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アマガタリ  作者: ひよりの
第二章
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ざわつき



 一方《いっぽう》、宮中《きゅうちゅう》は賓客《ひんきゃく》を迎《むか》える準備《じゅんび》に追《お》われ、忙《いそが》しさの極《きわ》みにあった。


 堂々(どうどう)とした木組《きぐ》みの梁《はり》が高《たか》くそびえる高殿《たかどの》の広間《ひろま》には、外《そと》の光《ひかり》が木《き》の隙間《すきま》から柔《やわ》らかく差《さ》し込《こ》んでいた。


 床《ゆか》には丹念《たんねん》に仕上《しあ》げた鹿《しか》の毛皮《けがわ》が敷《し》き詰《つ》められ、柱《はしら》の間《あいだ》には燭台《しょくだい》が整然《せいぜん》と列《れつ》をなす。


 侍女《じじょ》たちは膝《ひざ》をつきながら、座台《ざだい》を等間隔《とうかんかく》に並《なら》べ、慎重《しんちょう》に位置《いち》を整《ととの》える。アサも祝宴《しゅくえん》の手伝《てつだ》いに追《お》われ、台所《だいどころ》から高殿《たかどの》まで何度《なんど》も往復《おうふく》し、忙《いそが》しく動《うご》き回《まわ》っていた。



 ようやく仕事《しごと》が一段落《いちだんらく》し、侍女《じじょ》たちは台所《だいどころ》の外《そと》、石組《いしぐ》みの井戸《いど》の脇《わき》に集《あつ》まり、休息《きゅうそく》を取《と》っていた。


 膝《ひざ》の上《うえ》には土物《つちもの》の小皿《こざら》や木製《もくせい》の椀《わん》を置《お》き、台所《だいどころ》で分《わ》けてもらった温《あたた》かい粥《かゆ》や、木《き》の実《み》を口《くち》に運《はこ》びながら談笑《だんしょう》する。


 もっぱら話題《わだい》は、伊都国《いとこく》から来《き》た美《うつく》しい姫君《ひめぎみ》のことだ。


「――あの桃色《ももいろ》の衣《ころも》、なんて繊細《せんさい》な刺繍《ししゅう》かしら」


「さすがは魏《ぎ》から来《き》た衣《ころも》ねえ。布目《ぬのめ》の細《こま》かさが違《ちが》うわぁ…」


「宇良《うら》様《さま》の衣《ころも》とも少《すこ》し趣《おもむき》が違《ちが》うわよね」


「私《わたし》たちでは一生《いっしょう》かかっても、着《き》ることなどできやしないでしょうよ」


「それにお顔立《かおだ》ちも麗《うるわ》しいこと」


「伊都国《いとこく》一《いち》の美貌《びぼう》だって噂《うわさ》よ」


 その後《ご》も侍女《じじょ》たちは、伊都国《いとこく》がいかに大国《たいこく》か。


 そしてその国《くに》を味方《みかた》にできる利点《りてん》が投馬国《とうまこく》にとって、どれほど大《おお》きいかを、熱心《ねっしん》に語《かた》り合《あ》っていた。


 アサは木《き》の実《み》を手《て》に取《と》り、口《くち》に運《はこ》びながら会話《かいわ》に聞《き》き入《い》っていた。


 しかし――


「ミナギ様《さま》と並《なら》べば、美男美女《びなんびじょ》でさぞお似合《にあ》いでしょうねえ」


「これはもう、后《きさき》は志摩《しま》様《さま》で決定《けってい》ね」


 木《き》の実《み》はその瞬間《しゅんかん》、喉《のど》に詰《つ》まった。


 アサは思《おも》わずむせて咳《せ》き込み、手《て》に持《も》っていた椀《わん》の中身《なかみ》をばら撒《ま》いてしまう。


「ちょっとアサ!大丈夫《だいじょうぶ》?」


 隣《となり》に座《すわ》っていたミツが心配《しんぱい》そうに、咳《せ》き込《こ》むアサの背《せ》を叩《たた》く。


「食《く》い意地《いじ》張《は》って食《た》べ過《す》ぎるから――」


 別《べつ》の侍女《じじょ》が半分《はんぶん》呆《あき》れたように言《い》いながら、水《みず》の入《はい》った椀《わん》をアサに手渡《てわた》した。


 アサは息《いき》を整《ととの》え、水《みず》を飲《の》み干《ほ》してふぅと息《いき》をつく。


 心臓《しんぞう》が妙《みょう》に早《はや》く打《う》っているのに気《き》づき、手元《てもと》も落《お》ち着《つ》かない。


 その騒《さわ》ぎを聞《き》きつけた侍女頭《じじょがしら》がやって来《き》て、厳《きび》しい声《こえ》が響《ひび》く。


「休憩時間《きゅうけいじかん》はとっくに終《お》わってますよ!仕事《しごと》に戻《もど》りなさい!」


 アサは慌《あわ》てて散《ち》らばった実《み》を拾《ひろ》い上《あ》げながら、再《ふたた》び台所《だいどころ》の仕事《しごと》へと戻《もど》る。


 しかし手元《てもと》は浮《うわ》つき、心《こころ》は先程《さきほど》の言葉《ことば》と、志摩《しま》の麗《うるわ》しい姿《すがた》に支配《しはい》されていた。


 侍女頭《じじょがしら》から何度《なんど》も叱責《しっせき》を受《う》けるが、胸《むね》の奥《おく》の痛《いた》みのせいで、仕事《しごと》に集中《しゅうちゅう》することは容易《ようい》ではなかった。



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