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アマガタリ  作者: ひよりの
第二章
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導火



 黒《くろ》が満《み》ちる。


 焼《や》き切《き》れなかったものが、身体《からだ》の奥《おく》で膨《ふく》れ上《あ》がる。


 押《お》し返《かえ》そうとしても、押《お》し返《かえ》される。


(……勝《か》てない)


 力《ちから》が足《た》りない。


 抱《かか》えきれない。


 意識《いしき》が沈《しず》む。


 足場《あしば》が消《き》える。


 底《そこ》へ――落《お》ちる。



『まったく……』



 その時《とき》だった。


 声《こえ》が落《お》ちてくる。


 嗄《しわが》れた声《こえ》。


 けれど芯《しん》の通《とお》った声《こえ》だった。


『タヅマから便《たよ》りをもらった時《とき》は、耳《みみ》を疑《うたが》ったよ』


 闇《やみ》の向《む》こうから聞《き》こえる。


 姿《すがた》は見《み》えない。


 だが、確《たし》かにそこにいる。


『こんな力任《ちからまか》せなやり方《かた》があるかね』


 呆《あき》れたような口調《くちょう》。


 けれど、どこか笑《わら》っている気配《けはい》もあった。



 ふいに風《かぜ》が鳴《な》る。


 闇《やみ》の中《なか》に、一筋《ひとすじ》の光《ひかり》が走《はし》った。


 羽《は》ばたき。


 影《かげ》が切《き》り裂《さ》かれる。


 ――鳥《とり》。


 ……ムスビ……?


 違《ちが》う。


 眩《まぶ》しい。


 白《しろ》とも金《きん》ともつかない光《ひかり》をまとい、その羽《はね》の一枚《いちまい》一枚《いちまい》が、燃《も》える朝日《あさひ》のように輝《かがや》いている。


 鳥《とり》は大《おお》きく旋回《せんかい》する。


 その軌跡《きせき》に沿《そ》うように、闇《やみ》が裂《さ》けていく。


 黒《くろ》い核《かく》が軋《きし》む。


 押《お》し潰《つぶ》されるように縮《ちぢ》んでいく。


 アサの胸《むね》の奥《おく》で、何《なに》かが引《ひ》き剥《は》がされる。


 ――いける。


 今《いま》なら。


『そのやり方《かた》じゃ、お前《まえ》が先《さき》に燃《も》え尽《つ》きる』


 息《いき》が詰《つ》まった。


「……なら、どうすれば」


 アサは初《はじ》めて問《と》いかける。


 老女《ろうじょ》は短《みじか》く笑《わら》った。


『借《か》りな』


 あまりにも簡単《かんたん》に言《い》う。


『火《ひ》は、ひとつじゃない』


 次《つぎ》の瞬間《しゅんかん》。


 鳥《とり》が落《お》ちてくる。


 真《ま》っ直《す》ぐに。


 アサの胸《むね》へ。


 ぶつかるのではなかった。


 溶《と》け合《あ》うように重《かさ》なる。


 その瞬間《しゅんかん》、熱《ねつ》が変《か》わった。


 さっきまでの火《ひ》とは違《ちが》う。


 ただ激《はげ》しいだけではない。


 重《おも》く。


 深《ふか》く。


 揺《ゆ》るがない。


『それで押《お》し切《き》りな』


 老女《ろうじょ》の声《こえ》が響《ひび》く。


『中心《ちゅうしん》を外《はず》すんじゃないよ』


 その言葉《ことば》と同時《どうじ》に、道《みち》が見《み》えた。


 黒《くろ》い核《かく》。


 歪《ゆが》みの中心《ちゅうしん》。


 そこへ――


「――ッ!」


 叩《たた》き込《こ》む。


 内側《うちがわ》から焼《や》く。


 外《そと》ではない。


 もっと奥《おく》から。


 核《かく》が悲鳴《ひめい》を上《あ》げる。


 ひびが走《はし》る。


 砕《くだ》ける。


 崩《くず》れる。


 ――断《た》ち切《き》れる。


 光《ひかり》が広《ひろ》がった。


 闇《やみ》が消《き》える。


 音《おと》もなく。


 跡形《あとかた》もなく。


 完全《かんぜん》に。


 静寂《せいじゃく》が訪《おとず》れる。


 アサは大《おお》きく息《いき》を吐《つ》いた。



『――お前《まえ》』


 呼《よ》ばれる。


『名《な》は?』


「……アサ、です」


 一瞬《いっしゅん》の沈黙《ちんもく》。


 それから、低《ひく》く頷《うなず》く気配《けはい》。


『アサ、か』


 その名《な》を、測《はか》るように。


『……火《ひ》を持《も》ちすぎているね』


 ぽつりと。


 だが、その一言《ひとこと》は重《おも》い。


『そのままじゃ、いずれ喰《く》われるよ』


 さらりと言《い》う。


 まるで、当《あ》たり前《まえ》のことのように。


 アサの息《いき》が止《と》まる。


『お前《まえ》は一日《いちにち》でも早《はや》く、こっちに来《き》な』


「……私《わたし》……死《し》んだんですか?」


 声《こえ》が、掠《かす》れる。


 老女《ろうじょ》が、鼻《はな》で笑《わら》った。 


『馬鹿《ばか》言《い》うんじゃないよ』


 あっさりと。


『お前《まえ》を死《し》なせたら、ミナギの坊主《ぼうず》に何《なん》と言《い》われるか』


 少《すこ》しだけ、呆《あき》れたように。


 だが――


 どこか、優《やさ》しい。


『どちらにせよ』


 ひと息《いき》。


『お前《まえ》に、ゆっくり選《えら》んでいる暇《ひま》はない』


 断《た》ち切《き》るように言《い》う。


 意味《いみ》は、分《わ》からない。


 そして――


 ふっと、声《こえ》の調子《ちょうし》が変《か》わる。


『ほら』


 軽《かる》く、急《せ》かすように。


『さっさと起《お》きてやりな』


 何《なん》でもないことのように言《い》う。


『死《し》にそうな顔《かお》してるやつが、一人《ひとり》いるだろ』


 あまりにもあっさりと。


 だが、その一言《ひとこと》で――


 現実《げんじつ》が、引《ひ》き寄《よ》せられる。


 ミナギの顔《かお》が、脳裏《のうり》に浮《う》かぶ。


 苦《くる》しげに歪《ゆが》んだ表情《ひょうじょう》。


「……ッ」


 息《いき》が詰《つ》まる。


 老女《ろうじょ》が、鼻《はな》で笑《わら》う。


『まったく、手《て》のかかる』


 呆《あき》れたように。


 だがどこか、楽《たの》しんでいるように。


『――じゃあね』


 軽《かる》く。


『待《ま》ってるよ』


 声《こえ》が遠《とお》ざかる。


 光《ひかり》がほどける。


 熱《ねつ》が、現実《げんじつ》へと引《ひ》き戻《もど》される。


 そして――


 アサの意識《いしき》は、戻《もど》った。



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