↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アマガタリ  作者: ひよりの
第二章
PR
77/108

美しき毒



 部屋へやはわずかなかりにらされ、薄闇うすやみがゆるやかにひろがっていた。


 ころもみだれ、ゆかには無造作むぞうさちたおびかげく。


 こうのこと、わずかにじる体温たいおん気配けはい


 しずまりかえった空間くうかんに、まだえきらぬねつだけが、名残なごりのようにただよっていた。



 宇良うらはゆるやかにこす。


 かたからすべちるかみを、指先ゆびさきはらう。


 その仕草しぐさは、あくまで優雅ゆうがで、すきがない。


 たいするおとこ――重臣じゅうしんヨモガイは、りたようにいきき、寝台しんだいあずけていた。


 わずかにかげまぶたおくには、さきほどまでのねつひたった快楽かいらく残滓ざんしのこっている。



「――相変あいかわらずいいおんなだな」


 ヨモガイは寝台しんだいにもたれ、下卑げびつきで宇良うらまわすようにつめた。


 素肌すはだ上掛うわがけだけをまとうなまめかしい姿すがた――


 かた曲線きょくせんむね陰影いんえいこしやわらかさ。 


 いやらしくすべる、その視線しせんには、軽薄けいはく好色こうしょく本性ほんしょうにじていた。



 隼比古はやひこによくている――と宇良うらおもう。


 おとこ姿すがたに、いまおっと面影おもかげ一瞬いっしゅんよぎる。



 あいなどなかった。


 なのに、その面影おもかげおもすだけで、むねおく寒々(さむざむ)しい虚無きょむひろがる。



 ――反吐へどる。


 この下品げひんおとこにも。


 このおとこからだゆる自分じぶんにも。


 軽薄けいはくおとこと。


 自分じぶん身体からだと。


 愛情あいじょうのかけらもない結婚けっこんかげ


 すべてが、むねおくうずく。



 ヨモガイは、ミナギのちち時代じだいから重臣じゅうしんとしてつかえてきたおとこである。


 かつては権威けんいりかざし、勝手かってえる自由じゆうがあった。


 だがいまは、わかきミナギのするどひかり、そのもとおもうままには行動こうどうできぬ苛立いらだちがむねにくすぶる。


 表向おもてむきは従順じゅうじゅんよそおわねばならぬ義務感ぎむかんが、その自負じふほこりをけ、しずかに火花ひばならしていた。



若造わかぞうめ」


 忌々(いまいま)しくそううと、ちいさく舌打したうちをする。


 宇良うらは、ヨモガイをしずかに見据みすえながらうす微笑ほほえむ。


 ミナギのきびしいもとで、このあさましいおとここそが、宇良うらがつけいる宮中きゅうちゅうのわずかな隙間すきまであった。



 宇良うらは、みだれたおびひろげると、指先ゆびさきかるはらった。


 ぬのこすれるおとだけが、しずかな室内しつないほそひびく。


「そういえばよ――」


 ヨモガイは、ふとおもしたようにはならした。


れいむすめはなしは、もういてるだろうがな。ミナギさまいのちすくったってやつだ」


 そのくちぶりには、敬意けいい欠片かけらもない。


 すでひろわたっている事実じじつを、あえてかるあつかっているだけだ。


 宇良うらは、おびむすめない。


「……ええ」


 みじかく、素気そっけなくかえす。



 ――アサ。


 そのが、あたまおくしずかにかぶ。


「ふん、まだせんほそ小娘こむすめだがな」


 ヨモガイはかたらしてわらう。


おれこのみじゃあねえが……あと三年さんねんもすりゃあ、まあられるようにはなるだろうよ」


 下卑げび視線しせんが、どこかとおくをなぞる。



 宇良うらゆびが、わずかにまった。 


 ――くだらない。


 内心ないしんで、ややかにてる。


 その程度ていど価値かちしか見出みいだせぬおとこ


 やはり、このおとこ使つかうにあたいするだけの存在そんざいでしかない。



 むすめのことなら、以前いぜんからっている。


 息子むすこハヤトが不思議ふしぎなついている侍女じじょ


 ミナギがみずか投馬国とうまこくかえった時点じてんで、一度いちどめた。


 ゆえに、しばらくは動向どうこうっていたが――


 とくくものもなく、印象いんしょうのこらぬ存在そんざいだった。


 だからこそ、深入ふかいりはしなかった。


 利用価値りようかちえなかったからだ。


(――見誤みあやまったかしら)


「……あれだけのことをせるちからがあるようなむすめには、とてもおもえませんでしたけれど」


「だろうな」


 ヨモガイはかたをすくめる。


「だがいま宮中きゅうちゅう大騒おおさわぎよ。臣下しんか侍女じじょへいも、あのむすめおがむようなやがる」


 はなわらう。


「まるでくにでもすくったかのような――たいしたげようだ」


 すくった。


 それはもう、うたがいようのない事実じじつ


 こう際立きわだつほど、ひと理性りせいではなく感情かんじょう優先ゆうせんする。


てには――」


 ヨモガイは、わざとらしくく。


きさきに、なんてこえまでてきてる」


 軽薄けいはくわらい。


 だがその内容ないようは、かるくない。



 アサ。


 あのむすめ起点きてんに、なにかがうごいている。


 そこに、ミナギ自身じしん庇護ひごかさなれば――


(……ねるのも、道理どうり


 以前いぜん評価ひょうかが、しずかにくつがえる。



 ただのむすめではない。


 ならば。


 れてみる価値かちはある。


 宇良うらは、かすかにくちびるはしげた。


 だれにも気取けどられぬ、かすかなみ。



 その背後はいごから――


「なあ……」


 ヨモガイのこえは、みょう湿しめっていた。


 つぎ瞬間しゅんかん遠慮えんりょ欠片かけらもなくうでまわる。


「もう一度いちどくらい、いいだろう?」


 よくかくそうともしない、ねばつくようなひびき。


「……おたわむれがぎますわ」


 やわらかく、たしなめるような声音こわね


 微笑びしょうさえふくませて、かどてぬかた


 指先ゆびさきが、そっとおとこうでれる。


「あまりに何度なんどもおもとめになられるものだから……今日きょうつかれてしまいましたの」


 やわらかく、しずかに。


 だがそのうらで――


(……気色きしょくわるい)


 れられている場所ばしょが、ひどく不快ふかいおもえる。


 皮膚ひふうえのこねつが、よごれのようにかんじられた。


 このおとこ欲望よくぼうも、視線しせんも、息遣いきづかいも。



 それでも。


 宇良うらは、微笑ほほえみをくずさない。


 ゆるやかによじり、するりとうでうちからける。


 あくまで自然しぜんに。


 こばまれたとさとらせぬように。


「また、いずれ――」


 ふくみをたせた声音こわね


 えさ完全かんぜんにはたない。


 その言葉ことばに、ヨモガイのはなにぶる。


 口元くちもとがだらしなくゆるみ、おくに、あからさまなよくにじんだ。



 ――おろかなおとこ


 宇良うらひとみおくで、つめたいひかりがゆるやかにしずむ。


 やがてそれすらもおもてにはにじませず、何事なにごともなかったかのように、静寂せいじゃくだけがのこった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。