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アマガタリ  作者: ひよりの
第二章
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糸を手繰る


  

 よるみやふかみずそこしずんだようなしずけさにつつまれていた。


 篝火かがりびれ、部屋へやゆかながかげとしている。



 宇良うらは、ひとり部屋へやにいた。


 なが黒髪くろかみらし、にしたくしをゆっくりととおしている。


 かみでるおとだけが、しずかなよるに、かすかななみのようにひろがる。



 よるきらいではない。


 ひとこえ途絶とだえるよるは、昼間ひるまよりもずっとおおくのものがえる。



 ――だからこそ。


 宇良うらは、背後はいごしょうじたわずかな気配けはいにもづいていた。


 ぬのこすれるおと


 ほんのわずかなおとだった。


 普通ふつうなら、かぜおとまぎれてしまうほどのもの。


 宇良うらくしめない。


 かえることもしない。


 ただ、くしかみとおつづけた。



 やがて。


 やみおくから、かげすべるようにあらわれる。


 くろころもつきひかりけ、かたちがはっきりしない。


 かげおともなくまる。


 宇良うらのすぐ背後はいご


 ふかかぶった頭巾ずきん


 そのおくしずかお


 そして、そこにかぶ奇妙きみょうめん


 うずくような模様もようきざまれためんには、表情ひょうじょうらしい表情ひょうじょうがない。


 中央ちゅうおうひらいたふたつのくろあなだけが、こちらをつめている。


 のぞめば、こちらのこころまでまれてしまいそうなくらさをたたえている。



 宇良うらはゆっくりとくしめた。


 かみからはなし、しずかにかえる。


 そのひとみつめたくんでいた。



 おとこなにわず、ひざをついた。


阿久良様あくらさまより、言付ことづけをあずかっております」


 ひくこえだった。


 感情かんじょうがない。


 まるでひとこえではなく、やみそのものが言葉ことばはっしたかのようだった。



 ――奴国王なこくおう阿久良あくら


 宇良うらじつあにであり、冷酷れいこく知略ちりゃくめぐらす、へびのごとき油断ゆだんならぬおとこ


 兄妹きょうだいはよくていた。



「……相変あいかわらず、夜這よばどりのようにしのむのがお上手じょうずね」


 宇良うら口元くちもとに、かすかなみがかんだ。


「それで、御用件ごようけんは?」


 おとこは淡々《たんたん》とこたえた。


狗奴国くなこく情勢じょうせいについてです」


「……きましょう」


二年前にねんまえ先王せんおう崩御ほうぎょ以来いらい、かのくに二分にぶんしていた王位おういあらそいは――此度こたび地方ちほう有力ゆうりょく豪族ごうぞくカダンがせいしました」


 一瞬いっしゅんだけ、宇良うらくしゆびまった。


「カダン……」


「はい。王位おうい簒奪さんだつするかたち即位そくいいたしました」


 宇良うらほそめる。



 狗奴国くなこく


 投馬国とうまこく緊張きんちょう関係かんけいにある、みなみ大国たいこく


 そのくにおうわった。


 それは、ただの玉座ぎょくざ交代こうたいではない。



 おうわれば、くに欲望よくぼうわる。


 いくさこのものおうとなれば、国境くにざかいはたちまちさわがしくなる。



野心やしんち、いくさへの衝動しょうどうつよい……というわけね」


「はい。されど、ちからもとめるものであるがゆえに、あやつることも容易よういかと」


「……なるほど」


 宇良うらちいさくわらった。


兄上あにうえらしいこと」


阿久良様あくらさまは、この混迷こんめい最中さなか介入かいにゅうし、奴国なこく影響えいきょう狗奴国くなこくおよぼすおかんがえです」


「……混乱こんらんなかに、さらに混乱こんらんかさねる……」


 宇良うら指先ゆびさきかみでた。


兄上あにうえ相変あいかわらず、ひとこころいとのようにあやつるのがおきね」


 こえにはしたしみがなかった。


 あにおもいもうと声音こわねではない。


 へびつめるもののような、つめやかな警戒けいかいだけがあった。



 おとこつぎ言葉ことばげる。


「そのうえで、宇良様うらさまには投馬国とうまこく宮中きゅうちゅうについて、これまで以上いじょうくわしくさぐるようおおせです」


「これまで以上いじょうに?」


宮中きゅうちゅう内情ないじょう逐一ちくいちさぐるのみならず、特定とくてい重臣じゅうしんふかみ、その動向どうこう掌握しょうあくせよ、と」


 おとこはわずかにかおげた。


「とりわけ、警戒けいかいうす高官こうかん側近そっきんねらにございます」


 宇良うらは、ふっといきいた。


軽々(かるがる)ってくださるわね……」


 くし指先ゆびさきもてあそぶ。


 その感触かんしょくたしかめるように、ゆっくりとまわした。


「ミナギさま王座おうざかれてから、宮中きゅうちゅうわったわ」


 宇良うら視線しせんが、くら室内しつないこうへけられる。


警備けいびも、家臣かしんめも、以前いぜんとはくらべものにならないほどきびしくなった」


 溜息ためいきじりの言葉ことばに、疲弊ひへいとげにじませる。


「おいそれともぐめるような、あま場所ばしょではないのよ」


 おとこなにこたえない。


 ただ、つぎ言葉ことばっている。



 宇良うらはしばらくだまっていた。


 やがて――


「……まあ、いいでしょう」


 うすみがかぶ。


ほねれるお使つかいですけれど」


 くしわきく。


兄上あにうえのご期待きたいには、えてみせますわ」



 おとこふかあたまげた。


 つぎ瞬間しゅんかん


 かげれた。


 おとこがることさえせず、そのままやみむように後退こうたいしていく。


 月明つきあかりの境目さかいめえたところで、その姿すがた完全かんぜんえなくなった。


 あとには、何事なにごともなかったかのような静寂せいじゃくだけがのこされた。



 宇良うらはしばらくうごかなかった。


 やがて、くしをそっとき、まどそとけた。


 かぜほおをかすかにでる。



 かつては隼比古はやひこがいた。


 かれがいたころは、宮中きゅうちゅう秘密ひみつつかむことも、それほどむずかしくはなかった。


 ひとながれ。


 だれだれしたしいのか。


 どの重臣じゅうしんなにほっし、だれおそれているのか。


 隼比古はやひこから、そうした情報じょうほう自然しぜんあつめることができた。



 だが。


 もう、かれはいない。


 一歩いっぽ間違まちがえば露見ろけんし、いのちかかわる。


 宇良うらゆびが、無意識むいしき窓枠まどわくにぎった。


 ミナギの怜悧れいりひとみおもし、背中せなかに、ほそ寒気さむけはしった。


 それでも、阿久良あくらのぞみを裏切うらぎるわけにはいかない。



 宇良うらはゆっくりとじた。


 あたまなかに、一人ひとりおとこ姿すがたかぶ。


 警戒けいかいうすい。


 宮中きゅうちゅうではそれなりの地位ちいつ。


 そしてなにより、宇良うらとすれちがうたびに衣服いふくうえからむさぼるような、下卑げび視線しせんかくそうともしないおとこ


 隼比古はやひこえてからは、そのいやしい態度たいどはより一層いっそう露骨ろこつなものとなっていた。



 宇良うらは、ひらいた。


「あのおとこなら……」


 まどそと視線しせんける。


使つかえそうね」


 口元くちもとに、うすみがかんだ。


 おとこ欲望よくぼう


 それはみにくい。


 だが――みにくいからこそ、あつかいやすい。


 しいものが明確めいかく人間にんげんほど、いとけるのは容易たやすい。



 宇良うらはゆっくりとがった。


 黒髪くろかみかたからすべちる。


蜘蛛くもるように……」


 ささやく。


「……ゆっくりと、からってあげる……」


 だれかせるでもなくつぶやいたその言葉ことばは、みずからのうち巣食すく恐怖きょうふりつぶし、冷徹れいてつどくへとえるための呪文じゅもんでもあった。


 めた緊張感きんちょうかんが、むしろむねおく心地ここちよくしびれさせていく。


 しずかにみをこぼ宇良うらかげは、よる宮中きゅうちゅうにひそむ秘密ひみつもののように、ゆっくりといきひそめ、うごはじめた。




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