やわらかな壁
火は、低く保たれていた。
薪はほとんど爆ぜることもなく、ただ赤く、静かに燃え続けている。
夜の気配は濃い。
だが、その輪の内側だけが、わずかに切り取られたように温かい。
向かいに座るミナギの横顔は、その明かりに半分だけ照らされていた。
頬の輪郭。
まつ毛の影。
火の揺らぎに合わせて微かに揺れる光。
それらは静かで。
整っていて。
見慣れたはずの「行商人」という像に、どこか収まりきらない気配を混ぜている。
佇まい。
間の取り方。
そして、他者に向ける視線の揺らぎのなさ。
それらが、ひとつの「格」を形づくっているように、アサには思えた。
ミナギはふと、薪を一本くべる。
火が少しだけ高くなり、ふたりの間に揺れる影が伸びた。
「どうかしたか」
いつも通りの声。
そこに問い詰める意図はない。
ただ、気配の変化を拾っただけのような静けさだった。
アサはしばらく黙っていた。
火が、ぱちり、と鳴る。
その音が落ち着いた後、ようやく口を開く。
「……ミナギって――」
一度、そこで言葉が途切れた。
問いの形を探すように、視線が宙をさまよう。
「本当は、えらい人?」
火が、揺れた。
薪の先端が崩れ、赤い粒が落ちる。
ミナギは、わずかに目を細めた。
「どうしてそう思う」
穏やかな声。
アサは視線を火へ落とした。
赤い揺らぎの中に、自分の影が歪んで映る。
「……なんとなく」
それ以上は言わない。
言えなかった。
言葉にしてしまえば、今まで積み重なってきた違和感が、はっきりとした形を持ってしまう気がした。
少しの間、沈黙が落ちる。
薪が崩れる音と、夜の虫の声だけが、その間を埋めていく。
やがて――
「ただの行商だよ」
ミナギは、そう言って笑った。
軽い調子だった。
いつもと変わらない、何も引っかけない声音。
その笑みは、焚き火の光に溶けるように柔らかい。
(……ずるい)
アサは、わずかに口を引き結ぶ。
そこには、踏み込ませないための壁がある。
だが、それは硬い拒絶ではなく、触れればそのまま滑り落ちてしまうような柔らかな隔たりだった。
火は変わらず燃えている。
ただ――
その向こうにいるミナギの表情だけが、どうしても輪郭を結ばなかった。




