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アマガタリ  作者: ひよりの
第二章
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【掌編】微笑の理由



 午後《ごご》の陽《ひ》が、投馬宮《とうまのみや》の中庭《なかにわ》を静《しず》かに照《て》らしていた。


 風《かぜ》に撫《な》でられた木々(きぎ)の葉《は》が、かすかな音《おと》を奏《かな》でている。



 その中《なか》を、ミナギと志摩《しま》は並《なら》んで歩《ある》いていた。


「美《うつく》しい庭《にわ》でございますね」


 志摩《しま》が、穏《おだ》やかに呟《つぶや》く。


「よく整《ととの》えられていて……庭師《にわし》の腕《うで》が良《よ》いのでしょう」


 立《た》ち止《ど》まり、ふと視線《しせん》を枝葉《えだは》の重《かさ》なりへと向《む》けた。


 細《こま》やかに刈《か》り込《こ》まれた枝筋《えだすじ》には一分《いちぶ》の乱《みだ》れもなく、木々(きぎ)の足元《あしもと》にまで、まだらな光《ひかり》が届《とど》いている。


「けれど……皆《みな》を同《おな》じ形《かたち》に揃《そろ》えようとすれば、どこかに無理《むり》が生《しょう》じましょう」


 志摩《しま》は、風《かぜ》に揺《ゆ》れる若葉《わかば》を見上《みあ》げる。


「反対《はんたい》に、何《なに》もせず放《ほう》っておけば、枝《えだ》は絡《から》み合《あ》い、光《ひかり》の届《とど》かぬ場所《ばしょ》が生《う》まれる――」


 その横顔《よこがお》は、ただ景色《けしき》を愛《め》でているだけではない、どこか澄《す》んだ深《ふか》みをたたえていた。


「それぞれに合《あ》った形《かたち》を見極《みきわ》め、うまく整《ととの》えているのでしょうね」



 その言葉《ことば》を静《しず》かに聞《き》いていたミナギは、ふと隣《となり》を見《み》る。


「……庭《にわ》の風情《ふぜい》を語《かた》っているだけではなさそうだな」


「はい」


 志摩《しま》は微笑《ほほえ》む。


「……国《くに》の在《あ》り方《かた》にも似《に》ているように思《おも》います」


 ミナギは目《め》を細《ほそ》めた。


「王《おう》は、庭師《にわし》の如《ごと》くあれと?」


 その瞳《ひとみ》には、志摩《しま》の答《こた》えを測《はか》るような光《ひかり》が宿《やど》っていた。


「恐《おそ》れながら」


 志摩《しま》は頷《うなず》いた。


「切《き》るべき枝《えだ》なのか」


「それとも、まだ伸《の》びる力《ちから》を残《のこ》しているのか」


「その先《さき》を考《かんが》えながら、手《て》を入《い》れねばならないのでしょう」


 志摩《しま》は庭《にわ》を見渡《みわた》す。


「早《はや》く切《き》りすぎれば、失《うしな》うものもあります」


「ですが、迷《まよ》って何《なに》もしなければ、庭《にわ》そのものが荒《あ》れてしまう」


「その見極《みきわ》めが――王《おう》が果《は》たすべき役目《やくめ》にも似《に》ているように思《おも》います」



 ミナギはしばらく黙《だま》っていた。


 志摩《しま》の言葉《ことば》には、ただの飾《かざ》り立《た》てた美辞麗句《びじれいく》ではない――人《ひと》の営《いとな》みと権力《けんりょく》の機微《きび》を冷徹《れいてつ》に見透《みす》かすような、確《たし》かな眼差《まなざ》しがあった。



 風《かぜ》が二人《ふたり》の間《あいだ》を静《しず》かに通《とお》り過《す》ぎる。


 そして――


「……そなたは変《か》わっているな」


 ぽつりと、ミナギが言《い》った。


「……褒《ほ》め言葉《ことば》として受《う》け取《と》っておきます」


 志摩《しま》は微笑《ほほえ》む。


 その返《かえ》しがあまりにも自然《しぜん》で、ミナギの口元《くちもと》がわずかに緩《ゆる》んだ。


「伊都国《いとこく》の姫《ひめ》というより……老練《ろうれん》な識者《しきしゃ》と語《かた》り合《あ》っているようだ」


「まあ」


 志摩《しま》はわざとらしく眉《まゆ》を跳《は》ね上《あ》げ、唇《くちびる》を尖《とが》らせてみせた。


「それでは、わたくしが随分《ずいぶん》と年嵩《としかさ》の姥《うば》であるかのようではございませんか。淑女《しゅくじょ》に向《む》かって、なんたる仰《おっしゃ》りようでしょう」


 咎《とが》めるような声音《こわね》の端々(はしばし)に、微《かす》かな戯《たわむ》れの色《いろ》が滲《にじ》んでいる。


 互《たが》いの腹《はら》を探《さぐ》り合《あ》う宮廷《きゅうてい》の退屈《たいくつ》な応酬《おうしゅう》とは違《ちが》う、飾《かざ》り気《け》のない軽妙《けいみょう》なやり取《と》りが、そこにはあった。


「……すまぬ」


 ミナギは、ふっと笑《え》みを漏《も》らした。


「そなたを老《お》いた者《もの》になぞらえるつもりは毛頭《もうとう》なかった」


 それは、王《おう》として作《つく》った笑《え》みではない。


 誰《だれ》かの期待《きたい》に応《こた》えるためでもない。


 ただ、目《め》の前《まえ》にいる相手《あいて》との会話《かいわ》を、心地《ここち》よいと感《かん》じた時《とき》に自然《しぜん》と浮《う》かぶ笑《え》みだった。




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