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アマガタリ  作者: ひよりの
第二章
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日神呼の影



 ――耶馬台国《やまたいこく》。


 祈《いの》りと祭祀《さいし》が積《つ》み重《かさ》なり、目《め》に見《み》えない気配《けはい》が満《み》ちている場所《ばしょ》。


 そこにいるのは、大巫女《おおみこ》にして女王《じょおう》。


 人《ひと》では届《とど》かない場所《ばしょ》へ踏《ふ》み込《こ》んだ者《もの》。


 呪《まじな》いそのものだとさえ呼《よ》ばれる存在《そんざい》。


 ――日神呼《ひみこ》。


 その名《な》は、噂《うわさ》だけでも異様《いよう》だった。


 命《いのち》も魂《たましい》も見通《みとお》す。


 祈《いの》りで天《てん》を動《うご》かし、呪《まじな》いで地《ち》を縛《しば》る。


 そんな話《はなし》まで囁《ささや》かれている。


 理屈《りくつ》では測《はか》れない。


 そう思《おも》わせる何《なに》かがあった。



 その時《とき》、不意《ふい》に――


 記憶《きおく》が閃《ひらめ》いた。


 暗《くら》く沈《しず》んだ意識《いしき》の底《そこ》。


 ミナギの中《なか》に巣食《すく》う「闇《やみ》」と向《む》き合《あ》った、あの時《とき》。


 引《ひ》きずり込《こ》まれ、沈《しず》みかけた瞬間《しゅんかん》。


 耳《みみ》に響《ひび》いた声《こえ》。


 ――老女《ろうじょ》の声《こえ》だった。


 かすれているのに、不思議《ふしぎ》なほど澄《す》んでいた。


 黄金《おうごん》に輝《かがや》く鳥《とり》。


 闇《やみ》を裂《さ》くように羽《は》ばたき、光《ひかり》を撒《ま》き散《ち》らしていた存在《そんざい》。


 あれは夢《ゆめ》だったのか。


 それとも――


(……まさか)


 アサの喉《のど》が、わずかに鳴《な》った。



 ミナギは黙《だま》ったまま兵《へい》の報告《ほうこく》を聞《き》き終《お》えると、ゆっくり視線《しせん》を上《あ》げた。


「……耶馬台《やまたい》からの使者《ししゃ》――」


 低《ひく》く押《お》し殺《ころ》した声《こえ》。


 そこにあったのは驚《おどろ》きではない。


 使者《ししゃ》の来意《らいい》を見極《みきわ》めようとする、王《おう》としての慎重《しんちょう》さだった。


(何《なに》を伝《つた》えに来《く》る)


(それとも、何《なに》かを確《たし》かめに来《く》るのか)


 一瞬《いっしゅん》、思考《しこう》が沈《しず》む。


「ただの使《つか》いではあるまい」


 低《ひく》い声《こえ》には、確信《かくしん》があった。



 耶馬台国《やまたいこく》は盟国《めいこく》だ。


 古《ふる》くから祭祀《さいし》と盟約《めいやく》で結《むす》ばれ、互《たが》いに刃《やいば》を向《む》けることはない。


 だからこそ、正式《せいしき》な使節《しせつ》を無下《むげ》にすることはできない。


 まして相手《あいて》は、日神呼《ひみこ》自《みずか》らの使者《ししゃ》。


 その重《おも》みは、どの国《くに》の王《おう》よりも大《おお》きい。


 ふと、その視線《しせん》が横《よこ》へ流《なが》れる。


 向《む》けられた先《さき》は、アサだった。


(……狙《ねら》いは、アサか)


 ミナギの胸《むね》の奥《おく》に、鈍《にぶ》い重《おも》みが落《お》ちる。


 ゆっくりと息《いき》を吐《は》いた。



 アサの中《なか》にあるもの。


 その気配《けはい》を初《はじ》めて感《かん》じ取《と》った時《とき》から、心《こころ》のどこかで分《わ》かっていた。


(いずれ――誰《だれ》かが気付《きづ》く)


 そう思《おも》ったのは、一度《いちど》ではない。


 だからこそ、できるなら隠《かく》しておきたかった。


 遠《とお》ざけ、必要以上《ひつよういじょう》に表《おもて》へ出《だ》さないように。


 だが。


(よりにもよって、耶馬台《やまたい》か)


 力《ちから》を求《もと》める者《もの》は他《ほか》にもいる。


 しかし耶馬台《やまたい》は違《ちが》う。


 あの国《くに》は、一度《いちど》「視《み》た」ものを見過《みす》ごさない。


 神《かみ》の気配《けはい》を宿《やど》す者《もの》を、そのまま放《ほう》っておく国《くに》ではない。


 その事実《じじつ》が、静《しず》かに腹《はら》の底《そこ》を冷《ひ》やしていく。


(手放《てばな》す気《き》など、ない)


 その思《おも》いだけは、はっきりしていた。


 だが同時《どうじ》に、別《べつ》の考《かんが》えも浮《う》かぶ。


(守《まも》りきれるのか)


(この先《さき》も、俺《おれ》の手《て》の内《うち》に置《お》いたままで)


 視線《しせん》は、なおアサから外《はず》れない。


 その奥《おく》には、整理《せいり》しきれない迷《まよ》いがあった。



 自分《じぶん》が何《なに》か大《おお》きなものの中心《ちゅうしん》へ置《お》かれようとしている。


 アサは、その空気《くうき》をまだ理解《りかい》できずにいた。


 冷《ひ》や汗《あせ》を浮《う》かべながら、ただミナギの視線《しせん》の意味《いみ》を探《さぐ》る。


 耶馬台《やまたい》という名《な》の重《おも》さも。


 今《いま》、何《なに》が動《うご》き始《はじ》めているのかも。


 まだ、はっきりとした形《かたち》にはなっていなかった。




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