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アマガタリ  作者: ひよりの
第一章
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責務



 祝宴しゅくえん喧騒けんそうがすっかりえ、よるとばり投馬とうまみやつつころ――


 ミナギは自身じしん寝所しんじょにて、寝台しんだいふち腰掛こしかけたまま、ひたいさえていた。


「タヅマ……おれ寝所しんじょおんなれるのはやめてくれ」


 かおには露骨ろこつ疲労ひろうにじんでいる。


 あかりはひくく、先程さきほどまでおんなのむせかえるようなあまかおりが、まだ室内しつないにこびりついていた。


「……はて、なんのことでございますかな」


 ひかえていたタヅマは、わずかにくびかしげ、淡々(たんたん)とした口調くちょうおうじる。


 そのとぼけた物言ものいいに、ミナギはおもわず苛立いらだちをおぼえた。



 ――こと経緯けいいはこうである。


 わかく、目映まばゆいばかりの侍女じじょが、香油こうゆに、寝所しんじょへとあしれた。


 かけないかおではあったが、おうとしての責任せきにん緊張きんちょうにじ疲労ひろうかかえたミナギのからだ気遣きづか様子ようすは、真摯しんしそのもので。そこに敵意てきいれなかった。


 われるままに上着うわぎぎ、寝台しんだいからだよこたえると、おんな香油こうゆひたしたぬので、ミナギのかたやさしくぬぐい、かたまった身体からだをほぐしていく。


 その静寂せいじゃくなかぬのはだれるわずかなおとだけがひびく。


 ミナギはふかいきい込み、心地ここちさにじる。ちからすこしずつけていくのをかんじながら、疲労ひろう緊張きんちょうもほぐれていった。


 ――そのとき


 おんな突如とつじょ自身じしんころもき、素肌すはだあらわにしはじめた。


 そのままつやめかしい様子ようすで、よこたわるミナギのうえろうとしてきたので、あわててがり、制止せいしばした――


 というわけだった。


 おんなには、きちんとことわりをれてかえらせた。


 そのかおは、どこか不服ふふくそうではあったが。


 ああ、と合点がてんがいったタヅマが、かたらしてかすかにわらった。


みやものはからいですな。殿とののおつかれをいやしたいと、御身おんみあんじてのことにございましょう」


あんじる方向ほうこう間違まちがっている」


 ミナギはみじかいきいた。


 そのあと、タヅマはミナギをじっとつめ、ひくくもはっきりした口調くちょううた。


「そもそも殿とのは、女性じょせいにご関心かんしんがおありなのでしょうか。兄君あにぎみのようにいろおぼれられてはこまりますが、あまりにこれまでいたはなしのひとつもなく――」


 くどくどとつづ説教せっきょうめいた口調くちょうに、ミナギはおもわずまゆひそめた。



 ――関心かんしんがないわけではない。


 身分みぶんかくし、たびつづけるなかで、()()()()()()も、一度いちど二度にどならずあったわけだし。


 しかしいまは、どうにも気分きぶんらなかった。


 タヅマはさらにみ、ひく決意けついびたこえった。


おうとなられたばかりではございますが、すみやかにきさきむかえられるべきです。みなも、御跡継おあとつぎのことをあんじております」


 タヅマの言葉ことばみみかたむけるうち、ミナギのこころ奥底おくそこに、かすかな苛立いらだちとともに、はかれぬ責務せきむおもさがひしひしとせる。


 おうとして、ただおのれ気持きもちを優先ゆうせんすることなどゆるされぬ現実げんじつ――


 それをあらためてきつけられ、ミナギはしずかにふかいきった。


「……跡継あとつぎなら、ハヤトがいるだろう」


 空気くうきまった。


 タヅマのが、わずかにほそまる。


「――ハヤトさまに、跡目あとめがせるおつもりで?」


すくなくとも、いますぐおれつく理由りゆうにはならん」


 げるようにって、ミナギはがる。


本気ほんきおっしゃっておられますか?」


 ミナギはこたえない。


 わりに、視線しせんだけをこす。


 肯定こうていでも否定ひていでもない、はかだ。


 タヅマはその視線しせんめ、わずかにいきとす。


 そとかぜった。


 ぬのがかすかにれる。


おそれながら――」


 タヅマは、さらにこえとす。


御父君おちちぎみいのちうばったのが、兄君あにぎみ隼比古はやひこさまである以上――」


 言葉ことばが、おもちる。


「その御子みこてることは――御身おんみにとって、火種ひだねとなりましょう」


 ミナギはゆっくりとかおげた。


 ――簒奪さんだつ


 そのことばが、脳裏のうりおも沈殿ちんでんする。


 ハヤトが、自分じぶんやいばける――


 あの天真爛漫てんしんらんまんさが、いつか王位おういめぐり、自分じぶんへの敵意てきいへとてんじる姿すがたなど――到底とうていむすびつかない。


 むすびつけたくもない。


 だが、みやという場所ばしょは、そうしたねがいをってはくれない。


 だれかの無邪気むじゃきさが、ときだれかの脅威きょういへと反転はんてんすることを、ミナギはりすぎていた。


 部屋へやすみで、灯火ともしびちいさくれる。


 それにわせるように、壁際かべぎわかげがわずかにびた。


「……御心みこころは、御心みこころとして」


 ミナギのうちらぐものをってか知らずか、タヅマはしずかに言葉ことばかさねる。


「ハヤトさま母君ははぎみ宇良様うらさまは、容易よういならぬ御方おかたにございます」


 ミナギの脳裏のうりに、あのおんながよぎる。


 やわらかくわらいながら、けっしてゆずらぬ


「……っている」


 沈黙ちんもくちた。



「――ところで」


 めた空気くうきえるように、タヅマがくちひらく。


殿とのれてこられた、あのむすめは、いかがなのです」


「――は?」


は、たしか――アサ、と」


 ミナギのかおに、露骨ろこつ苛立いらだちがかぶ。


なんはなしだ」


なんはなし、とは」


 タヅマは淡々(たんたん)つづける。


「わざわざ御自おみずからおれになったむすめみなにしておりましょう」


にするなとっておけ」


 間髪かんぱつれずにこたえる。


「――あれは、そういうものではない」


 タヅマは、わずかにほそめた。


「では、どういうものにございますか」


 ミナギは言葉ことばまった。


 なにかをいかけて、くちびるだけがわずかにうごく。


 だがかたちにならず、のどおくえた。


「……大体だいたいな、アサはまだどもだぞ――はなしにならんだろう」


 ってから、わずかに視線しせんらす。


 タヅマは、その一瞬いっしゅん見逃みのがさない。


「あのむすめは、うつくしくなりましょう」


 ミナギがかおをしかめる。


なにを――」


でございます」


 即答そくとうだった。


言葉ことばよりもさきに、ひとしばるものがございます。は、そのひとつ……あのむすめにはそれがある」


 ミナギはふと、アサのひとみおもかえす。


 らすことをゆるさぬ、みきったひかり


 のぞむでもなく、ただそこにるだけで、こちらの内側うちがわれてくる――あの


「……ただのむすめではございませぬ。いずれ、まわりがほうってはおきますまい」


 タヅマのその言葉ことばは、ほとんど警告けいこくちかい。


 沈黙ちんもく


 ミナギはこたえない。


 だが、眉間みけん一層いっそうふかしわきざまれる。


「――関係かんけいない」


 ミナギはてるようにう。


「アサは――まつりごとには、一切いっさいかかわらん」


 タヅマは、ゆっくりとうなずいた。


「……左様さようにございますか」


 そのわずかにふくみのある声色こわいろに、ミナギは舌打したうちした。



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