盤面
報せが届いた瞬間、宇良は声を失った。
膝に重ねた手が、かすかに震える。
「……隼比古様は、戦にて――」
言葉の続きを待つまでもない。
結末は、すでに理解していた。
宇良は静かに目を伏せる。
そして――
ぽたり、と。
一粒の涙が落ちた。
音もなく、しかし確かに。
肩がわずかに揺れる。
それは紛れもなく真実の涙だった。
偽りではない。
だが――
宇良はゆるやかに息を整え、顔を上げる。
涙の痕跡は、すでに消えていた。
「……そう」
短く、受け入れる。
使者が言葉を継ごうとするのを、静かに制した。
「もうよい。下がりなさい」
深く頭を下げ、使者は退く。
静寂。
宇良はしばし動かない。
やがて、細く息を吐いた。
(――思いのほか、あっけないものね)
感情は、すでに退いている。
(もう少し、盤上に留まると思っていたのだけれど)
それは「人」ではなく、「駒」としての評価。
そこに未練はない。
(けれど――)
思考は、すぐに次へと進む。
(これで、流れは整う)
視線がわずかに上がる。
見えぬ盤面を俯瞰するように。
宇良は静かに立ち上がった。
衣擦れの音が、かすかに鳴る。
歩みは迷いがない。
向かう先は――ハヤトのもと。
部屋には、まだ灯が残っていた。
小さな影が、座したまま待っている。
「母上」
澄んだ声。
幼さの奥に、確かな芯がある。
「父上は……帰ってこないのですか」
問いは簡潔だが、その重みにはまだ届いていない。
宇良は、淡々と答えた。
「ええ。帰ってはこないわ」
揺らぎのない声音。
ハヤトは黙する。
悲しみはある。
だが、それをどう扱うかまでは知らない。
やがて、顔を上げる。
「……分かりました」
理解というより、受容。
与えられた事実を、そのまま収めるように。
宇良はその頭に手を置き、静かに撫でた。
「――これからは、ミナギ様が王となられる」
名を、正確に据える。
「今は、従いなさい」
命令は明瞭だった。
ハヤトの瞳が、わずかに揺れる。
宇良は続ける。
「よく見ておきなさい」
静かな声。
だが、その奥にある意志は鋼のように固い。
「この国が、これからどう動くのかを」
難解な言葉。
だが、その重要さだけは伝わる。
ハヤトは頷いた。
「いずれ――」
宇良は声を落とす。
「その座が、空く時が来る」
意味は、まだ届かない。
だが、それが自分に関わる言葉であることは理解している。
「誰が座るべきかを、見誤ってはなりません」
「…はい」
はっきりとした応答。
宇良はその頬に触れた。
指先は柔らかく、慈しむように。
だが、その眼差しは冷徹だった。
「いい子でいなさい」
穏やかな声。
それは従順であれという意味であり――
同時に、その時まで沈めという命でもある。
ハヤトは静かに頷いた。
宇良は立ち上がる。
背を向ける。
その表情には、もはや一片の揺らぎもない。
(……時間はこちらにある)
胸中で、静かに刻む。
(急ぐ必要はない)
回廊へ出る。
灯が長く影を引く。
(王とは、なるものではない)
一歩、踏み出す。
(『置かれる』ものよ)
その足取りは、すでに次の一手を定めた者のそれだった。




