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アマガタリ  作者: ひよりの
第二章
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波打つ



 夜《よる》が訪《おとず》れ、投馬《とうま》の宮《みや》の高殿《たかどの》では、華《はな》やかな祝宴《しゅくえん》が開《ひら》かれていた。


 志摩《しま》は杯《さかずき》を口元《くちもと》へ運《はこ》びながらも、その目《め》は何度《なんど》となくミナギの姿《すがた》を追《お》っていた。


 露骨《ろこつ》にならぬように。


 けれど、確《たし》かに。

 


 まず――顔《かお》が良《よ》い。


 鋭《するど》く涼《すず》しげな目元《めもと》には、感情《かんじょう》をむやみに表《おもて》へ出《だ》さぬ理性《りせい》が宿《やど》っている。だが、ふとした瞬間《しゅんかん》にだけ、小《ちい》さな熱《ねつ》が滲《にじ》む。


 通《とお》った鼻筋《はなすじ》。


 無駄《むだ》のない輪郭《りんかく》。


 整《ととの》ったその姿《すがた》は、ただ美《うつく》しいだけではない。見《み》る者《もの》の心《こころ》に、強《つよ》く残《のこ》る力《ちから》があった。


 しかも、魅力《みりょく》は顔《かお》だけではない。


 会話《かいわ》の端々(はしばし)に、人《ひと》を見《み》る鋭《するど》さが滲《にじ》んでいる。言葉《ことば》を選《えら》ぶ速《はや》さ。その正確《せいかく》さ。


 他国《たこく》の者《もの》への応対《おうたい》も見事《みごと》だった。柔《やわ》らかく受《う》け止《と》めながら、決《けっ》して近《ちか》づきすぎはさせない。 


 それでいて、不快《ふかい》な思《おも》いも与《あた》えない。その距離感《きょりかん》は、簡単《かんたん》に身《み》につくものではなかった。


 積《つ》み重《かさ》ねた経験《けいけん》。


 人《ひと》を見《み》る目《め》。


 そして、生《う》まれ持《も》った資質《ししつ》。


 そのすべてが重《かさ》なり合《あ》い、王《おう》としての姿《すがた》を形《かたち》づくっている。


(ただの若《わか》い王《おう》ではない……)


 志摩《しま》は杯《さかずき》の縁《ふち》に唇《くちびる》を寄《よ》せながら、静《しず》かに目《め》を伏《ふ》せた。けれど意識《いしき》は、ずっとミナギへ向《む》いたままだった。


(――やはり、この方《かた》だわ……)


 胸《むね》に落《お》ちた感情《かんじょう》は、もう仮《かり》のものではない。一時《いっとき》の興味《きょうみ》でも、気《き》まぐれでもなかった。


 静《しず》かに沈《しず》み込み、ゆっくりと根《ね》を張《は》り始《はじ》めている。志摩《しま》は、その変化《へんか》をはっきりと理解《りかい》していた。


 そして、静《しず》かに覚悟《かくご》を決《き》める。


(――この縁《えん》、逃《のが》すわけにはいかない……!)


 それは恋《こい》だった。


 同時《どうじ》に、王族《おうぞく》としての選択《せんたく》でもあった。




 一方《いっぽう》、アサは侍女《じじょ》として給仕《きゅうじ》に追《お》われ、慌《あわ》ただしく動《うご》き回《まわ》っていた。


 忙《いそが》しさのおかげで、余計《よけい》なことを考《かんが》えずに済《す》む――はずだった。


 だが。


 ふと視界《しかい》の端《はし》に、ミナギの隣《となり》で微笑《ほほえ》む志摩《しま》の姿《すがた》が映《うつ》る。二人《ふたり》が自然《しぜん》に言葉《ことば》を交《か》わす様子《ようす》に、アサの手《て》が止《と》まった。


 器《うつわ》を持《も》ったまま、肩《かた》が小《ちい》さく震《ふる》える。


 耳《みみ》の奥《おく》で、侍女《じじょ》たちの言葉《ことば》が蘇《よみがえ》った。


『ミナギ様《さま》と並《なら》べば、美男美女《びなんびじょ》でさぞお似合《にあ》いでしょうねえ』


『これはもう、后《きさき》は志摩様《しまさま》で決《き》まりね』


 その言葉《ことば》が、重《おも》く胸《むね》に沈《しず》む。


(――ほんとに、お似合《にあ》いだ……)



 最近《さいきん》、アサはミナギとうまく話《はな》せなくなっていた。


 王《おう》と侍女《じじょ》。


 その距離《きょり》があるから――


 もちろん、それも理由《りゆう》だろう。けれど、それだけではない気《き》がした。


 ミナギは時折《ときおり》、優《やさ》しい言葉《ことば》をかけてくれる。気遣《きづか》うような視線《しせん》を向《む》け、柔《やわ》らかな笑顔《えがお》を見《み》せてくれることもあった。


 だからこそ、苦《くる》しい。


 しかもミナギは王《おう》としての務《つと》めに追《お》われ、最近《さいきん》はゆっくり話《はな》す時間《じかん》もほとんどない。アサの胸《むね》には、ぽっかりと穴《あな》が空《あ》いたような寂《さび》しさが残《のこ》っていた。


 だから。


 あんなふうに楽しそうに笑《わら》い合《あ》う二人《ふたり》を見《み》るたび、胸《むね》の奥《おく》が痛《いた》んだ。


 給仕《きゅうじ》を続《つづ》けながらも、心《こころ》は何度《なんど》もミナギと志摩《しま》へ引《ひ》き寄《よ》せられる。皿《さら》や器《うつわ》の感触《かんしょく》さえ、どこか頼《たよ》りなく思《おも》えた。


 心《こころ》の奥底《おくそこ》で、ひとつの問いが揺《ゆ》れる。


 ミナギにとって、私《わたし》は――どういう存在《そんざい》なのだろう。


 華《はな》やかな祝宴《しゅくえん》の光《ひかり》と音《おと》に包《つつ》まれながら。


 アサの心《こころ》だけが、静《しず》かに、切《せつ》なく揺《ゆ》れていた。



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