名乗《なの》る。


 だが、その玉座《ぎょくざ》は正統《せいとう》な継承《けいしょう》によるものではない。


 武力《ぶりょく》による簒奪《さんだつ》であったがゆえに、各地《かくち》にはなお、反乱《はんらん》の火種《ひだね》は絶《た》えることがなかった。



 新王《しんおう》カダンは恐怖《きょうふ》と力《ちから》で国《くに》を押《お》さえつけたが、その支配《しはい》は薄氷《はくひょう》の上《うえ》に築《きず》かれたものに過《す》ぎない。


 狗奴国《くなこく》はひとつの国《くに》でありながら、いまだ癒《い》えぬ内乱《ないらん》の傷《きず》を抱《かか》え続《つづ》けていた。  




 ◇



 そんなある日《ひ》のことだった。


 王宮《おうきゅう》の奥深《おくぶか》く、誰人《だれびと》も容易《ようい》には近《ちか》づくことを許《ゆる》されぬ祭殿《さいでん》から、一人《ひとり》の男《おとこ》が狂乱《きょうらん》の叫《さけ》びを上《あ》げた。


 カダンに仕《つか》える呪禁師《じゅごんし》である。


 髪《かみ》を振《ふ》り乱《みだ》し、自《みずか》らの喉《のど》を掻《か》きむしりながら、何《なに》もない闇《やみ》に向《む》かって怯《おび》え、絶叫《ぜっきょう》し続《つづ》けた。


 やがて呪禁師《じゅごんし》は口《くち》から黒《くろ》ずんだ血《ち》を吐《は》き、全身《ぜんしん》を痙攣《けいれん》させると、そのまま冷《つめ》たい石床《いしどこ》へ崩《くず》れ落《お》ちる。


 二度《にど》と立《た》ち上《あ》がることはなかった。



 カダンの部族《ぶぞく》に古《ふる》くから伝《つた》わる禁呪《きんじゅ》――その秘術《ひじゅつ》をもって、遠《とお》く投馬国《とうまこく》の王《おう》ミナギを呪《のろ》い殺《ころ》そうとしたのだ。


 失敗《しっぱい》したのか。


 それとも、呪《のろ》いそのものが打《う》ち破《やぶ》られ、術者《じゅつしゃ》へと跳《は》ね返《かえ》ったのか。


 答《こた》えを語《かた》る者《もの》は、もはや誰《だれ》もいなかった。



 そして、カダン自身《じしん》もまた。


 それ以来《いらい》、変《か》わってしまった。


 夜《よる》になると寝所《しんじょ》の隅《すみ》にうずくまり、誰《だれ》もいない闇《やみ》を見《み》つめる。


 かつて多《おお》くの兵《へい》を従《したが》え、王座《ぎょくざ》を奪《うば》い取《と》った男《おとこ》の姿《すがた》は、そこにはなかった。



「来《く》る……来《く》る……」



 何《なに》かに怯《おび》えるように、ただそれだけを繰《く》り返《かえ》す。



 誰《だれ》もが口《くち》を閉《と》ざした。


 もう呪術《じゅじゅつ》には触《ふ》れるべきではないと。




 だが――その中《なか》でただ一人《ひとり》だけ、静《しず》かにカダンを見《み》つめる青年《せいねん》がいた。


 カダンの第五王子《だいごおうじ》、イザナだった。



 彼《かれ》は震《ふる》える父《ちち》の前《まえ》にしゃがみ込《こ》むと、怯《おび》えきった瞳《ひとみ》を覗《のぞ》き込《こ》み、口元《くちもと》に薄《うす》い笑《え》みを浮《う》かべる。


「興味深《きょうみぶか》いな」


 穏《おだ》やかな声《こえ》だった。


「本当《ほんとう》に、こんなことが起《お》こるのか」


 呪禁師《じゅごんし》の亡骸《なきがら》。


 正気《しょうき》を失《うしな》った父《ちち》。


 そして、その呪《のろ》いを打《う》ち破《やぶ》った――


 投馬国王《とうまこくおう》、ミナギ。


 歓喜《かんき》にも似《に》た光《ひかり》が、その瞳《ひとみ》に宿《やど》っていた。


「父上《ちちうえ》」


 震《ふる》える父《ちち》に手《て》を伸《の》ばし、その指先《ゆびさき》が冷《ひ》え切《き》った頬《ほお》に触《ふ》れる。


「あなたは今《いま》、何《なに》が見《み》えているんです?」


 返事《へんじ》はない。


 ただ、カダンは見《み》えない何《なに》かから逃《のが》れるように震《ふる》え続《つづ》ける。


 イザナはその様子《ようす》をじっと観察《かんさつ》し、まるで珍《めずら》しい生《い》き物《もの》でも見《み》るかのように微笑《ほほえ》んだ。


「やはり呪術《じゅじゅつ》は面白《おもしろ》い」


 その声《こえ》は、静《しず》かな闇《やみ》へ溶《と》けていった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。