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アマガタリ  作者: ひよりの
第二章
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58/108

それの名前



 井戸いどそばは、っていた。


 いしまった冷気れいきが、じわじわと身体からだんでくる。


 アサは、そのすわんでいた。ひざかかえ、そこへひたいしつける。


 いきあさい。


 のどまる。



 やがて――


 ぽたり、となみだちた。


 一滴ひとしずく


 おくれて、二滴ふたしずく三滴みしずく


 めようとしても、まらない。



 こえさなかった。もししてしまえば、なにかが決定的けっていてきくずれてしまうがした。


 だから、いしばる。かただけが、小刻こきざみにふるえていた。



(――かってた……)


 こころなかで、何度なんどかえす。


最初さいしょから、かってたのに――)


 指先ゆびさきちからはいる。つめてのひらんだ。


 それでも、どうにもならない。


 ただなみだだけがつづけ、足元あしもとつちらしていた。





 よるけ、みやあかりもすこなくなったころ。タヅマの部屋へやには、まだほそのこっていた。


 文机ふづくえかい、しずかにふではしらせている。かみこすおと規則的きそくてきで、思考しこうみだれをすこしもかんじさせなかった。


 戸口とぐちそとで、ためらう気配けはいまる。


「タヅマさま


 ひかえめなこえ


「どうぞ、おはいりなさい」


 ふでめないままこたえる。


 アサはそっとけ、しずかになかはいった。


夜分やぶん失礼しつれいいたします」


かまいませんとも。こうしてきておりますゆえ」


 そこでようやくふでき、かおげる。 


 らしたアサのかおて、タヅマはわずかに見開みひらいた。


「――これはまた……かぬかおですな」 


 アサはすこ言葉ことばまよってから、ようやくくちひらく。


「……あの」 


 そのさきつづかない。


 めずらしい、とタヅマはおもった。


「ゆっくりでよろしいですよ。げはしません」 


 やわらかくうながす。


 アサはちいさくいきき、胸元むなもとをぎゅっとさえた。 


「――なんだか、いたくて……」


 言葉ことばさがすようにつぶやく。


 タヅマはだまっていていた。


くるしくて、ねむれなくて」


「ほう」


 ちいさく相槌あいづちつ。  


「ずっとあたまなかでぐるぐるしてて――」 


 こえすこかすれる。


「ミナギさまが…志摩様しまさま二人ふたりでいるのをていると――」


 そこで言葉ことばまった。


「……つらくて、いやで、たまらなくて……」


 自分じぶんでもからない。そんなかおだった。


 タヅマはゆるくうなずく。


「なるほど」


 そして、ちいさくわらった。


「では、すこ整理せいりいたしましょうか」


 指先ゆびさきつくえを、とん、とかるたたく。


「ミナギさまが、ほかだれかとしたしくしておられるのをて――」


 ひとつずつ、言葉ことばいていく。


いたい」


「……はい」


くるしい」


「……はい」


「そして、いやでたまらない」


「……それも……はい」


 アサは観念かんねんしたように、ちいさくうなずいた。


 タヅマは満足まんぞくそうにいきをつく。


十分じゅうぶんですな」


「え?」


「もう、ほとんどこたえはております」


 さらりとう。


 アサは戸惑とまどった。


「ですが、まあ」


 タヅマはわずかにかたをすくめる。


「ここで、()()()()()けてしまうのは、あまり感心かんしんいたしません」


「どうしてですか」


簡単かんたんです」


 すこしだけ、意地いじわるみ。


れば、ひとはそれにしばられる」


 アサはだまる。


「ただ、ひとつだけたしかなのは――」


 タヅマの視線しせんが、っすぐアサへく。


「あなたはすでに、ミナギさまを、()()()()()()()いている」


 アサのいきまった。


「だから、れる」


 淡々(たんたん)げる。


ほかものがそこへちかづけば、面白おもしろくない。きわめて自然しぜんなことです」 


 アサはしばらくだまんだあと、ぽつりとつぶやく。


「……これ、どうすればいいんですか」


 タヅマはすこかんがえる素振そぶりをせ、それからふっとわらった。


「どうもいたしません」 


「え……?」


ほうっておきなさい」


 きっぱりとる。


勝手かってそだつか、勝手かってえるか、いずれにせよきます」


 ずいぶんざつかただった。 


 だが、不思議ふしぎ核心かくしんいている。


無理むりそうとすると、余計よけいさわぎますゆえ」


 アサは胸元むなもとてる。


 まだ、ざわざわしている。


 けれど――


 すこしだけ、自分じぶん気持きもちがかったがした。


「……はい」


 ちいさくうなずく。


 タヅマはふたたふでげた。


「さて、よろしいですかな」


「はい。ありがとうございました」


 アサはあたまげ、しずかに部屋へやていく。


 まる。



 ふたたび、ふでおとだけがのこった。


 タヅマはきながら、ふとめる。


 脳裏のうりかぶのは、さきほどのアサのかおだった。


 わけからぬまま、むねいたみにまわされている様子ようす



 ちいさくいきく。


 なかなかにこくはなしだ、とタヅマはおもった。


 よりにもよって、相手あいてがミナギである。


 おうであり、おおくのものを背負せおおとこ


 そのそばにいるということは、それだけでこころさぶられる。


 しかもいま周囲しゅうい志摩しまとのえんかためようとしてうごいている。


 アサがかかえたおもいは、あまりにも立場たちばわるい。


 かなうかどうか以前いぜんに、こえすことすらむずかしい。



 タヅマはせる。


 すこしだけ――あわれだとおもった。


 けれど同時どうじに、それもまたひときるうえけられぬねつなのだろう、ともおもう。


 やがてかれは、ふたたしずかにふではしらせはじめた。



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