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アマガタリ  作者: ひよりの
第一章
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労働――未明



 ――宮仕《みやづか》えの朝《あさ》は早《はや》い。


 未明《みめい》の闇《やみ》が、まだ厚《あつ》く投馬《とうま》の宮《みや》を包《つつ》む中《なか》、アサは寝床《ねどこ》からそっと体《からだ》を起《お》こした。


 疲《つか》れはまだ全身《ぜんしん》に残《のこ》っており、まぶたは重《おも》い。


 だが、寝《ね》ぼけている暇《ひま》はない。


 侍女頭《じじょがしら》の鋭《するど》い声《こえ》が、耳《みみ》の奥《おく》にまだ響《ひび》いているような気《き》がした。


 何《なん》とか体《からだ》を起《お》こし、手探《てさぐ》りで身支度《みじたく》を整《ととの》える。


 足取《あしど》りもおぼつかぬまま、急《いそ》いで水場《みずば》へ向《む》かう。



 井戸《いど》の丸《まる》く積《つ》まれた石《いし》は冷《つめ》たく、夜露《よつゆ》で湿《しめ》って滑《すべ》りやすい。


 苔《こけ》の匂《にお》いと土《つち》の湿気《しっけ》が鼻腔《びくう》に届《とど》く。


 腰《こし》をかがめ、井戸《いど》の縁《ふち》に手《て》をかける。


 丸《まる》くくり抜《ぬ》かれた石《いし》の口《くち》からは、地下水《ちかすい》が静《しず》かにたたえられ、澄《す》んだ青緑色《あおみどりいろ》が闇《やみ》に溶《と》ける。


 手《て》を水面《すいめん》に差《さ》し入《い》れると、冷《つめ》たさが指先《ゆびさき》に刺《さ》さるように伝《つた》わり、思《おも》わず息《いき》をのむ。


 桶《おけ》を水面《すいめん》に沈《しず》める。


 手《て》を離《はな》すと、重《おも》みを帯《お》びた水《みず》が桶《おけ》に満《み》ちる。


 だが、指先《ゆびさき》の震《ふる》えが微《かす》かに揺《ゆ》れを生《う》み、桶《おけ》をひっくり返《かえ》してしまう。


 背後《はいご》から、侍女頭《じじょがしら》の鋭《するど》い声《こえ》が飛《と》ぶ。 


「アサ!何度《なんど》言《い》わせるのです!」


 井戸《いど》の水《みず》は、単《たん》なる生活用《せいかつよう》ではなく、清《きよ》めの象徴《しょうちょう》であり、同《おな》じく火《ひ》は神聖《しんせい》なもの。


 この二《ふた》つに関《かか》わる失敗《しっぱい》は許《ゆる》されない。


 投馬《とうま》の宮《みや》の鉄則《てっそく》であった。


 気《き》を取《と》り直《なお》し、もう一度《いちど》ゆっくりと桶《おけ》を水面《すいめん》に沈《しず》め、静《しず》かに、慎重《しんちょう》に引《ひ》き上《あ》げる。


 寝《ね》ぼけと疲《つか》れを抱《かか》えながら、アサの侍女《じじょ》としての一日《いちにち》が、こうして慌《あわ》ただしく始《はじ》まるのであった。



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