個人的な
同じ夜。
ミナギは、寝所に横になっていた。
灯りは、もう落としてある。
壁際の火皿も冷え、残った燻りの匂いだけが、薄く空気に漂っていた。
だが、眠りは来ない。
衣擦れの音が、やけに大きく耳に残る。
自分の呼吸さえ、妙にはっきり聞こえた。
瞼を閉じる。
――だが、その方が余計に悪かった。
暗闇の奥から、押し込めたはずの思考が浮かび上がってくる。
形を持って、じわじわと滲み出てくる。
浮かぶのは、志摩ではない。
――アサだ。
少し雑な手つきで器を扱う様子。
不満そうに、わずかに眉を寄せる顔。
それでも、すぐ気持ちを切り替え、前を向こうとする姿。
そんな断片ばかりが、勝手に浮かんでは消え、また浮かぶ。
まるで、自分の意思とは関係なく繰り返されているようだった。
ミナギは、小さく息を吐く。
分かっている。
王として何を選ぶべきかなど、とっくに決まっている。
――伊都国との婚姻。
それが最善だ。
国どうしの結びつきは強まり、内にも外にも揺るがぬ形を示せる。
重臣たちの考えも一致していた。
反対する理由など、どこにもない。
むしろ、選ばぬ方が愚かだ。
(分かっている)
胸の内で、何度も繰り返す。
理屈をなぞるように。
揺らぎを押さえ込むように。
志摩の姿を思い浮かべる。
整った顔立ち。
淀みのない所作。
背後にある地位と、政における意味。
――どれも理解している。
だが。
その姿は、どこか薄い。
形だけは整っているのに、中が伴っていないような感覚。
それに比べて――
アサの姿だけが、妙にはっきりしていた。
髪の揺れ。
視線の動き。
息を詰めるような間。
ほんの少しの表情の変化まで、鮮明に浮かぶ。
それが、余計に厄介だった。
これは、選んではならない感情だ。
そのことは、理解している。
理解しているからこそ――
本来なら、迷う余地などないはずだった。
王として、何を選ぶべきか。
答えは最初から決まっている。
――それなのに。
思考を切り替えようとするたび、差し込んでくる。
柔らかな笑顔。
自分を呼ぶ声。
まっすぐ見上げてくる眼差し。
振り払おうとするほど、像は濃くなっていく。
輪郭ははっきり結ばれ、色を帯びていく。
息遣いまで思い出せそうなほどに。
「――……ッ」
思わず、息が詰まった。
眉を寄せ、目を開く。
広がるのは、ただの闇。
何も見えない。
それでも視線は、無意識に、どこかを探していた。
ここにはいないはずの気配を、確かめるように。
寝返りを打つ。
布が擦れる音が、小さく響いた。
それだけで、妙に現実へ引き戻される。
掌を額へ当てる。
熱があるわけではない。
だが、胸の内側が静まらなかった。
ゆっくりと、息を吐く。
「……愚かだ」
誰へ向けた言葉なのか、自分でも分からない。
その声は低く、乾いていた。
そして何より――
それは、王の声ではなかった。
ただ一人の男の、逃げ場を失ったような響きを帯びていた。




