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アマガタリ  作者: ひよりの
第一章
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やわらかな壁




 火《ひ》は、低《ひく》く保《たも》たれていた。


 薪《まき》はほとんど爆《は》ぜることもなく、ただ赤《あか》く、静《しず》かに燃《も》え続《つづ》けている。



 夜《よる》の気配《けはい》は濃《こ》い。


 だが、その輪《わ》の内側《うちがわ》だけが、わずかに切《き》り取《と》られたように温《あたた》かい。



 向《む》かいに座《すわ》るミナギの横顔《よこがお》は、その明《あ》かりに半分《はんぶん》だけ照《て》らされていた。



 頬《ほお》の輪郭《りんかく》。


 まつ毛《げ》の影《かげ》。


 火《ひ》の揺《ゆ》らぎに合《あ》わせて微《かす》かに揺《ゆ》れる光《ひかり》。



 それらは静《しず》かで。


 整《ととの》っていて。


 見慣《みな》れたはずの「行商人《ぎょうしょうにん》」という像《ぞう》に、どこか収《おさ》まりきらない気配《けはい》を混《ま》ぜている。



 佇《たたず》まい。


 間《ま》の取《と》り方《かた》。


 そして、他者《たしゃ》に向《む》ける視線《しせん》の揺《ゆ》らぎのなさ。


 それらが、ひとつの「格《かく》」を形《かたち》づくっているように、アサには思《おも》えた。



 ミナギはふと、薪《まき》を一本《いっぽん》くべる。


 火《ひ》が少《すこ》しだけ高《たか》くなり、ふたりの間《あいだ》に揺《ゆ》れる影《かげ》が伸《の》びた。



「どうかしたか」



 いつも通《どお》りの声《こえ》。


 そこに問い詰《といつ》める意図《いと》はない。


 ただ、気配《けはい》の変化《へんか》を拾《ひろ》っただけのような静《しず》けさだった。



 アサはしばらく黙《だま》っていた。


 火《ひ》が、ぱちり、と鳴《な》る。


 その音《おと》が落《お》ち着《つ》いた後《あと》、ようやく口《くち》を開《ひら》く。



「……ミナギって――」



 一度《いちど》、そこで言葉《ことば》が途切《とぎ》れた。


 問《と》いの形《かたち》を探《さが》すように、視線《しせん》が宙《ちゅう》をさまよう。



「本当《ほんとう》は、えらい人《ひと》?」



 火《ひ》が、揺《ゆ》れた。


 薪《まき》の先端《せんたん》が崩《くず》れ、赤《あか》い粒《つぶ》が落《お》ちる。


 ミナギは、わずかに目《め》を細《ほそ》めた。



「どうしてそう思《おも》う」



 穏《おだ》やかな声《こえ》。


 アサは視線《しせん》を火《ひ》へ落《お》とした。


 赤《あか》い揺《ゆ》らぎの中《なか》に、自分《じぶん》の影《かげ》が歪《ゆが》んで映《うつ》る。



「……なんとなく」



 それ以上《いじょう》は言《い》わない。


 言《い》えなかった。


 言葉《ことば》にしてしまえば、今《いま》まで積《つ》み重《かさ》なってきた違和感《いわかん》が、はっきりとした形《かたち》を持《も》ってしまう気《き》がした。



 少《すこ》しの間《あいだ》、沈黙《ちんもく》が落《お》ちる。


 薪《まき》が崩《くず》れる音《おと》と、夜《よる》の虫《むし》の声《こえ》だけが、その間《あいだ》を埋《う》めていく。


 やがて――



「ただの行商《ぎょうしょう》だよ」



 ミナギは、そう言《い》って笑《わら》った。


 軽《かる》い調子《ちょうし》だった。


 いつもと変《か》わらない、何《なに》も引《ひ》っかけない声音《こわね》。


 その笑《え》みは、焚《た》き火《び》の光《ひかり》に溶《と》けるように柔《やわ》らかい。



(……ずるい)



 アサは、わずかに口《くち》を引《ひ》き結《むす》ぶ。


 そこには、踏《ふ》み込《こ》ませないための壁《かべ》がある。


 だが、それは硬《かた》い拒絶《きょぜつ》ではなく、触《ふ》れればそのまま滑《すべ》り落《お》ちてしまうような柔《やわ》らかな隔《へだ》たりだった。



 火《ひ》は変《か》わらず燃《も》えている。


 ただ――


 その向《む》こうにいるミナギの表情《ひょうじょう》だけが、どうしても輪郭《りんかく》を結《むす》ばなかった。




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