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アマガタリ  作者: ひよりの
第二章
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ほどけて、繋がる



 しばらくの沈黙(ちんもく)のあと。


 アサの指先(ゆびさき)が、わずかに動(うご)いた。


 ミナギの衣(ころも)の端(はし)を、頼(たよ)るように引(ひ)く。


「……ミナギ」


 かすれた声(こえ)。


 弱々(よわよわ)しい響(ひび)きではあるが、意識(いしき)の焦点(しょうてん)はもう戻(もど)っている。


 その一音(いちおん)に、ミナギの腕(うで)がぴくりと反応(はんのう)した。


「……なんだ」


 短(みじか)く、抑(おさ)えた声音(こわね)。


 だが、抱(だ)く力(ちから)はまだ解(と)かれない。


 アサは、ほんのわずかに顔(かお)を上(あ)げる。 


 近(ちか)い。


 あまりにも近(ちか)い。


 唇(くちびる)が触(ふ)れそうな距離(きょり)。


 互(たが)いの呼吸(こきゅう)が、熱(ねつ)として行(い)き来(か)うほどに。  


「……苦(くる)しい」  


 飾(かざ)り気(け)のない、率直(そっちょく)な一言(ひとこと)。


 その瞬間(しゅんかん)。


 時間(じかん)が、止(と)まったかのように、ミナギの動(うご)きが、完全(かんぜん)に固(かた)まる。


 理解(りかい)が、わずかに遅(おく)れる。


 そして――


「……あ」


 ごく小(ちい)さな息(いき)。


 ようやく、自分(じぶん)のしていることを認識(にんしき)したように。


 はっとして、力(ちから)を抜(ぬ)いた。


「……すまない」


 低(ひく)く、短(みじか)く。


 ほとんど反射(はんしゃ)のような謝罪(しゃざい)。


 腕(うで)が、ゆっくりと解(ほど)かれていく。


 だが、完全(かんぜん)には離(はな)れない。 


 逃(に)がさぬようにではなく――支(ささ)えるために。


 肩(かた)へと添(そ)えられた手(て)が、形(かたち)を変(か)えて残(のこ)る。



 アサは小(ちい)さく息(いき)を吸(す)い込(こ)んだ。


 圧迫(あっぱく)から解放(かいほう)された胸(むね)が、ゆっくりと上下(じょうげ)する。


 空気(くうき)が、ようやく通(とお)る。


 だが同時(どうじ)に。


 さきほどまでそこにあった熱(ねつ)が離(はな)れたことを、身体(からだ)がわずかに惜(お)しんでいた。


 視線(しせん)が、自然(しぜん)と上(あ)がる。


 ミナギを見(み)る。


 ――目(め)が合(あ)う。


 逃(に)げ場(ば)のない距離(きょり)で。


 逸(そ)らす余地(よち)すらないほどの近(ちか)さで。


 ミナギの瞳(ひとみ)は、深(ふか)く沈(しず)んでいた。


 普段(ふだん)のような余裕(よゆう)はない。


 ただ、剥(む)き出(だ)しのままの感情(かんじょう)が、まだ奥(おく)に残(のこ)っている。


 それを、押(お)し込(こ)めようとしているのが分(わ)かる。


 わずかに寄(よ)せられた眉(まゆ)。


 アサはただ、見(み)つめる。


 その奥(おく)にあるものを、確(たし)かめるように。


 ――そっと手(て)を伸(の)ばす。


 指先(ゆびさき)が、ミナギの頬(ほお)に触(ふ)れる。


 ミナギの目(め)が、わずかに大(おお)きく開(ひら)いた。


 その瞬間(しゅんかん)、呼吸(こきゅう)が止(と)まったかのように、時間(じかん)がゆっくりと流(なが)れる。


 アサの声(こえ)は、小(ちい)さく、けれど確(たし)かに届(とど)く。


「……ミナギは、もう大丈夫(だいじょうぶ)?……苦(くる)しくない?」


 ミナギの喉(のど)が、かすかに動(うご)いた。


 しばらくの沈黙(ちんもく)の後(あと)、ミナギの手(て)が、そっとアサの頬(ほお)に触(ふ)れた指先(ゆびさき)を包(つつ)み込(こ)む。


 ぎゅっと握(にぎ)るのではなく、優(やさ)しく、確(たし)かに。


 わずかに指先(ゆびさき)に力(ちから)が伝(つた)わる。


 アサの手(て)に、熱(ねつ)が流(なが)れ込(こ)むような感覚(かんかく)。


 小(ちい)さく息(いき)を吐(は)き、目(め)の端(はし)が緩(ゆる)む。


 それは、言葉(ことば)にせずとも伝(つた)わる答(こた)えだった。


 ――もう、大丈夫(だいじょうぶ)だ。


 苦(くる)しくない。


 アサの手(て)に触(ふ)れられた頬(ほお)の温(ぬく)もりを確(たし)かめるように、ミナギはそっと顔(かお)を傾(かたむ)ける。


 視線(しせん)が交(まじ)わる。


 アサは小(ちい)さく微笑(ほほえ)む。


 ミナギもまた、目(め)の奥(おく)の熱(ねつ)をわずかに残(のこ)しながら、その頬(ほお)に残(のこ)る温度(おんど)を受(う)け止(と)める。


 静(しず)かな時間(じかん)が、二人(ふたり)を包(つつ)む。


 言葉(ことば)はなくとも、互(たが)いの存在(そんざい)が、今(いま)ここに確(たし)かにあることを伝(つた)えていた。



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