↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アマガタリ  作者: ひよりの
第二章
PR
54/108

許される場所



 祝宴しゅくえん熱気ねっきがようやくき、宮中きゅうちゅうすこしずつよるしずけさをもどしていた。


 篝火かがりびがところどころでれ、ながびた回廊かいろうかげをゆるやかにゆがませている。


 志摩しまは、その回廊かいろう一人ひとりしずかにあるいていた。衣擦きぬずれのおとすらおさえた足取あしどり。うたげ余韻よいんにも、人々(ひとびと)のざわめきにも興味きょうみはない。


 ただ、ねつますように、静寂せいじゃくなかいていた。


 ――そのとき


 かすかな水音みずおとみみとどいた。


 規則的きそくてきに、うつわみずおと視線しせんけると、回廊かいろうはしにある井戸端いどばたで、ひとりの侍女じじょかがめていた。


 あかりのとどきにくい場所ばしょで、黙々(もくもく)うつわあらっている。祝宴しゅくえんとき広間ひろますみひかえていたむすめだ。


 さけをこぼし、侍女頭じじょがしらきびしくしかられていた――その光景こうけいが、ふと脳裏のうりかぶ。


 そして、そのときえたミナギの視線しせん


 ほんのわずかだったが、たしかにあんじるいろびていた。


 志摩しまあしめた。


 観察かんさつするように、そのむすめつめる。


 顔立かおだちはととのっている。骨格こっかく均衡きんこうわるくない。


 けれど、人目ひとめうばうほどのはなやかさはない。あくまで、()()()()()()、という程度ていどだ。


 もれるほど地味じみでもなく、かといってつよ際立きわだつわけでもない。


 ――よくいるむすめ


 そう結論けつろんづけかけたときだった。


「……あなた」


 づけば、こえをかけていた。


 水音みずおとまる。侍女じじょかえり、志摩しま姿すがた瞬間しゅんかんいきんだ。


「し、志摩様しまさま……!?」


 あわててひざる。その動作どうさには無駄むだがなく、きちんとしつけられているのがかった。


らくにして」


 おだやかにい、志摩しますこしだけ距離きょりめる。


 あつあたえすぎず、それでいてがさない。


 そんな絶妙ぜつみょう間合まあいだった。


は?」


「……アサ、ともうします」


 こえちいさい。だが、そのおくにはしんがあった。


 おびえのしたに、みょうつよさがひそんでいる。


 志摩しまはわずかにほそめた。


「そう」


 みじかこたえる。


 それ以上いじょうふか理由りゆう見当みあたらなかった。


仕事しごと邪魔じゃまをしたわね」


 それだけをのこし、志摩しまきびすかえす。


 関心かんしんは、そこでえる――はずだった。


 だが、数歩すうほすすんだところで、べつ足音あしおと静寂せいじゃくいた。


 反射的はんしゃてきに、志摩しま身体からだうごく。はしらかげせ、気配けはいしずめた。


 あらわれた人影ひとかげ瞬間しゅんかんいきがわずかにまる。



 ――ミナギさま



 おうみずからが、こんな夜更よふけに、こんな場所ばしょる。


 理由りゆうは、ひとつしかない。


 視線しせんもどす。


 井戸端いどばたのアサは、まだづいていない。


「まだやっていたのか」


 ひくおさえたこえが、夜気やきふるわせた。


 アサのかたが、びくりとねる。かえる。


 そして――


 その表情ひょうじょうが、一瞬いっしゅんでほどけた。


 まるであかりがともるように、やわらかく。


 さきほど志摩しまけていたかおとは、あまりにもちがう。


 ミナギは井戸端いどばたあゆり、おけふちをかけてなかのぞんだ。


 あらえたうつわが、きちんとかさねられている。


随分ずいぶんはたらものになったな」


「……ほうっておいてください」


 アサは、すこしむくれたようにかえした。


 おうけるには、あきらかに無遠慮ぶえんりょ口調くちょうだった。


 だが――


 ミナギはとがめない。


 それどころか、口元くちもとがわずかにゆるむ。


「それとも――」


 すこき、視線しせんとす。


しかられりなかったか?」


 こえには、からかうようなひびきがじっていた。


 アサのまゆがぴくりとうごく。


広間ひろまはしまでこえていたぞ」


「……!」


「『何度言なんどいえばかるの』『手元てもとろ』『おまえりすぎだ』――」


 淡々(たんたん)再現さいげんされる言葉ことばに、アサのかおがみるみるあかくなる。


「ッ……もぉ!やめてってば!」


 おもわずこえがる。あわててくちさえるが、もうおそい。


 ミナギはこらえきれず、ちいさくわらった。


随分ずいぶん可愛かわいがられているな」


可愛かわいがられてなんかいません!」


 むくれたままかえす。そこには遠慮えんりょ欠片かけらもない。


 ミナギはそんな様子ようす面白おもしろそうにながめ、すこほそめた。


「まあ、あれだけ派手はでさけけばな」


だれのせいだと――」


 いかけて、アサははっとくちをつぐむ。


 一瞬いっしゅん沈黙ちんもく


 つぎ瞬間しゅんかん、ミナギがひくわらった。


ってみろ」


 そのこえには、かくしきれない愉快ゆかいさがにじんでいた。


 アサはくちびるむすび、視線しせんらす。


 わない。


 そうしめしている。


 その子供こどもっぽささえ、ミナギはとがめない。


 距離きょりちかい。


 言葉ことばよりも、その空気くうきなによりかたっていた。


 志摩しまはしらかげで、しずかにいきととのえる。


(――ほど


 むねおくに、ちいさな理解りかいちた。


 広間ひろまかんじた違和感いわかん正体しょうたい


 あの一瞬いっしゅん視線しせん


 志摩しまはもう一度いちど、アサを見る。


 さきほどとおなむすめ平凡へいぼんで、特別とくべつくわけではない。


 だが――いまちがった。


 輪郭りんかくが、わずかに際立きわだってえる。


 ――あれほどのかたが、にかけるむすめ


(ただの侍女じじょ、ではない)


 ミナギはだれたいしても、ふかまず、またませない。


 そんな距離感きょりかんたもっているようにえた。


 おうとして均衡きんこうくずさぬための、無意識むいしき線引せんびき。


 ――だが、いまのやりりはちがう。


 ミナギの視線しせん


 やわらいだこえ


 ほかだれにもけない気安きやすさ。


 それはあきらかに、アサだけにゆるされたものだった。


(――あの位置いち


 思考しこうが、そこへっすぐかう。


 特別とくべつ言葉ことばわしたわけではない。


 ったわけでもない。


 それでもかる。


 むことをゆるされた距離きょり


 えらばれたものだけがてる場所ばしょ


 むねおくまれたちいさなざわめきを、志摩しましずかにつめた。


 うらやましさか。


 りたい気持きもちか。


 ――いや。


しい)


 その言葉ことばが、いちばん正確せいかくだった。


わたしも、あのれたい)


 まよいはない。


 一時いっとき感情かんじょうでも、まぐれでもなかった。


容易たやすはいるものではない)


 あれは、だれにでもひらかれた場所ばしょではない。


(――だからこそ、価値かちがある)


 しずかに、覚悟かくごかたちになる。


 志摩しまはゆっくりとかおげた。


 そのひとみには、はっきりとした意志いし宿やどっている。


 均衡きんこうそとつのではなく、その内側うちがわるために。


 おともなくはなし、回廊かいろうやみけていく。


 背後はいごでは、水音みずおとひくわらごえが、まだかすかにつづいていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。