↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アマガタリ  作者: ひよりの
第二章
PR
75/108

届かぬ領域



 アサが(たお)れた、その瞬間(しゅんかん)を、志摩しまは、(だれ)よりも冷静(れいせい)()()ていた。


 (あお)ざめた(かお)


 (いま)にも()えてしまいそうな(ほそ)(いき)


 (ちから)なく(くず)()ちた身体(からだ)を、ミナギは(まよ)うことなく()()める。


 その(うで)は、(こわ)(もの)(つつ)むように(やさ)しく――それでいて、二度(にど)(はな)さぬと(ちか)うように(つよ)かった。


 (かた)も。


 ()も。


 指先(ゆびさき)までも。


 全身(ぜんしん)が「(はな)さない」という意思(いし)だけでできているようだった。



「アサ……」



 (ふる)えた(こえ)()ちる。


 (おう)として人前(ひとまえ)()(とき)の、あの()るぎない(こえ)ではない。


 一人(ひとり)(おとこ)が、大切(たいせつ)なものを(うしな)恐怖(きょうふ)()えきれず()らした、(かす)れた(こえ)



 ミナギの視界(しかい)には、もう(なに)(うつ)っていなかった。


 ()()家臣(かしん)も。


 (いき)()侍女(じじょ)たちも。


 そして。


 志摩しまのことも。


 誰一人(だれひとり)として、()(はい)っていない。


 (かれ)()つめているのは、(うで)(なか)少女(しょうじょ)ただ一人(ひとり)


 (ひたい)()れる(かみ)(はら)い。


 ()えた(ほお)()()え。


 その(ほそ)呼吸(こきゅう)を、必死(ひっし)(たし)かめる。


 まるで、自分(じぶん)(いのち)がそこに(つな)がれているかのように。


 その姿(すがた)()瞬間(しゅんかん)――


 志摩しま(むね)(おく)で、(なに)かが(しず)かにほどけた。



(……ああ)


 理解(りかい)してしまう。


 これは、もう。


 ()()けの(はなし)ではない。


 自分(じぶん)がどれほど(きさき)として相応(ふさわ)しくあろうと。


 どれほど伊都国(いとこく)との(えん)国益(こくえき)になると()こうと。


 どれほど(ことわり)()(かさ)ねようと。


 あの(うで)をほどくことはできない。


 (まつりごと)も。


 (くに)も。


 立場(たちば)も。


 (なに)ひとつ(はい)()隙間(すきま)がない。


 あの(うで)(うで)(あいだ)には。


 あの視線(しせん)(さき)には。


 自分(じぶん)()場所(ばしょ)など、最初(さいしょ)から存在(そんざい)していなかった。



 志摩しまは、(ちい)さく(いき)()いた。


 (むね)(おく)が、(いた)む。


 (なみだ)()るほどではない。


 ()(さけ)びたいほどでもない。


 ただ。


 ()()ばす(まえ)から(とど)かない場所(ばしょ)があるのだと()った(とき)の、(しず)かな(いた)みだった。



 (うらや)ましい、とも(おも)った。


 あれほど一人(ひとり)だけを()つめられることが。


 あれほど(だれ)かに必要(ひつよう)とされることが。


 そして。


 (すこ)しだけ、(うつく)しいとも(おも)ってしまった。


 だからこそ。


 これ以上(いじょう)、この(おも)いの(あいだ)()()むことは、自分自身(じぶんじしん)への侮辱(ぶじょく)になる。



 志摩しま(しず)かに()()じる。


 一度(いちど)だけ(ふか)(いき)()い、(むね)(おく)(いた)みごと()()んだ。


 (ふたた)()()けた(とき)には、もう伊都国(いとこく)(ひめ)だった。



父上(ちちうえ)


 (しず)かな(こえ)(ひび)く。


 布留根(ふるね)()(かえ)る。


「この(はなし)は、ここまでにいたしましょう」


 (ちち)(まゆ)()る。


()るべきものは、すでに()ております」


 志摩しまは、まっすぐ(ちち)見据(みす)えた。


投馬国(とうまこく)との(むす)びつきは、婚姻(こんいん)だけではございません」


 布留根(ふるね)(なに)かを()(かえ)そうとする。


 だが、志摩しま(しず)かに言葉(ことば)(かさ)ねた。


「これ以上(いじょう)は――無理(むり)(もと)めるべきではありません」


(なに)弱気(よわき)なことを――」


父上(ちちうえ)


 その(こえ)が、わずかに(ふる)えた。


 志摩しま一瞬(いっしゅん)だけ視線(しせん)()せる。


 (ととの)えていた呼吸(こきゅう)(みだ)れる。


 そして、(むね)(おく)から(しぼ)()すように(つぶや)いた。


「……これ以上(いじょう)、わたくしを(みじ)めにしないでくださいまし」


 その一言(ひとこと)だけは――


 (ひめ)でも外交(がいこう)才女(さいじょ)でもなく、一人(ひとり)(むすめ)として(こぼ)()ちた、本音(ほんね)だった。



 布留根(ふるね)言葉(ことば)(うしな)う。


 志摩しまはすぐに(かお)()げる。


 もう、その(ひとみ)()らぎはない。


(くに)としての(ちか)いは、(べつ)(かたち)(むす)べばよろしいでしょう」



 淡々(たんたん)と。


 何事(なにごと)もなかったかのように。


婚姻(こんいん)(こだわ)理由(りゆう)は、もはやございません」


 

 布留根(ふるね)苦々(にがにが)しく舌打(したう)ちをひとつ()らす。


 しかし、それ以上(いじょう)(なに)()わない。


 志摩しま最後(さいご)にもう一度(いちど)だけ、ミナギへ視線(しせん)()けた。


 (かれ)(いま)もなお、(うで)(なか)のアサしか()ていなかった。


 その姿(すがた)見届(みとど)けると、志摩しま(しず)かに(きびす)(かえ)す。


 これ以上(いじょう)()ていては、自分(じぶん)(ほこ)りまで(うしな)ってしまう()がしたからだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。