決壊
それ以降、宮中の様子は静かに、けれど確実に変わっていった。
誰かがはっきり命じたわけではない。だが、まるで見えない手が、皆を同じ方向へ押しているようだった。
気づけば、宮中全体が、ひとつの結論を当然のものとして受け入れていた。
――伊都国との結びつきは必要だ。
その言葉は、いつしか疑われることもなくなっていた。議論するまでもない前提として、静かに人々の意識へ根を下ろしていく。
食事の席でも。
軍議の合間でも。
その話は何度も繰り返された。
誰かが強く押しつけているわけではない。何気ない会話の形をしながら、異論だけが静かに消えていく。
反対するという考えは、口に出される前に意味を失っていた。
囲いは音もなく閉じていく。そして気づいた時には、すべてが出来上がっていた。
やがて、その流れは日常の隙間にまで染み込んでいく。
廊下で。
庭で。
食事の席で。
ほんのわずかな時間でも、ミナギと志摩が並ぶ姿を目にするようになった。
意図的にそう配置されていることは明らかだった。
それでも、誰も不自然だとは言わない。むしろ、「当然だ」と受け止めている空気さえあった。
「やはり、お似合いだ」
そんな言葉が、悪意もなく零れる。
祝福するような軽さで。
そのたびに、アサの胸は強く締めつけられた。
見たくないと思うほど、視線は二人へ向かってしまう。
ある日の午後だった。
水を汲みに向かう途中、角を曲がった先で視界が開ける。
その先に、二人がいた。
いつもより、少し近い距離。
風の抜ける庭先で、志摩が何かを語り、ミナギがそれに応えている。
声は届かない。けれど、二人の間に流れる空気だけは、不思議なほどはっきり伝わってきた。
ミナギが笑っていた。
穏やかで。
柔らかく。
張りつめていたものが、ふっと解けたような笑み。
目元から力が抜け、相手の言葉に自然に寄り添うような表情。
その瞬間、アサの中で何かが崩れた。
(……あ)
それは、知っている顔だった。
失敗した時。
不器用な成果を見せた時。
ほんの少し褒めてもらえた時。
何度も、自分へ向けられていたはずの表情。
確かにそこにあった温度。
確かに届いていたはずの距離。
呼吸が浅くなる。
胸の奥で、何かが音を立てて崩れていく。
積み上げてきたものの意味が、根元からほどけていく。
自分の居場所だと思っていたものが、最初から存在していなかった。
そんなふうに、静かに突きつけられた。
指先の感覚が遠のく。
視界の端が、わずかに揺れる。
次の瞬間、考えるより先に身体が動いていた。
足が地面を蹴る。
廊下を駆け出す。
息が乱れ、胸が痛い。
ただひとつ、はっきりしていることがあった。
――ここにいたくない。
見えない場所へ。
誰にも見られない場所へ。
その思いだけが、アサを前へ押し出していた。




