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アマガタリ  作者: ひよりの
第一章
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労働――午後



 午後《ごご》からは糸紡《いとつむ》ぎと機織《はたお》りの手伝《てつだ》いだった。


 作業場《さぎょうば》には、穏《おだ》やかな光《ひかり》が茅葺《かやぶき》の屋根《やね》から差《さ》し込《こ》み、機織《はたお》りの木材《もくざい》が軋《きし》む音《おと》で満《み》ちていた。


 アサの指《ゆび》は、糸《いと》を紡《つむ》ぐために紡錘《つむ》を回《まわ》していた。


 まだ見習《みなら》いの身《み》なので、経糸《たていと》を張《は》った機《はた》の前《まえ》には立《た》たない。


 紡錘《つむ》が手《て》のひらの上《うえ》で静《しず》かに回転《かいてん》し、麻《あさ》の繊維《せんい》が少《すこ》しずつ糸《いと》となって軸《じく》に巻《ま》き取《と》られていく感触《かんしょく》は、指先《ゆびさき》に微《かす》かな振動《しんどう》となって伝《つた》わる。


 糸《いと》の細《ほそ》さや均一《きんいつ》さを確《たし》かめるため、時折《ときおり》指《ゆび》でつまみ、ねじれ具合《ぐあい》を調整《ちょうせい》する。


 隣《となり》で先輩侍女《せんぱいじじょ》たちが杼《ひ》を滑《すべ》らせて経糸《たていと》を打《う》ち込《こ》む音《おと》を聞《き》きながら、アサは手元《てもと》の糸《いと》に集中《しゅうちゅう》する。


 織《お》り上《あ》がっていく布《ぬの》の縦横《じゅうおう》の交差《こうさ》は、麻《あさ》の淡《あわ》い生成《きな》り色《いろ》に、時折《ときおり》染《そ》めた糸《いと》の赤《あか》や藍《あい》が差《さ》し込《こ》まれ、規則的《きそくてき》な美《うつく》しさを持《も》っている。


 織《お》り進《すす》むたびに木《き》の杼《ひ》が木枠《きわく》に擦《こす》れる音《おと》、糸《いと》の摩擦音《まさつおん》が耳《みみ》に重《かさ》なる。


 自分《じぶん》の手《て》から生《う》まれる糸《いと》と、まだ見《み》ぬ布《ぬの》へと繋《つな》がる作業《さぎょう》の流《なが》れを思《おも》うと、胸《むね》に小《ちい》さな誇《ほこ》らしさが広《ひろ》がる。


 傍《かたわ》らでは、染料《せんりょう》の準備《じゅんび》も進《すす》む。


 赤《あか》い丹《に》の粉《こな》を土《つち》の碗《わん》に取《と》り、水《みず》を少《すこ》しずつ注《そそ》ぐと、土《つち》と鉄《てつ》の匂《にお》いが立《た》ち昇《のぼ》る。


 丹《に》の粉《こな》は、火《ひ》にかけて煮《に》るとさらに濃密《のうみつ》な匂《にお》いを放《はな》ち、熱《ねっ》せられた甕《かめ》の表面《ひょうめん》からも、鉄分《てつぶん》を帯《お》びた赤《あか》い香気《こうき》が立《た》ち上《あ》る。


 植物性《しょくぶつせい》の染料《せんりょう》もまた、生《い》き生《い》きとした匂《にお》いを運《はこ》ぶ。


 楮《こうぞ》の皮《かわ》や蓼《たで》の根《ね》を砕《くだ》き、水《みず》に浸《ひた》すと、土《つち》に混《ま》ざる淡《あわ》い青《あお》や黄色《きいろ》の香《かお》りが立《た》ち、宮《みや》の空気《くうき》はひそやかに彩《いろど》られる。


 葉《は》や根《ね》の香《かお》りは湿《しめ》った木《き》の香《か》と混《ま》じり合《あ》い、低《ひく》い茅葺《かやぶき》屋根《やね》の屋根裏《やねうら》にまで届《とど》くようだ。


 手仕事《てしごと》がもたらす充実感《じゅうじつかん》は、アサにとって、宮仕《みやづか》えの合間《あいま》に訪《おとず》れるささやかな幸福《こうふく》となっていた。


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