↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アマガタリ  作者: ひよりの
第二章
PR
82/141

蛇の双眸



「狗奴国《くなこく》にて――新王《しんおう》カダンが抱《かか》えていた呪禁師《じゅごんし》が、狂乱《きょうらん》の末《すえ》に果《は》てたとの報《しら》せにございます」


 間者《かんじゃ》からの報《しら》せに、奴国(なこく)王《おう》――阿久良《あくら》の双眸《そうぼう》が、ゆるやかに細《ほそ》められた。



 夜《よる》。


 奴国《なこく》の王《おう》の間《ま》。


 人払《ひとばら》いされた広間《ひろま》は、深《ふか》い闇《やみ》に沈《しず》み、ただ一基《いっき》の篝火《かがりび》だけが揺《ゆ》れている。


 その光《ひかり》は、座《ざ》にある男《おとこ》の輪郭《りんかく》を、蛇《へび》の鱗《うろこ》のようにまだらに浮《う》かび上《あ》がらせていた。



 その男《おとこ》は、どこか『人《ひと》を値踏《ねぶ》みする側《がわ》』の顔《かお》をしていた。


 細《ほそ》く引《ひ》き締《し》まった顎《あご》。


 無駄《むだ》のない輪郭《りんかく》。


 だが、整《ととの》っているはずの造作《ぞうさ》は、不思議《ふしぎ》と冷《つめ》たく歪《ゆが》んで見《み》える。


 理由《りゆう》は、その目《め》だった。


 切《き》れ長《なが》の双眸《そうぼう》は、まるで相手《あいて》の内側《うちがわ》を剥《は》ぎ、どこに刃《やいば》を入《い》れれば最《もっと》も効《き》くかを測《はか》っているような。


 そんな、粘《ねば》つく観察《かんさつ》の色《いろ》を帯《お》びていた。


 口元《くちもと》には、笑《え》みがある。


 だがそれは柔《やわ》らかさではなく、選別《せんべつ》の印《しるし》だった。


(使《つか》えるか、使《つか》えぬか)


(壊《こわ》す価値《かち》があるか、ないか)


 そうした基準《きじゅん》で世界《せかい》を見《み》ている者《もの》だけが浮《う》かべる、薄《うす》い笑《わら》い。


 長《なが》い黒髪《くろかみ》は後《うし》ろで束《たば》ねられ、乱《みだ》れは一切《いっさい》ない。


 整《ととの》えられたその様《さま》は、几帳面《きちょうめん》というより――制御《せいぎょ》の象徴《しょうちょう》だった。



 阿久良《あくら》という男《おとこ》は、威圧《いあつ》しない。


 ただ、気《き》づけば――


 誰《だれ》もが彼《かれ》の盤《ばん》の上《うえ》に乗《の》せられている。


 そしてその盤《ばん》の上《うえ》で、自分《じぶん》が駒《こま》であることに気《き》づいた時《とき》には、もう遅《おそ》い。



「──狂《くる》った、だと?」


 声《こえ》は低《ひく》く、乾《かわ》いている。


 問《と》いではない。


 ただ、事実《じじつ》を舌《した》の上《うえ》で転《ころ》がしているだけだ。


「はい。自《みずか》らの肉《にく》を裂《さ》き、意味《いみ》をなさぬ言葉《ことば》を叫《さけ》び続《つづ》け……やがて――」


 篝火《かがりび》が、ひときわ大《おお》きく揺《ゆ》らぐ。


「狗奴国《くなこく》に潜《ひそ》ませている者《もの》よりの報告《ほうこく》によれば――」


 間者《かんじゃ》は、寸分《すんぶん》の乱《みだ》れもなく続《つづ》けた。


「禁呪《きんじゅ》に手《て》を染《そ》めていた形跡《けいせき》が」


「ほう」


 阿久良《あくら》の口元《くちもと》が、わずかに歪《ゆが》む。 


 そこに浮《う》かぶのは驚《おどろ》きではなく、愉悦《ゆえつ》に近《ちか》い興味《きょうみ》。


「――どんな類《たぐい》のものだ」


「依代《よりしろ》を用《もち》いた呪詛《じゅそ》にございます」


 依代《よりしろ》。


 その一語《いちご》に、わずかに間《ま》が生《う》まれる。


「頭蓋《ずがい》を器《うつわ》とし、生前《せいぜん》の縁《えにし》――すなわち手《て》をかけた者《もの》を標《しるべ》と定《さだ》める術《じゅつ》」


 間者《かんじゃ》の声《こえ》は淡々(たんたん)としている。


 だが、その内容《ないよう》は粘《ねば》りつくような執念《しゅうねん》を帯《お》びていた。


「……頭蓋《ずがい》は、戦死《せんし》した前王子《ぜんおうじ》――久志奈《くしな》のもの」


 その名《な》が落《お》ちた瞬間《しゅんかん》。


 空気《くうき》が、沈《しず》む。


 揺《ゆ》れていた篝火《かがりび》の音《おと》すら、遠《とお》のいたように錯覚《さっかく》される。


「久志奈《くしな》……」


 ゆっくりと記憶《きおく》を引《ひ》き寄《よ》せる。


「――ミナギが討《う》ち取《と》った男《おとこ》か」


 阿久良《あくら》は、わずかに眉《まゆ》を上《あ》げた。

 

「死者《ししゃ》の骨《ほね》を器《うつわ》とし、仇《あだ》へ呪《のろ》いを這《は》わせる……」


 くつり、と喉《のど》の奥《おく》で笑《わら》う。


「いかにも野蛮《やばん》で、執念深《しゅうねんぶか》い」


 一瞬《いっしゅん》の間《ま》。


「しかも王族《おうぞく》の骸《むくろ》を使《つか》うとは……分《ぶん》を弁《わきま》えぬにも程《ほど》がある」


 軽《かる》く言《い》い捨《す》てる。


 だがその裏《うら》には、


 だ(・)か(・)ら(・)こ(・)そ(・)価(・)値(・)が(・)あ(・)る(・)


 という含《ふく》みがあった。


「――だが」


 声《こえ》が、わずかに沈《しず》む。


「呪禁師《じゅごんし》は狂《くる》い死《じ》に、ミナギは生《い》きている」


 矛盾《むじゅん》を指《ゆび》でなぞるように、言葉《ことば》が置《お》かれる。


「失敗《しっぱい》か……あるいは」


 阿久良《あくら》の唇《くちびる》が、わずかに吊《つ》り上《あ》がった。


「――返《かえ》ったか」



 呪詛返《じゅそがえ》し。


 言葉《ことば》にせずとも、その意味《いみ》は十分《じゅうぶん》に満《み》ちる。


「面白《おもしろ》い」


 その一言《ひとこと》に、確《たし》かな愉悦《ゆえつ》が滲《にじ》む。


「ミナギは、実際《じっさい》に倒《たお》れたのだろう」


「はい。一時《いちじ》は生死《せいし》の境《さかい》をさまようほどの危《あや》うさであったと」


「時期《じき》は」


「呪禁師《じゅごんし》の動《うご》きと……ほぼ重《かさ》なります」


「ふむ」 


 思考《しこう》が進《すす》む。


 音《おと》もなく、だが確実《かくじつ》に。


「急《きゅう》に持《も》ち直《なお》したとも聞《き》く」


「は」


「呪《のろ》いであれば、そう都合《つごう》よく解《と》けるものでもあるまい」


 そこで初《はじ》めて、間者《かんじゃ》がわずかに顔《かお》を上《あ》げた。


「その点《てん》に関《かん》し、もうひとつ」


「言《い》え」


「回復《かいふく》の折《おり》――傍《かたわ》らに、一人《ひとり》の娘《むすめ》がいたとのこと」


 沈黙《ちんもく》。


 それは空白《くうはく》ではない。


 濃密《のうみつ》な選(・)別(・)の時間《じかん》だ。


 阿久良《あくら》の双眸《そうぼう》に、明確《めいかく》な光《ひかり》が宿《やど》る。


 興味《きょうみ》。


 いや、それ以上《いじょう》の――嗅(・)ぎ(・)当(・)て(・)た(・)光《ひかり》。


「……娘《むすめ》」


 ゆっくりと繰《く》り返《かえ》す。


「投馬国《とうまこく》にいるのか」


「そのように」


 即答《そくとう》。


 そして、命令《めいれい》は一切《いっさい》の逡巡《しゅんじゅん》なく落《お》ちた。


「探《さぐ》れ」


 短《みじか》く、告《つ》げる。


「名《な》、出自《しゅつじ》、繋《つな》がり、経路《けいろ》――すべてだ」


「は」


 間者《かんじゃ》は即座《そくざ》に応《おう》じる。



 やがて気配《けはい》は消《き》え、室《しつ》に再《ふたた》び静寂《せいじゃく》が戻《もど》る。


 阿久良《あくら》の口元《くちもと》が、ゆるやかに歪《ゆが》んだ。


「……面白《おもしろ》くなってきたではないか」


 誰《だれ》にも届《とど》かぬ、低《ひく》い声《こえ》。



(ミナギ)


(そして、名《な》もなき娘《むすめ》)


 どちらを見極《みきわ》めれば、投馬《とうま》という国《くに》の形《かたち》が見《み》えるのか。


 阿久良《あくら》は、静《しず》かに次《つぎ》の一手《いって》を定《さだ》めていた。


 篝火《かがりび》の光《ひかり》が揺《ゆ》れるたび、阿久良《あくら》の影《かげ》が長《なが》く伸《の》び、歪《ゆが》み、床《ゆか》を這《は》う。


 それはもはや影《かげ》ではない。


 意思《いし》を持《も》ち、獲物《えもの》を探《さぐ》る蛇《へび》のように、静《しず》かに広《ひろ》がっていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。