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アマガタリ  作者: ひよりの
第二章
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決壊

 


 それ以降《いこう》、宮中《きゅうちゅう》の様子《ようす》は静《しず》かに、けれど確実《かくじつ》に変《か》わっていった。


 誰《だれ》かがはっきり命《めい》じたわけではない。だが、まるで見《み》えない手《て》が、皆《みな》を同《おな》じ方向《ほうこう》へ押《お》しているようだった。


 気《き》づけば、宮中《きゅうちゅう》全体《ぜんたい》が、ひとつの結論《けつろん》を当然《とうぜん》のものとして受《う》け入《い》れていた。


 ――伊都国《いとこく》との結《むす》びつきは必要《ひつよう》だ。


 その言葉《ことば》は、いつしか疑《うたが》われることもなくなっていた。議論《ぎろん》するまでもない前提《ぜんてい》として、静《しず》かに人々(ひとびと)の意識《いしき》へ根《ね》を下《お》ろしていく。 


 食事《しょくじ》の席《せき》でも。


 軍議《ぐんぎ》の合間《あいま》でも。


 その話《はなし》は何度《なんど》も繰《く》り返《かえ》された。


 誰《だれ》かが強《つよ》く押《お》しつけているわけではない。何気《なにげ》ない会話《かいわ》の形《かたち》をしながら、異論《いろん》だけが静《しず》かに消《き》えていく。


 反対《はんたい》するという考《かんが》えは、口《くち》に出《だ》される前《まえ》に意味《いみ》を失《うしな》っていた。


 囲《かこ》いは音《おと》もなく閉《と》じていく。そして気《き》づいた時《とき》には、すべてが出来上《できあ》がっていた。



 やがて、その流《なが》れは日常《にちじょう》の隙間《すきま》にまで染《し》み込《こ》んでいく。


 廊下《ろうか》で。


 庭《にわ》で。


 食事《しょくじ》の席《せき》で。


 ほんのわずかな時間《じかん》でも、ミナギと志摩《しま》が並《なら》ぶ姿《すがた》を目《め》にするようになった。


 意図的《いとてき》にそう配置《はいち》されていることは明《あき》らかだった。


 それでも、誰《だれ》も不自然《ふしぜん》だとは言《い》わない。むしろ、「当然《とうぜん》だ」と受《う》け止《と》めている空気《くうき》さえあった。


「やはり、お似合《にあ》いだ」


 そんな言葉《ことば》が、悪意《あくい》もなく零《こぼ》れる。


 祝福《しゅくふく》するような軽《かる》さで。


 そのたびに、アサの胸《むね》は強《つよ》く締《し》めつけられた。


 見《み》たくないと思《おも》うほど、視線《しせん》は二人《ふたり》へ向《む》かってしまう。

 



 ある日《ひ》の午後《ごご》だった。


 水《みず》を汲《く》みに向《む》かう途中《とちゅう》、角《かど》を曲《ま》がった先《さき》で視界《しかい》が開《ひら》ける。


 その先《さき》に、二人《ふたり》がいた。


 いつもより、少《すこ》し近《ちか》い距離《きょり》。


 風《かぜ》の抜《ぬ》ける庭先《にわさき》で、志摩《しま》が何《なに》かを語《かた》り、ミナギがそれに応《こた》えている。


 声《こえ》は届《とど》かない。けれど、二人《ふたり》の間《あいだ》に流《なが》れる空気《くうき》だけは、不思議《ふしぎ》なほどはっきり伝《つた》わってきた。



 ミナギが笑《わら》っていた。


 穏《おだ》やかで。


 柔《やわ》らかく。


 張《は》りつめていたものが、ふっと解《ほど》けたような笑《え》み。


 目元《めもと》から力《ちから》が抜《ぬ》け、相手《あいて》の言葉《ことば》に自然《しぜん》に寄《よ》り添《そ》うような表情《ひょうじょう》。



 その瞬間《しゅんかん》、アサの中《なか》で何《なに》かが崩《くず》れた。


(……あ)


 それは、知《し》っている顔《かお》だった。


 失敗《しっぱい》した時《とき》。 


 不器用《ぶきよう》な成果《せいか》を見《み》せた時《とき》。


 ほんの少《すこ》し褒《ほ》めてもらえた時《とき》。


 何度《なんど》も、自分《じぶん》へ向《む》けられていたはずの表情《ひょうじょう》。


 確《たし》かにそこにあった温度《おんど》。


 確《たし》かに届《とど》いていたはずの距離《きょり》。



 呼吸《こきゅう》が浅《あさ》くなる。


 胸《むね》の奥《おく》で、何《なに》かが音《おと》を立《た》てて崩《くず》れていく。


 積《つ》み上《あ》げてきたものの意味《いみ》が、根元《ねもと》からほどけていく。


 自分《じぶん》の居場所《いばしょ》だと思《おも》っていたものが、最初《さいしょ》から存在《そんざい》していなかった。


 そんなふうに、静《しず》かに突《つ》きつけられた。


 指先《ゆびさき》の感覚《かんかく》が遠《とお》のく。


 視界《しかい》の端《はし》が、わずかに揺《ゆ》れる。



 次《つぎ》の瞬間《しゅんかん》、考《かんが》えるより先《さき》に身体《からだ》が動《うご》いていた。


 足《あし》が地面《じめん》を蹴《け》る。 


 廊下《ろうか》を駆《か》け出《だ》す。


 息《いき》が乱《みだ》れ、胸《むね》が痛《いた》い。


 ただひとつ、はっきりしていることがあった。


 ――ここにいたくない。


 見《み》えない場所《ばしょ》へ。


 誰《だれ》にも見《み》られない場所《ばしょ》へ。


 その思《おも》いだけが、アサを前《まえ》へ押《お》し出《だ》していた。



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