導火
黒が満ちる。
焼き切れなかったものが、身体の奥で膨れ上がる。
押し返そうとしても、押し返される。
(……勝てない)
力が足りない。
抱えきれない。
意識が沈む。
足場が消える。
底へ――落ちる。
『まったく……』
その時だった。
声が落ちてくる。
嗄れた声。
けれど芯の通った声だった。
『タヅマから便りをもらった時は、耳を疑ったよ』
闇の向こうから聞こえる。
姿は見えない。
だが、確かにそこにいる。
『こんな力任せなやり方があるかね』
呆れたような口調。
けれど、どこか笑っている気配もあった。
ふいに風が鳴る。
闇の中に、一筋の光が走った。
羽ばたき。
影が切り裂かれる。
――鳥。
……ムスビ……?
違う。
眩しい。
白とも金ともつかない光をまとい、その羽の一枚一枚が、燃える朝日のように輝いている。
鳥は大きく旋回する。
その軌跡に沿うように、闇が裂けていく。
黒い核が軋む。
押し潰されるように縮んでいく。
アサの胸の奥で、何かが引き剥がされる。
――いける。
今なら。
『そのやり方じゃ、お前が先に燃え尽きる』
息が詰まった。
「……なら、どうすれば」
アサは初めて問いかける。
老女は短く笑った。
『借りな』
あまりにも簡単に言う。
『火は、ひとつじゃない』
次の瞬間。
鳥が落ちてくる。
真っ直ぐに。
アサの胸へ。
ぶつかるのではなかった。
溶け合うように重なる。
その瞬間、熱が変わった。
さっきまでの火とは違う。
ただ激しいだけではない。
重く。
深く。
揺るがない。
『それで押し切りな』
老女の声が響く。
『中心を外すんじゃないよ』
その言葉と同時に、道が見えた。
黒い核。
歪みの中心。
そこへ――
「――ッ!」
叩き込む。
内側から焼く。
外ではない。
もっと奥から。
核が悲鳴を上げる。
ひびが走る。
砕ける。
崩れる。
――断ち切れる。
光が広がった。
闇が消える。
音もなく。
跡形もなく。
完全に。
静寂が訪れる。
アサは大きく息を吐いた。
『――お前』
呼ばれる。
『名は?』
「……アサ、です」
一瞬の沈黙。
それから、低く頷く気配。
『アサ、か』
その名を、測るように。
『……火を持ちすぎているね』
ぽつりと。
だが、その一言は重い。
『そのままじゃ、いずれ喰われるよ』
さらりと言う。
まるで、当たり前のことのように。
アサの息が止まる。
『お前は一日でも早く、こっちに来な』
「……私……死んだんですか?」
声が、掠れる。
老女が、鼻で笑った。
『馬鹿言うんじゃないよ』
あっさりと。
『お前を死なせたら、ミナギの坊主に何と言われるか』
少しだけ、呆れたように。
だが――
どこか、優しい。
『どちらにせよ』
ひと息。
『お前に、ゆっくり選んでいる暇はない』
断ち切るように言う。
意味は、分からない。
そして――
ふっと、声の調子が変わる。
『ほら』
軽く、急かすように。
『さっさと起きてやりな』
何でもないことのように言う。
『死にそうな顔してるやつが、一人いるだろ』
あまりにもあっさりと。
だが、その一言で――
現実が、引き寄せられる。
ミナギの顔が、脳裏に浮かぶ。
苦しげに歪んだ表情。
「……ッ」
息が詰まる。
老女が、鼻で笑う。
『まったく、手のかかる』
呆れたように。
だがどこか、楽しんでいるように。
『――じゃあね』
軽く。
『待ってるよ』
声が遠ざかる。
光がほどける。
熱が、現実へと引き戻される。
そして――
アサの意識は、戻った。




