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アマガタリ  作者: ひよりの
第二章
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見えたもの

 


 寝台しんだいよこたわるミナギの呼吸こきゅうあらく、途切とぎれがちだった。


 むねくるしそうにおおきく上下じょうげし、そのたびにのどおくからかすかなおとれる。



 ――一日目いちにちめ


 ミナギには、まだ言葉ことばかえちからのこっていた。


 だが、そのこえよわい。


 ねつたかかった。


 はだれればけるようなのに、指先ゆびさきだけはつめたい。


 薬師くすしのトグサは何度なんどみゃくり、ひたいてた。


 そしてくびをひねる。


 せんじたくすりませる。


 けれどくすりのどとおるたび、ミナギの呼吸こきゅうみだれ、かおがわずかにゆがんだ。


 いている様子ようすは――ない。



 そのよる、タヅマの祈祷きとうおこなわれた。


 ひくながいのりのことばが、宮中きゅうちゅうひびく。


 れ、けむりがゆっくりとのぼる。


 だが――


 ミナギの呼吸こきゅうわらなかった。


 むしろむね内側うちがわなにかがけるように、呼吸こきゅうはさらにあさく、はやくなっていく。



 ――二日目ふつかめ


 もう言葉ことばは、ほとんどなかった。


 びかけにもおうじない。


 くるしそうな吐息といきだけがれる。


 寝台しんだいうえ身体からだちいさくねる。


 内側うちがわからげられるようなふるえだった。


 侍女じじょぬのえ、あせぬぐう。


 だがぬぐったそばから、またあせにじる。


 薬師くすしくすり配合はいごうえた。


 ねつげるくすり


 いたみをやわらげるくすり


 みだれたととのえるくすり


 かんがえられるかぎりのくした。


 それでも――


 みゃくみだれたままだった。


 よわくなり、不規則ふきそくねる。



 タヅマの祈祷きとうふたたおこなわれた。


 今度こんどはさらにつよく。


 かみをそのまねくかのような気迫きはくで。


 こえれ、ひたいにはあせにじむ。


 指先ゆびさきまでふるえていた。


 それでも――


 なにわらない。


 ミナギのくるしみはふかまるばかりだった。



 そして――三日目みっかめ


 もはや意識いしきはほとんどない。


 なかじたひとみ焦点しょうてんむすばず、時折ときおりかすかにれるだけ。


 呼吸こきゅうだけがあらつづいていた。


 むねおおきく上下じょうげするたび、のどおくからちいさなおとれる。


 言葉ことばではない。


 ただいたみだけがかたちになったようなおとだった。


 はだ青白あおじろい。


 はすっかりうしなわれていた。



 みやものたちは、もうこえせなかった。


 ただいのることしかできない。


 薬師くすしだまっていた。


 のこされていないことを、だれよりっているかおだった。


 タヅマもまたながこうべれたまま、なかなかかおげられない。


 おも沈黙ちんもく部屋へやたしていた。


 その中心ちゅうしんで、ミナギの呼吸こきゅうだけがつづいている。


 いまにも途切とぎれそうで。


 それでも、かろうじてつながっている。



 やがて――


 沈黙ちんもくやぶるように、薬師くすしがゆっくりくちひらいた。



「――今宵こよいが、とうげとなりましょう」



 その言葉ことばやいばのようにちた。


 こえころしてなげもの


 まゆふかせるもの


 くちびるつよめるもの


 だれもが、自分じぶん無力むりょくさをみしめていた。



 空気くうきおもしずみ、いきうことさえためらわれる。


 そのなかで、アサの意識いしきがふらりとれた。


 みみとどくはずのおととおくなる。


 視界しかい輪郭りんかくがぼやける。


 むねおくおもいししずむようなくるしさがひろがっていった。



 そんな――



 アサは必死ひっしかおげた。


 そしてせられるように、寝台しんだいのミナギをる。



 ――そのときだった。



 アサにはえた。


 くろ渦巻うずまかげ


 けむりのようで、きりのようで、はっきりしたかたちはない。


 だがたしかに、それはミナギの身体からだ内側うちがわからけていた。


 こころまでくそうとするなにか。



 アサはいきんだ。


 驚愕きょうがく恐怖きょうふられ、周囲しゅうい視線しせんはしらせる。


 ――だが。


 だれていない。


 寝台しんだいのそばにいる志摩しまは、ただミナギの青白あおじろかおつめている。


 臣下しんかたちも、現実げんじつ容態ようだいについてひくはなしているだけだった。


 へいたちもしずんだかおくしている。


 誰一人だれひとりとして、そのくろかげづいていない。



 アサののどちいさくふるえた。


(……だれにも……えてないの……?)


 そのとき、タヅマが重臣じゅうしんのクラジと小声こごえはなしているのがはいった。



 ――おうか。



 いや。


 えない。


 くちにした瞬間しゅんかん自分じぶん無力むりょくさまでさらしてしまうがした。


 タヅマもふか落胆らくたんなかにいるようにえる。


 どうすれば――


 むねおく絶望ぜつぼうあせりがうずく。



 でも。


 このままでは、ミナギは――


 指先ゆびさきふるえた。


 めようとしてもまらない。


 こわい。


 むねおくつめたくなる。


 けれど。


 アサはそのおもいをはらった。



 ――ちがう。


 こわくない。


 こんなおそれなど、どうでもいい。


 だれとがめられようと。


 自分じぶんがどうなろうと。


 本当ほんとうおそろしいのは――


 ミナギをうしなうことだ。



 アサはゆっくりいきった。


 せる。


 そしてしずかにひらいた。



 そのときだった。


 胸元むなもとあか瑪瑙めのうが、かすかに脈打みゃくうった。


 まるでもののように。


 こたえるように。


 どくり、と。


 たしかな反応はんのうかえってくる。


 同時どうじに――


 意識いしきおくに、ひとつの光景こうけいかびがった。



 れるほのお


 えんえがくようにみしめるあし


 かぜうで軌跡きせき


 はは姿すがただった。


 なぜいま、この記憶きおくがよみがえるのか。


 それはわからない。


 だが、ただのおもではなかった。


 はらほのお


 けがれをほのお


 じゃなるものを退しりぞけるほのお


 そのちからが、身体からだおくながんでくる。


 かんがえるよりさきに。


 理屈りくつではなく感覚かんかくとして。


(……できる)


 理由りゆうはない。


 たしかな根拠こんきょもない。


 それでも。


(……わたしならできる。ミナギをすくえる……)


 そうおもえた。


 むねおくで、なにかがしずかにさだまる。


 まよいがえていく。


 アサは一歩いっぽまえした。




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