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アマガタリ  作者: ひよりの
第二章
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51/108

志摩



 投馬国とうまこくみや大広間おおひろまに、重々(おもおも)しい足音あしおとひびく。


 やがて、堂々(どうどう)たるおとこ姿すがたあらわれた。


 としころ壮年そうねん


 目元めもとには、おうとしての威厳いげんきざまれている。


 だが、その口元くちもとには、ひと警戒けいかいさせぬやわらかなみがかんでいた。


 威厳いげんしたしみやすさ。


 一見いっけんすれば相反あいはんするふたつの気質きしつを、そのおとこ不思議ふしぎなほど自然しぜんあわっていた。


 かろやかにえる。


 だが――


 そのおくには、容易よういにはそこえぬものがあった。


 その一歩いっぽうしろに、一人ひとりひめひかえていた。


 おとことは対照的たいしょうてきだった。


 足音あしおとさえ、ほとんどこえない。


 しずかにあゆみ、しずかにつ。


 それでも、その姿すがた広間ひろまはいった瞬間しゅんかん――


 そこにいるものたちの視線しせんが、自然しぜんあつまった。


 たおやかな面差おもざし。


 すっととおった鼻筋はなすじ


 つややかな黒髪くろかみは、ひかりけるたび、れたようなつやかえしている。


 白磁はくじおもわせるはだには、ほおにだけあわ血色けっしょくしていた。


 薄桃色うすももいろころもが、あるくたびにかすかにれる。


 そではしゆかで、うすきぬひかりやわらかくかえした。


 はなやかだった。


 だが、それは。


 はるやまに、だれせるでもなく山桜やまざくらのような――


 しずかなはなやかさだった。



 かたわらにひかえる侍従じじゅう声高こえたからかにげる。


伊都国王いとこくおう布留根ふるねさま――ならびに、姫君ひめぎみ志摩しまさまにございます」



 布留根ふるね


 その広間ひろまちる。



 伊都国いとこく――


 うみさえ、諸国しょこくとの交易こうえきにぎくに


 そのおうが、いままえにいる。


 同時どうじに、ひめ――志摩しまもまた、一歩いっぽすすて、ゆるやかにこうべげた。



 ミナギがしずかにまえる。


投馬国王とうまこくおう、ミナギだ」


 広間ひろまひびこえふかんでいて、瞬間しゅんかん空気くうきりつめる。


 そのこえに、志摩しま視線しせんがわずかにがる。


 そして――


 はじめて、正面しょうめんからミナギをとらえる。



 わかい。


 まず、そうおもった。


 ちちからいていたよりも、ずっとわかい。


 けれど、そのわかさに似合にあわぬしずけさがあった。


 するど眼差まなざし。


 だが、そのおくにはくるうようなはげしさではなく、ふかみずのようなきがある。



 ――このかたが。


 むねおくが、どくん、とった。


 志摩しまは、自分じぶんでもおどろいた。


 政略せいりゃくのための縁談えんだんだ。


 ちちれられて、このくにた。


 相手あいてがどのようなおとこであろうと、自分じぶん役目やくめ理解りかいしている。


 そうおもっていた。


 なのに――


 ほんの一目ひとめで、こころれた。


 おもわずいきめる。


 ほんの一瞬いっしゅんだけ。


 それでも、その一瞬いっしゅんは、志摩しまにはながかんじられた。


 やがて、はっとわれかえり、志摩しましずかに視線しせんせる。


 だが、一度いちどみだれた鼓動こどうは、しずかにはもどらなかった。



遠路えんろ遥々(はるばる)、よくぞまいられた」


 ミナギのいた歓迎かんげいに、布留根ふるねほがらかにみをかべる。


「なに、うみわたるのも久方ひさかたぶりでしてな」


 冗談じょうだんめいた口調くちょうだった。


 かたちからけている。


 まるで旧知きゅうちともたずねてきたかのような気安きやすささえあった。


「よい気分転換きぶんてんかんになりました」


 そうって、布留根ふるねわらう。


 だが――


 そのわらっていなかった。


 ミナギは、それを見逃みのがさなかった。


「それはなにより――」


 おだやかにかえす。


「だが、此度こたびは、ただの訪問ほうもんではありますまい」


 布留根ふるねみが、ほんのわずかにふかくなった。


「ほう――」


 ほそめる。


わかおうは、はなしはやい」


 その一言ひとことで、広間ひろま空気くうきわった。


 ミナギはなにわない。


 布留根ふるねわらっている。


 だが――


 二人ふたりあいだには、えないやいばのような緊張きんちょうしょうじていた。


友誼ゆうぎたしかめるのは当然とうぜんとして――」


 布留根ふるねはちらと志摩しま視線しせんおくり、すぐにミナギへもどした。


むすめすえについても、頃合ころあいかとかんがえましてな」


 志摩しまちち言葉ことばに、ほんのわずかに呼吸こきゅうととのえる。


 その表情ひょうじょうしずかだが、そでうち指先ゆびさきがかすかにせられている。


志摩殿しまどのほどのかたであれば、のぞえにしおおかろう」


 婚姻こんいんからめた政治せいじ布石ふせき


 あからさまなさぶりにたいし、ミナギは微動びどうだにせず、ただ淡々《たんたん》と志摩しまたたずまいを一瞥いちべつした。


 すぐに視線しせん布留根ふるねもどす。



「……ありがたいことに。だが――」


 その言葉ことばつづきを、布留根ふるねはあえてにごす。


伊都国いとこくうみあずけるにうつわとなれば、そうはおらぬ」


 ふくみをたせるように、かたをすくめた。


 広間ひろまたす、濃密のうみつ沈黙ちんもく


 やがて布留根ふるねが、わずかにわらった。


「――とはいえ、こうしてかおわせるのがなによりでしょう」


 緊張きんちょうゆるめるような物言ものいい。


言葉ことばあとでもわせますゆえ」


 しかし、そのじつ主導権しゅどうけん手放てばなしてはいない。


 ミナギもまた、ちいさくうなずく。


しかり。今宵こよいは、まずはうたげを」


 二人ふたりおうは、たがいに微笑ほほえみをわす。



 うたげはじまる。


 さけはこばれ、料理りょうりならべられれば、広間ひろまにはやがてわらごえひびくだろう。


 けれど――


 そのうたげはじまるまえから、すでに交渉こうしょうはじまっていた。


 三人さんにん思惑おもわくまじわるこのうたげは――


 やがて、投馬国とうまこく未来みらい左右さゆうするえにしはじまりとなる。




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