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アマガタリ  作者: ひよりの
第二章
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93/108

決断



 広間ひろまには、おも沈黙ちんもくりていた。


 みがかれたゆかちるひかりあわく、はりかげしずかにびている。


 その静寂せいじゃくを。


 つぎ瞬間しゅんかん――


「おちくだされ!」


 するどこえが、いた。


 やいばいたような一声ひとこえだった。


 広間ひろま空気くうきが、びり、とふるえる。


 こえぬしは、クラジ。


 かれ一歩いっぽまえた。


 床板ゆかいた足音あしおとが、異様いようなほどおおきくひびく。


 周囲しゅうい視線しせん一斉いっせいあつまる。


 それでも、クラジは退かなかった。


 ひざることもない。


 こうべれることもない。


 れいいていることなど、ひゃく承知しょうちだった。


 だが、それでもわずにはいられなかった。


「お言葉ことばながら……それは、みとめられませぬ」


 こえには、おさえきれぬねつにじんでいた。


 広間ひろまのあちこちで、わずかな気配けはいれる。


 だれくちにはさない。


 しかし。


 クラジの言葉ことばは、そこにいるものたちの胸中きょうちゅう代弁だいべんしていた。


「アサさまは……」


 クラジは、まっすぐにった。


「すでにわれらのうちかれた御方おかた


 ただのむすめではない。


 このくにが、なが年月ねんげつをかけてきずいてきたもの。


 うしなったもの。


 えてきたもの。


 そのさきつけたひかり


「それを……」


 クラジのこえが、わずかにひくくなる。


「それを他国たこくへ――」


 一瞬いっしゅん言葉ことばまる。


 いかりではない。


 おそれでもない。


 うしなうことへの、純粋じゅんすい拒絶きょぜつだった。


「しかも、理由りゆうさだかでない『』などという曖昧あいまいなもののために……すなど――」


 納得なっとくできるはずがない。


 クラジの視線しせんが、浮羽うきはく。


 そこにあるのは疑念ぎねん


 警戒けいかい


 そして、明確めいかく拒絶きょぜつ


 浮羽うきはは、その視線しせんけても、表情ひょうじょうえなかった。


 ただしずかに、クラジを見返みかえしている。


 しかし。


 広間ひろまには、たしかにねつまれていた。


 ころされたこえ


 まれた反論はんろん


 それらがかたちにならぬまま、空気くうきなかよどんでいる。



 そのときだった。


 ミナギが、ゆっくりとくちひらいた。


「……おまえたちのぶんは、わかる」


 しずかなこえだった。


 しかるでもない。


 さえつけるでもない。


 ただ、すべてをめるこえ


ながく、このくにささえてきてくれた」


 ミナギの視線しせんが、重臣じゅうしんたちへく。


ながし、ときついやし、ようやくここまでげてきた」


 その言葉ことばに、だれ反論はんろんできなかった。


「そのうえたものを、軽々(かるがる)しく手放てばなせぬとおもうのは……当然とうぜんだ」


 否定ひていしない。


 てない。


 まず、そのおもいをみとめる。


 それこそが、ミナギのかただった。


 だが――


「……さき見誤みあやまるな」


 こえが、わずかにしずむ。


 その一言ひとことで、空気くうきわった。


 叱責しっせきではない。


 しかし、だれげられない。


 視線しせんを、ひとつたか場所ばしょみちびこえだった。



日神呼様ひみこさまは――意味いみのないことは、なさらない」


 ミナギのこえしずかだった。


 だが、その言葉ことばにはるぎがなかった。


 うたが余地よちあたえぬほどの、確信かくしん


 それは、そのちからも、そのひとかたものだけが理解りかいだった。

 


 ミナギの視線しせんが、ゆっくりとアサへく。


「アサのためだとおっしゃるなら――」


 しずかに。


 しかし、はっきりと。


「それはまぎれもなくまことだ」


 広間ひろまに、わずかな沈黙ちんもくちた。


 だれも、すぐには言葉ことばかえせない。



 日神呼ひみこ


 そのおもみを、このにいるものたちはっている。


 ただの他国たこく巫女みこではない。


 国々(くにぐに)たばねる存在そんざい


 えぬものをもの


 ひとちからではとどかぬ場所ばしょへ、ばすもの


 そのものが、アサをもとめている。


 ミナギはつづけた。


「たとえ……他国たこくであろうとも」


 その視線しせんが、浮羽うきはく。


「それだけは、よくわかる」


 浮羽うきはは、わずかにほそめた。


 ミナギがなにているのか。


 なに理解りかいしているのか。


 言葉ことばにせずとも、つたわっていた。


 ちから


 えている世界せかいちがい。


 おな場所ばしょっているようで、けっしておなじものをてはいない。


 ミナギは、それをっている。


 だからこそ、みとめるしかなかった。



 アサのむねは、はげしくっていた。


 かなければならない。


 もう、わかっている。


 あたまでは、とっくに理解りかいしていた。


 あのこえ


 あのひかり


 あの黄金おうごんとり


 すべてが、自分じぶんみちびいている。


 それでも――


 こころは、簡単かんたんにはいつかなかった。


 ミナギのうでなかにいたときぬくもり。


 背中せなかささえる


 そとけて、自分じぶんを「まもるべきもの」としめした姿すがた



 はなれたくない。


 そのおもいは、もう誤魔化ごまかせなかった。


 けれど。


(……でも)


 むねおくで、なにかがしずかにれた。


 自分じぶんは、いつまでまもられるだけでいるのか。


 ミナギのやさしさにつつまれて。


 そのうでなか安心あんしんして。


 それだけでわっていいのか。



 ちがう。


 もう、ってしまった。


 自分じぶんなかにあるもの。


 制御せいぎょできなければ、だれかをきずつけるかもしれないちから


 ならば。


 わなければならない。


 げることはできない。


 アサは、ゆっくりといきった。


 そして。


 かおげる。


 ミナギとった。


 するどさはなかった。


 問いめるいろも。


 める意思いしも。


 ただ――


 ていた。


 えらぶのは、おまえだ。


 そうげるように。


 言葉ことばにせず、すべてをゆだねるように。


 その眼差まなざしを瞬間しゅんかん


 アサのむねおくで、かたむすばれていたものが、すこしだけほどけた。


(……そう、だよね)


 まもられるだけでは、いられない。


 ここにとどまるだけでは、いけない。


 自分じぶん自身じしんえらばなければならない。


 たとえ。


 そのさきにあるものが――


 このひとはなれる未来みらいだとしても。



 のどが、ひどくかわく。


 こえふるえる。


 それでも。


 アサは、言葉ことばしぼした。


「……きます」


 ちいさなこえ


 けれど。


 たしかな意志いし宿やどしたこえだった。


 広間ひろまだれもが、その一言ひとこといた。


わたし……耶馬台国やまたいこくきます」


 今度こんどは、はっきりとった。


 ふるえはある。


 こわさもある。


 それでも。


 退気配けはいはなかった。


 その瞬間しゅんかん


 すべてがまった。


 アサ自身じしんが、自分じぶん運命うんめいえらんだのだ。



 わずかな沈黙ちんもくが、広間ひろまたした。


 だれもが、アサの言葉ことばめていた。


 反対はんたいこえげようとしていたものも。


 こぶしにぎめていたものも。


 その覚悟かくごまえでは、言葉ことばうしなっていた。



 ミナギは、しばらくなにわなかった。


 ただしずかに、アサをていた。


 その眼差まなざしのおくには、様々《さまざま》な感情かんじょうじっている。


 めたい。


 ばせば、まだとど距離きょりにいる。


 このままうでなかめてしまえばいい。


 そうおも自分じぶんが、たしかにいる。


 だが。


 ゆっくりとうなずいた。


「……わかった」


 みじか言葉ことば


 だが、そのなかめられたものはおもかった。


 そして。


 つぎ瞬間しゅんかん


 ミナギの視線しせんが、ゆっくりと浮羽うきはく。


 空気くうきわった。


 さきほどまで、アサの意思いし見守みまもっていたおとこかおではない。


 そこにいるのは。


 投馬国とうまこく背負せおおうかおだった。


「――ただし」


 ひくこえちる。


 広間ひろますべての視線しせんが、ミナギへあつまる。


 ミナギは、しずかにった。


あずけるだけだ」


 一瞬いっしゅん


 だれ意味いみはかりかねた。


 だが。


 つぎ言葉ことばで、理解りかいする。


完全かんぜんわたすつもりはない」


 広間ひろま空気くうきめる。


 それは、たんなる所有欲しょゆうよくではなかった。


 おうとしての線引せんびきだった。


「いずれもどす」


 浮羽うきはは、しばらくミナギをていた。


 やがて。


 ほんのわずかに。


 口元くちもとゆるむ。



 ミナギは最後さいごに、広間ひろまけてげた。


「――これは決定けっていだ」


 その瞬間しゅんかん


 広間ひろまのこっていたらぎが、しずかにえた。


 反論はんろんするものはいない。


 だれもが理解りかいしていた。


 これは議論ぎろんではない。


 おうが、みずか背負せおうとめた未来みらいなのだ。


 ただのこされたのは。


 れるための、しずかな沈黙ちんもくだけだった。



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