仲裁
怒声が飛び交う。
乾いた地面を踏みしめる足音が重なり、荒い息と罵声が空気を濁らせていた。
水場の取り分を巡って、男たちが胸ぐらを掴み合い、額を突き合わせるように睨み合っている。
息は荒く、肩は怒りに震え、次の瞬間には拳が飛ぶと、誰の目にも明らかだった。
その周囲を、女や老人たちが取り囲む。
誰もが口を噤み、ただ様子をうかがうだけだ。
割って入ろうとする気配はない。
――一触即発。
掴んだ手に力がこもる。
片方の男の肩がわずかに引かれ、殴るための間合いが生まれた。
空気が張り詰める。
音が消えたように感じられる――その刹那。
「そこまでだ」
低く、よく通る声が落ちた。
鋭さも怒気もない。
だが確かに、場の芯を射抜く響きだった。
男たちが、はっとして振り向く。
いつの間にか、ミナギがそこに立っていた。
足音すら、誰も聞いていない。
男たちの動きが止まる。
掴んでいた手が、するりとほどけた。
逸らされる視線。
荒かった呼吸がわずかに整う。
叱責でも威圧でもない。
それでも――誰もが従っていた。
ミナギは一歩、前へ出る。
荒々しい熱が、その歩みに触れるだけで冷えていく。
「水は上流から三分。下は二分ずつだ。今の湧きでは、それでしか回らない」
争いの経緯を問うこともなく、ただ分配を告げる。
男たちは一瞬だけ互いの顔を見て、すぐに視線を外した。
「異論はあるか」
その一言で、空気がさらに沈む。
沈黙。
「……いや」
やがて誰とも知れぬ声が喉の奥で潰れ、続いてもう一人が短く頷いた。
男たちは無言で距離を取り、それぞれの持ち場へ戻っていく。
先ほどまでの怒声が嘘のように、場は静まり返った。
ミナギはすでに背を向けていた。
用は終わったとばかりに、何事もなかったように歩き出す。
その背を見つめながら、アサの胸の奥に言葉にならない感覚が広がる。
(……この人は)
ただ、そこに立つだけで、人が従う。
従うべきだと、理屈ではなく身体が理解してしまう。
風がひとつ、静かに通り抜ける。
先ほどまでの荒れた気配を、何もなかったかのようにさらっていった。




