波打つ
夜が訪れ、投馬の宮の高殿では、華やかな祝宴が開かれていた。
志摩は杯を口元へ運びながらも、その目は何度となくミナギの姿を追っていた。
露骨にならぬように。
けれど、確かに。
まず――顔が良い。
鋭く涼しげな目元には、感情をむやみに表へ出さぬ理性が宿っている。だが、ふとした瞬間にだけ、小さな熱が滲む。
通った鼻筋。
無駄のない輪郭。
整ったその姿は、ただ美しいだけではない。見る者の心に、強く残る力があった。
しかも、魅力は顔だけではない。
会話の端々に、人を見る鋭さが滲んでいる。言葉を選ぶ速さ。その正確さ。
他国の者への応対も見事だった。柔らかく受け止めながら、決して近づきすぎはさせない。
それでいて、不快な思いも与えない。その距離感は、簡単に身につくものではなかった。
積み重ねた経験。
人を見る目。
そして、生まれ持った資質。
そのすべてが重なり合い、王としての姿を形づくっている。
(ただの若い王ではない……)
志摩は杯の縁に唇を寄せながら、静かに目を伏せた。けれど意識は、ずっとミナギへ向いたままだった。
(――やはり、この方だわ……)
胸に落ちた感情は、もう仮のものではない。一時の興味でも、気まぐれでもなかった。
静かに沈み込み、ゆっくりと根を張り始めている。志摩は、その変化をはっきりと理解していた。
そして、静かに覚悟を決める。
(――この縁、逃すわけにはいかない……!)
それは恋だった。
同時に、王族としての選択でもあった。
一方、アサは侍女として給仕に追われ、慌ただしく動き回っていた。
忙しさのおかげで、余計なことを考えずに済む――はずだった。
だが。
ふと視界の端に、ミナギの隣で微笑む志摩の姿が映る。二人が自然に言葉を交わす様子に、アサの手が止まった。
器を持ったまま、肩が小さく震える。
耳の奥で、侍女たちの言葉が蘇った。
『ミナギ様と並べば、美男美女でさぞお似合いでしょうねえ』
『これはもう、后は志摩様で決まりね』
その言葉が、重く胸に沈む。
(――ほんとに、お似合いだ……)
最近、アサはミナギとうまく話せなくなっていた。
王と侍女。
その距離があるから――
もちろん、それも理由だろう。けれど、それだけではない気がした。
ミナギは時折、優しい言葉をかけてくれる。気遣うような視線を向け、柔らかな笑顔を見せてくれることもあった。
だからこそ、苦しい。
しかもミナギは王としての務めに追われ、最近はゆっくり話す時間もほとんどない。アサの胸には、ぽっかりと穴が空いたような寂しさが残っていた。
だから。
あんなふうに楽しそうに笑い合う二人を見るたび、胸の奥が痛んだ。
給仕を続けながらも、心は何度もミナギと志摩へ引き寄せられる。皿や器の感触さえ、どこか頼りなく思えた。
心の奥底で、ひとつの問いが揺れる。
ミナギにとって、私は――どういう存在なのだろう。
華やかな祝宴の光と音に包まれながら。
アサの心だけが、静かに、切なく揺れていた。




