表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アマガタリ  作者: ひよりの
第一章
PR
36/48

学び



 アサが投馬国とうまこくてから、はやくも三月みつきぎていた。


 きずえ、みやあたえられる滋味豊じみゆたかな食事しょくじにより、気力きりょく体力たいりょくもどりつつあった。


 それでもなお――


 見知みしらぬくという緊張きんちょうは、けきるものではない。


 れぬ空気くうきれぬ人々(ひとびと)れぬ視線しせん


 それらがもるようにして、かすかな疲労ひろうとなって身体からだおくのこっていた。



 早朝そうちょう、アサはみや一角いっかくにあるしずかな一室いっしつへととおされた。


 ひくえられたつくえ


 几帳面きちょうめんたばねられた木簡もっかん


 そのおくに、タヅマがひかえている。


 ――あのときの。


 ミナギの即位そくいにおいて、神言しんげんつかさどり、しずめていた、いた祭司さいし


 そのも、アサの様子ようすにかけてくれていたのか、ろう庭先にわさきこえをかけられ、幾度いくどみじか言葉ことばわしたことがある。


 そのおりわらぬ、過不足かぶそくのないたたずまいが、かえってアサのかたちからをわずかにかせた。


「お加減かげんはいかがにございますかな」


 やわらかな声音こわね。 


「もう、うごけます」


「それはなによりでございます」


 丁寧ていねいうなずく。


 だがその視線しせんは、アサの姿すがた重心じゅうしんかたうごきまでをしずかに観察かんさつしているようだった。


本日ほんじつは、すこしお時間じかんをいただいてもよろしいでしょうか」


「……はい」


 ことわれるような空気くうきではない。


 けれど、無理むりしつけられている感じでもなかった。


 タヅマはつくえしめす。 


「どうぞ、おかけください」


 アサがすわるのをってから、自身じしんこしろす。


 そのひとつひとつの所作しょさが、無駄むだなくととのっている。


「ここでのらしは、いかがでございますか」


 唐突とうとつな問い。


 アサはわずかにかんがえ、言葉ことばさがす。


「……らないことばかりで」


「それは結構けっこう


 即座そくざかえる。


らぬことがある、というのは、びる余地よちがあるということ」


 やわらかいが、はっきりした言葉ことばだった。


 タヅマは一本いっぽん木簡もっかんげた。


「その、()()()()()を、ひとつずつらしてまいりましょう」 


 机上きじょうく。


「まずは、文字もじにございます」


「文字」


「はい。言葉ことばめるもの」


 ゆびきざまれたせんをなぞる。


 アサはそれをて――


「あ」


 ちいさくこえらした。


 タヅマの視線しせんが、わずかにうごく。


「ごぞんじで?」


 アサはすこしだけ戸惑とまどいながらこたえる。


すこしだけ。まえに、ミナギ――」


 いかけて、なおす。


「ミナギさまが、おしえてくれて」


「ほう」


 わずかにまゆがる。


「では、ためしてみましょう」


 おだやかにつづける。


「これはなんみますか」


 木簡もっかんをひとつ、ゆびしめす。


 アサはらす。


 記憶きおくをたどる。


「……やま、です」


結構けっこう


 かずにかえる。


「では、こちらは」


「……かわ


「よろしい」


 アサはすこしだけかたちからいた。


 だが――


「では、もう少々(しょうしょう)追加ついかいたしましょう」


 アサはおもわずかおげる。


 タヅマはしずかに微笑ほほえむ。


すでれておられるのであれば、すすみもはようございましょう」


 かた丁寧ていねいだが容赦ようしゃがない。


 アサはちいさくいきをのむ。


「『ひと』『』『つき』――わせていつつ」


いつつ……」


最初さいしょとしては、すくないほうでございます」


 さらりとう。


「……文字もじって、たくさんあるんですね」


 アサは苦笑くしょうした。


かぞえきれぬほどに」


 タヅマはうなずきながらこたえる。


「……やってみます」


結構けっこう


 みじかうなずく。


 アサはひとつひとつをつめる。


 ゆびでなぞる。


「これは、ひと


「はい」


「これは、


「ええ」



 間違まちがえれば、即座そくざただされ、だが、とがめはしない。


 ただ、ただしいかたちへとみちびくだけ。


 しずかで、容赦ようしゃのないかさね。


 やがて、タヅマはひとつうなずき、めた。


「ひとまず、こちらはよろしいでしょう」


 アサはほっといきをつきかける。


 が――


つぎまいります」


 そのままつづいた。


「えっ」


 おもわずこえる。


 タヅマはちいさくくびかしげる。 


なにか」


「い、いえ……」


 はない。


 タヅマは簡素かんそひろげた。


「こちらをごらんください」


 せんかこまれた


「ここがにございます」


 ゆびうごく。


貴女様あなたさまのいた場所ばしょも、このなかのひとつにぎませぬ」


 さらゆびそとへとすべる。


「そして、こちらがうみ。そのさきに、といったくにがございます」


 そのに、アサはすこしだけいきをのむ。


「……いたこと、あります」


 ぽつりとこぼす。


 タヅマのが、わずかにほそまる。


「ほう」


「ミナギ……さまが、よくとおくのくにはなし、してくれて」


 言葉ことばえらびながらう。


おおきくて、つよくにだって」


左様さようにございます」


 タヅマがうなずく。


は、いまもっといきおいのあるくにきたひろおさめ、数多あまたへいたみようしております」


 指先ゆびさきで、うみこうをなぞる。


は、そのみなみにてみずせいするくに大河たいがうみけ、ふねをもってたたかうを得手えてとしております」


 一呼吸ひとこきゅうく。


「いずれも、この倭国わこくとは――まるでべつのような大国たいこくにございます」


 アサはいきをのみ、まどそと――はるこうへけた。


 えぬはずの彼方かなたに、たしかになにかがあるのだと、はじめて実感じっかんしたように。


 

「では、最後さいごに」


 木簡もっかんをまたひとつ、す。


「ご自身ごじしんを」


 アサはそれを見る。


 まだ完全かんぜんにはめないせん


 けれど、どこか見覚みおぼえがある。


「……これも、まえに……」


 ゆびでなぞる。


おしえてもらったがします」


「では、おもしてみなされ」


 やさしくうながす。


 アサはくちむすび、眉間みけんうすしわせる。


 記憶きおく辿たどる。


 ゆっくりと――


「……ア、サ」


結構けっこう


 すぐにかえる。


「では、それをきざめるようになりなさい」


 わりではない。


 むしろはじまりだ。


 アサは木簡もっかんつめ、そしてうなずいた。


「はい」


 そのこえには、さきほどよりもたしかな意志いしがあった。



 ――やはり。


 タヅマはほそめる。


 がいい。


 みもはやい。


素地そじ十分じゅうぶん


 おもてにはさない。


 タヅマはひとつ咳払せきばらいをし、しずかに一礼いちれいする。


本日ほんじつはここまでに」


 かおげると、おだやかな表情ひょうじょうもどっている。


明日あすも、おなこくにお時間じかんをいただきます」


「はい」


 アサは素直すなおうなずいた。


 部屋へやていくそのちいさな見送みおくりながら、タヅマは内心ないしんしずかにはかる。


 れい言葉ことば居振いふい。


 そして、知識ちしき


ととのえれば、見劣みおとりはせぬ)


 いそがず、くずさず、じゅんげていけば――


 いずれじゅくす。


 そのおりには、ミナギのとなりてるだけのうつわへと、しずかに仕上しあがっていることだろう。


 ――そう見定みさだめながら。


 タヅマは、だれにもさとられぬよう、ほんのわずかにくちびるはしゆるめた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ