【掌編】微笑の理由
午後の陽が、投馬宮の中庭を静かに照らしていた。
風に撫でられた木々の葉が、かすかな音を奏でている。
その中を、ミナギと志摩は並んで歩いていた。
「美しい庭でございますね」
志摩が、穏やかに呟く。
「よく整えられていて……庭師の腕が良いのでしょう」
立ち止まり、ふと視線を枝葉の重なりへと向けた。
細やかに刈り込まれた枝筋には一分の乱れもなく、木々の足元にまで、まだらな光が届いている。
「けれど……皆を同じ形に揃えようとすれば、どこかに無理が生じましょう」
志摩は、風に揺れる若葉を見上げる。
「反対に、何もせず放っておけば、枝は絡み合い、光の届かぬ場所が生まれる――」
その横顔は、ただ景色を愛でているだけではない、どこか澄んだ深みをたたえていた。
「それぞれに合った形を見極め、うまく整えているのでしょうね」
その言葉を静かに聞いていたミナギは、ふと隣を見る。
「……庭の風情を語っているだけではなさそうだな」
「はい」
志摩は微笑む。
「……国の在り方にも似ているように思います」
ミナギは目を細めた。
「王は、庭師の如くあれと?」
その瞳には、志摩の答えを測るような光が宿っていた。
「恐れながら」
志摩は頷いた。
「切るべき枝なのか」
「それとも、まだ伸びる力を残しているのか」
「その先を考えながら、手を入れねばならないのでしょう」
志摩は庭を見渡す。
「早く切りすぎれば、失うものもあります」
「ですが、迷って何もしなければ、庭そのものが荒れてしまう」
「その見極めが――王が果たすべき役目にも似ているように思います」
ミナギはしばらく黙っていた。
志摩の言葉には、ただの飾り立てた美辞麗句ではない――人の営みと権力の機微を冷徹に見透かすような、確かな眼差しがあった。
風が二人の間を静かに通り過ぎる。
そして――
「……そなたは変わっているな」
ぽつりと、ミナギが言った。
「……褒め言葉として受け取っておきます」
志摩は微笑む。
その返しがあまりにも自然で、ミナギの口元がわずかに緩んだ。
「伊都国の姫というより……老練な識者と語り合っているようだ」
「まあ」
志摩はわざとらしく眉を跳ね上げ、唇を尖らせてみせた。
「それでは、わたくしが随分と年嵩の姥であるかのようではございませんか。淑女に向かって、なんたる仰りようでしょう」
咎めるような声音の端々に、微かな戯れの色が滲んでいる。
互いの腹を探り合う宮廷の退屈な応酬とは違う、飾り気のない軽妙なやり取りが、そこにはあった。
「……すまぬ」
ミナギは、ふっと笑みを漏らした。
「そなたを老いた者になぞらえるつもりは毛頭なかった」
それは、王として作った笑みではない。
誰かの期待に応えるためでもない。
ただ、目の前にいる相手との会話を、心地よいと感じた時に自然と浮かぶ笑みだった。




