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アマガタリ  作者: ひよりの
第一章
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仲裁


 


 怒声《どせい》が飛《と》び交《か》う。


 乾《かわ》いた地面《じめん》を踏《ふ》みしめる足音《あしおと》が重《かさ》なり、荒《あら》い息《いき》と罵声《ばせい》が空気《くうき》を濁《にご》らせていた。



 水場《みずば》の取《と》り分《ぶん》を巡《めぐ》って、男《おとこ》たちが胸《むな》ぐらを掴《つか》み合《あ》い、額《ひたい》を突《つ》き合《あ》わせるように睨《にら》み合《あ》っている。


 息《いき》は荒《あら》く、肩《かた》は怒《いか》りに震《ふる》え、次《つぎ》の瞬間《しゅんかん》には拳《こぶし》が飛《と》ぶと、誰《だれ》の目《め》にも明《あき》らかだった。


 その周囲《しゅうい》を、女《おんな》や老人《ろうじん》たちが取《と》り囲《かこ》む。


 誰《だれ》もが口《くち》を噤《つぐ》み、ただ様子《ようす》をうかがうだけだ。


 割《わ》って入《はい》ろうとする気配《けはい》はない。



 ――一触即発《いっしょくそくはつ》。



 掴《つか》んだ手《て》に力《ちから》がこもる。


 片方《かたほう》の男《おとこ》の肩《かた》がわずかに引《ひ》かれ、殴《なぐ》るための間合《まあ》いが生《う》まれた。


 空気《くうき》が張《は》り詰《つ》める。


 音《おと》が消《き》えたように感《かん》じられる――その刹那《せつな》。



「そこまでだ」



 低《ひく》く、よく通《とお》る声《こえ》が落《お》ちた。


 鋭《するど》さも怒気《どき》もない。


 だが確《たし》かに、場《ば》の芯《しん》を射抜《いぬ》く響《ひび》きだった。



 男《おとこ》たちが、はっとして振《ふ》り向《む》く。


 いつの間《ま》にか、ミナギがそこに立《た》っていた。


 足音《あしおと》すら、誰《だれ》も聞《き》いていない。


 男《おとこ》たちの動《うご》きが止《と》まる。


 掴《つか》んでいた手《て》が、するりとほどけた。



 逸《そ》らされる視線《しせん》。


 荒《あら》かった呼吸《こきゅう》がわずかに整《ととの》う。


 叱責《しっせき》でも威圧《いあつ》でもない。


 それでも――誰《だれ》もが従《したが》っていた。



 ミナギは一歩《いっぽ》、前《まえ》へ出《で》る。


 荒々(あらあら)しい熱《ねつ》が、その歩《あゆ》みに触《ふ》れるだけで冷《ひ》えていく。



「水《みず》は上流《じょうりゅう》から三分《さんぶ》。下《した》は二分《にぶ》ずつだ。今《いま》の湧《わ》きでは、それでしか回《まわ》らない」



 争《あらそ》いの経緯《けいい》を問《と》うこともなく、ただ分配《ぶんぱい》を告《つ》げる。


 男《おとこ》たちは一瞬《いっしゅん》だけ互《たが》いの顔《かお》を見《み》て、すぐに視線《しせん》を外《はず》した。



「異論《いろん》はあるか」



 その一言《ひとこと》で、空気《くうき》がさらに沈《しず》む。


 沈黙《ちんもく》。



「……いや」



 やがて誰《だれ》とも知《し》れぬ声《こえ》が喉《のど》の奥《おく》で潰《つぶ》れ、続《つづ》いてもう一人《ひとり》が短《みじか》く頷《うなず》いた。


 男《おとこ》たちは無言《むごん》で距離《きょり》を取《と》り、それぞれの持《も》ち場《ば》へ戻《もど》っていく。


 先《さき》ほどまでの怒声《どせい》が嘘《うそ》のように、場《ば》は静《しず》まり返《かえ》った。



 ミナギはすでに背《せ》を向《む》けていた。


 用《よう》は終《お》わったとばかりに、何事《なにごと》もなかったように歩《ある》き出《だ》す。


 その背《せ》を見《み》つめながら、アサの胸《むね》の奥《おく》に言葉《ことば》にならない感覚《かんかく》が広《ひろ》がる。



(……この人《ひと》は――)



 ただ、そこに立《た》つだけで、人《ひと》が従《したが》う。


 従《したが》うべきだと、理屈《りくつ》ではなく身体《からだ》が理解《りかい》してしまう。



 風《かぜ》がひとつ、静《しず》かに通《とお》り抜《ぬ》ける。


 先《さき》ほどまでの荒《あ》れた気配《けはい》を、何《なに》もなかったかのようにさらっていった。





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