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アマガタリ  作者: ひよりの
第二章
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59/140

個人的な



 同《おな》じ夜《よる》。


 ミナギは、寝所《しんじょ》に横《よこ》になっていた。


 灯《あか》りは、もう落《お》としてある。


 壁際《かべぎわ》の火皿《ひざら》も冷《ひ》え、残《のこ》った燻《くすぶ》りの匂《にお》いだけが、薄《うす》く空気《くうき》に漂《ただよ》っていた。


 だが、眠《ねむ》りは来《こ》ない。


 衣擦《きぬず》れの音《おと》が、やけに大《おお》きく耳《みみ》に残《のこ》る。


 自分《じぶん》の呼吸《こきゅう》さえ、妙《みょう》にはっきり聞《き》こえた。


 瞼《まぶた》を閉《と》じる。


 ――だが、その方《ほう》が余計《よけい》に悪《わる》かった。


 暗闇《くらやみ》の奥《おく》から、押《お》し込《こ》めたはずの思考《しこう》が浮《う》かび上《あ》がってくる。


 形《かたち》を持《も》って、じわじわと滲《にじ》み出《で》てくる。


 浮《う》かぶのは、志摩《しま》ではない。


 ――アサだ。


 少《すこ》し雑《ざつ》な手《て》つきで器《うつわ》を扱《あつか》う様子《ようす》。 


 不満《ふまん》そうに、わずかに眉《まゆ》を寄《よ》せる顔《かお》。


 それでも、すぐ気持《きも》ちを切《き》り替《か》え、前《まえ》を向《む》こうとする姿《すがた》。


 そんな断片《だんぺん》ばかりが、勝手《かって》に浮《う》かんでは消《き》え、また浮《う》かぶ。


 まるで、自分《じぶん》の意思《いし》とは関係《かんけい》なく繰《く》り返《かえ》されているようだった。



 ミナギは、小《ちい》さく息《いき》を吐《は》く。


 分《わ》かっている。


 王《おう》として何《なに》を選《えら》ぶべきかなど、とっくに決《き》まっている。


 ――伊都国《いとこく》との婚姻《こんいん》。


 それが最善《さいぜん》だ。


 国《くに》どうしの結《むす》びつきは強《つよ》まり、内《うち》にも外《そと》にも揺《ゆ》るがぬ形《かたち》を示《しめ》せる。


 重臣《じゅうしん》たちの考《かんが》えも一致《いっち》していた。


 反対《はんたい》する理由《りゆう》など、どこにもない。


 むしろ、選《えら》ばぬ方《ほう》が愚《おろ》かだ。


(分《わ》かっている)


 胸《むね》の内《うち》で、何度《なんど》も繰《く》り返《かえ》す。


 理屈《りくつ》をなぞるように。


 揺《ゆ》らぎを押《お》さえ込《こ》むように。

 


 志摩《しま》の姿《すがた》を思《おも》い浮《う》かべる。


 整《ととの》った顔立《かおだ》ち。


 淀《よど》みのない所作《しょさ》。


 背後《はいご》にある地位《ちい》と、政《まつりごと》における意味《いみ》。


 ――どれも理解《りかい》している。


 だが。


 その姿《すがた》は、どこか薄《うす》い。


 形《かたち》だけは整《ととの》っているのに、中《なか》が伴《ともな》っていないような感覚《かんかく》。



 それに比《くら》べて――


 アサの姿《すがた》だけが、妙《みょう》にはっきりしていた。


 髪《かみ》の揺《ゆ》れ。


 視線《しせん》の動《うご》き。


 息《いき》を詰《つ》めるような間《ま》。


 ほんの少《すこ》しの表情《ひょうじょう》の変化《へんか》まで、鮮明《せんめい》に浮《う》かぶ。


 それが、余計《よけい》に厄介《やっかい》だった。



 これは、選《えら》んではならない感情《かんじょう》だ。


 そのことは、理解《りかい》している。


 理解《りかい》しているからこそ――


 本来《ほんらい》なら、迷《まよ》う余地《よち》などないはずだった。


 王《おう》として、何《なに》を選《えら》ぶべきか。


 答《こた》えは最初《さいしょ》から決《き》まっている。



 ――それなのに。


 思考《しこう》を切《き》り替《か》えようとするたび、差《さ》し込《こ》んでくる。


 柔《やわ》らかな笑顔《えがお》。


 自分《じぶん》を呼《よ》ぶ声《こえ》。


 まっすぐ見上《みあ》げてくる眼差《まなざ》し。


 振《ふ》り払《はら》おうとするほど、像《ぞう》は濃《こ》くなっていく。


 輪郭《りんかく》ははっきり結《むす》ばれ、色《いろ》を帯《お》びていく。


 息遣《いきづか》いまで思《おも》い出《だ》せそうなほどに。


「――……ッ」


 思《おも》わず、息《いき》が詰《つ》まった。


 眉《まゆ》を寄《よ》せ、目《め》を開《ひら》く。


 広《ひろ》がるのは、ただの闇《やみ》。


 何《なに》も見《み》えない。


 それでも視線《しせん》は、無意識《むいしき》に、どこかを探《さが》していた。


 ここにはいないはずの気配《けはい》を、確《たし》かめるように。



 寝返《ねがえ》りを打《う》つ。


 布《ぬの》が擦《こす》れる音《おと》が、小《ちい》さく響《ひび》いた。


 それだけで、妙《みょう》に現実《げんじつ》へ引《ひ》き戻《もど》される。


 掌《てのひら》を額《ひたい》へ当《あ》てる。 


 熱《ねつ》があるわけではない。


 だが、胸《むね》の内側《うちがわ》が静《しず》まらなかった。


 ゆっくりと、息《いき》を吐《は》く。


「……愚《おろ》かだ」


 誰《だれ》へ向《む》けた言葉《ことば》なのか、自分《じぶん》でも分《わ》からない。


 その声《こえ》は低《ひく》く、乾《かわ》いていた。 


 そして何《なに》より――


 それは、王《おう》の声《こえ》ではなかった。


 ただ一人《ひとり》の男《おとこ》の、逃《に》げ場《ば》を失《うしな》ったような響《ひび》きを帯《お》びていた。



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