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アマガタリ  作者: ひよりの
第二章
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届かない距離



 アサが、自分《じぶん》の気持《きも》ちを受《う》け入《い》れると決《き》めてから、しばらくして――


 それは、はっきりと形《かたち》になって現《あらわ》れた。


 ミナギの態度《たいど》が変《か》わっていた。



 以前《いぜん》は、些細《ささい》なことでも声《こえ》をかけてくれた。


 目《め》が合《あ》えば、何《なに》かしら言葉《ことば》が返《かえ》ってきた。


 だが今《いま》は、違《ちが》う。


(……避《さ》けられている)


 そのことに気《き》づいた瞬間《しゅんかん》、胸《むね》の奥《おく》が強《つよ》く軋《きし》んだ。



 どこかで、分《わ》かっていた。


 いつまでも、このままではいられないことくらい。


 相手《あいて》は王《おう》。


 国《くに》を背負《せお》い、人々(ひとびと)の未来《みらい》を選《えら》ぶ人《ひと》。婚姻《こんいん》も、血筋《ちすじ》も、国《くに》の行《ゆ》く末《すえ》のためにある。


 一方《いっぽう》の自分《じぶん》は、何者《なにもの》でもない。


 王《おう》の隣《となり》に立《た》つ資格《しかく》など、最初《さいしょ》からあるはずがなかった。


 そう思《おも》えば、納得《なっとく》できる。

 

 できるはずだった。


 なのに。


(……ミナギが悪《わる》い)


 そんな理不尽《りふじん》な言《い》いがかりを胸《むね》の中《なか》で呟《つぶや》いてしまい、アサは思《おも》わず小《ちい》さく笑《わら》ってしまう。



 目《め》が合《あ》えば笑《わら》ってくれた。


 困《こま》れば気《き》づいてくれた。


 誰《だれ》より近《ちか》くにいて、誰《だれ》より優《やさ》しくしてくれた。


 そんなふうにされたら。


 期待《きたい》なんて、したくなくてもしてしまう。


『もしかしたら』


『少《すこ》しくらいは特別《とくべつ》なのかもしれない』


『勘違《かんちが》いしても、いいのかな』


 そんな思《おも》いが、少《すこ》しずつ胸《むね》に積《つ》もっていた。


 気《き》づけば、それを当《あ》たり前《まえ》のように受《う》け取《と》っていた。


 甘《あま》えていたのは、自分《じぶん》だった。



 逃《に》げないと決《き》めた。


 ごまかさないと決《き》めた。


 この想《おも》いを抱《かか》えたまま歩《ある》くと、そう決《き》めた。


 それなのに。 


 今《いま》、距離《きょり》を置《お》かれただけで、こんなにも苦《くる》しい。


 ほんの少《すこ》し視線《しせん》が逸《そ》れるだけで、言葉《ことば》がひとつ交《か》わされないだけで、こんなにも遠《とお》く感じる。


 アサは奥歯《おくば》を強《つよ》く噛《か》みしめた。


(……大丈夫《だいじょうぶ》)


 自分《じぶん》にそう言《い》い聞《き》かせる。


 視線《しせん》を落《お》とさない。


 逸《そ》らさない。


 ただ前《まえ》を見る。


 それだけのことが、ひどく難《むずか》しかった。

 



 高殿《たかどの》の間《ま》は、水《みず》を打《う》ったように静《しず》かだった。


 タヅマをはじめとする重臣《じゅうしん》たちが整然《せいぜん》と並《なら》ぶ中《なか》、ミナギは座《すわ》ったまま、わずかに視線《しせん》を落《お》としている。


 その顔《かお》に揺《ゆ》れはない。


 感情《かんじょう》の影《かげ》も見《み》えない。


 静《しず》かで、固《かた》い表情《ひょうじょう》だった。


 少《すく》なくとも、外《そと》から見《み》ればそうだった。



 やがて、低《ひく》くよく通《とお》る声《こえ》が広間《ひろま》に落《お》ちる。


「伊都国《いとこく》との結《むす》びつきは、今後《こんご》の均衡《きんこう》を保《たも》つうえで不可欠《ふかけつ》である」


 短《みじか》く、迷《まよ》いのない言葉《ことば》。


 だがその裏《うら》には、明確《めいかく》な理由《りゆう》があった。



 ――狗奴国《くなこく》に、新《あたら》しい王《おう》が立《た》った。


 その知《し》らせは、すでに各地《かくち》に広《ひろ》がっている。


 新王《しんおう》の気質《きしつ》も、出方《でかた》も、いまだ定《さだ》かではない。


 ただ、ひとつだけ確《たし》かなことがある。


 均衡《きんこう》が崩《くず》れ始《はじ》めているということだ。


 これまで保《たも》たれていた力《ちから》の釣《つ》り合《あ》いは、もう同《おな》じ形《かたち》では続《つづ》かない。


 放《ほう》っておけば、歪《ゆが》みは広《ひろ》がり、やがて衝突《しょうとつ》になる。


 だから先《さき》に手《て》を打《う》つ。


 その判断《はんだん》が、この一言《ひとこと》に込《こ》められていた。


「志摩殿《しまどの》との婚姻《こんいん》を、正式《せいしき》に進《すす》める」


 静《しず》かに言葉《ことば》が落《お》ちる。



 ――一瞬《いっしゅん》の沈黙《ちんもく》。


 次《つぎ》の瞬間《しゅんかん》、小《ちい》さなざわめきが広《ひろ》がった。


 だが、反対《はんたい》の声《こえ》はない。


 それは感情《かんじょう》ではなく、理《り》の流《なが》れとして避《さ》けられない選択《せんたく》だった。


 むしろ、ここまで決《き》まっていなかったことの方《ほう》が不思議《ふしぎ》だったのかもしれない。



 重臣《じゅうしん》たちはそれぞれに姿勢《しせい》を正《ただ》す。


 うなずく者《もの》もいる。


 沈黙《ちんもく》のまま受《う》け入《い》れる者《もの》もいる。


 タヅマは静《しず》かに目《め》を伏《ふ》せた。


 その決断《けつだん》が持《も》つ重《おも》さも、代償《だいしょう》も、理解《りかい》しているからこそだった。



 ミナギはそれ以上《いじょう》、何《なに》も言《い》わない。


 説明《せつめい》も、補足《ほそく》もない。 


 決《き》めるということは、そういうことだった。



 高殿《たかどの》には、再《ふたた》び静《しず》けさが戻《もど》る。


 だがその静《しず》けさは、さきほどまでとは違《ちが》っていた。


 揺《ゆ》れのない、確定《かくてい》した現実《げんじつ》の重《おも》さを含《ふく》んだ静《しず》けさだった。



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