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アマガタリ  作者: ひよりの
第一章
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投馬の宮にて



 アサは、微睡まどろみのなかにいた。


 周囲しゅういほのおつつまれている。


 がるあか


 したたあか


 そして視界しかいおくでぎらりとひかる――


 あか瑪瑙めのう


 あか――


 あかきらい。


 むねおくで、嫌悪けんお恐怖きょうふがひそやかにうずく。



 ミナギはこのいしまもるものだとったけれど、ゆめなかあかは、守護しゅごかがやきというよりもさきに、わざわいを予兆よちょうのようにおもえた。


 静寂せいじゃくなか、かすかなごえひびく。


 ――だれ


 まえには、あかく、まるく、あわひかりはなちいさな存在そんざい


 ばすと、ぬくもりが指先ゆびさきつたわる。


 きしめたくなるほどのやわらかさ。


 なつかしさ。


 しかしれた瞬間しゅんかんひかりあわれ、空気くうきごとゆめからけてえた。



 アサはそこでます。


 むねおくに、まだあかのこる。


 ゆめ残滓ざんしか、それとも警告けいこくか。


 微睡まどろみと現実げんじつ境界きょうかいが、まだはっきりともどらない。


 ぼんやりと視界しかいひらけば、天井てんじょうえる。


 徐々(じょじょ)世界せかい鮮明せんめいさをもどす。


 ふとはり


 みがげられたはしら


 いたいろ土壁つちかべ


 堂々(どうどう)たる建物たてもの内部ないぶであることが、一目ひとめでわかる。


 どこだろう――



「あ、けたんだね」


 こえのしたほうける。


 子供こどもっていた。


 としころいつつかむっつほど。


 まるひとみでじっとアサをつめ、にっこりと微笑ほほえむ。


 若竹色わかたけいろ上質じょうしつころもて、あかるいいろ癖毛くせげは、翡翠ひすいのついた発簪かんざしまとめられている。


 だれだろう。


 おもわずくちして問いかけていた。


「ハヤトだよ」


 ――本当ほんとうに……だれだろう。


 ゆっくりと周囲しゅうい見渡みわたす。


「……ここはどこ?」


「ここは、投馬とうまみやだよ」


「……とう、ま」


 そのとき、やわらかくちいさなごえこえた。


 視線しせんけると――ムスビがこちらをのぞんでいた。


「……ムスビ」


「ムスビもね、心配しんぱいしてたんだよ。きみ、三日みっかねむっていたから、もうまさないんじゃないかって」


三日みっか……」


叔父上おじうえも、とても心配しんぱいしてたよ」


「おじうえ……」


 アサのこえに、ハヤトはすこき、口元くちもとかすかなみをかべた。


「きみがちゃんといきをしているか、何度なんど何度なんど確認かくにんしにくるんだ。薬師くすしにも『……本当ほんとうきているのか?』って、何度なんど何度なんども」


 ハヤトは可笑おかしそうに、ふふっとわらった。


「あんな叔父上おじうえ、はじめてた」


 さきほどからてくる『叔父上おじうえ』とは、一体いったいだれのことなのだろう――



 そのとき、ムスビがそっとアサのかたからだをすりせる。


 ちいさくあたたかな存在そんざいがそこにいることをおもすと、ふとおもいたる。


「――叔父上おじうえって、もしかして……ミナギのこと?」


 その瞬間しゅんかん甲高かんだかこえ廊下ろうかおくからひびいた。


「ミナギさまとおびなさい!」


 そこにっていたのは、恰幅かっぷく中年ちゅうねん女性じょせい


 あさのよく仕立したてられたころもに、きちんとととのえられたかみ


 おごそかな物腰ものごしながらも、つよさをかんじさせる。


「お目覚めざめになられたのですね。おからだ調子ちょうしはいかがですか?」


 アサは、まだかすかにゆめ名残なごりむねおくでくすぶるまま、まえ光景こうけいをぼんやりとつめていた。


 おもわず言葉ことばまらせていると、つぎ瞬間しゅんかん廊下ろうかおくからあわただしい足音あしおとひびわたった。


 かえると、戸口とぐちっていたのは――


 ミナギだった。


「――を……ましたか……」


 そのこえは、ひくふるえ、おもみをびていた。


 しかし同時どうじに、安堵あんどよろこび、そして言葉ことばにできぬ感慨かんがいが、いきのひとつひとつににじんでいる。


 ミナギは一歩いっぽ、また一歩いっぽと、つかつかとあゆり、躊躇ためらうことなくアサのった。


かった……一時いっときは、本当ほんとうあぶなかったんだ」



 ――アサはいきむ。


 たしかに、まえ人物じんぶつはミナギだ。


 けれども、そのたたずまいは、これまでてきたかれとはまったくことなる。


 上質じょうしつころもに、丁寧ていねいほどこされた装飾そうしょく


 こしには精緻せいちおび


 かみには宮仕みやづかえのものでも容易よういにはせぬであろう、絢爛けんらんたるかんざし


 その一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくから、ただものではない存在感そんざいかんただよっていた。


 さきほど女性じょせいげたこえみみよみがえる。


『ミナギさまとおびなさい!』


 そしてアサがいまるここは。


 ――投馬国とうまこくみや


 そのこともおもわせれば、まえ人物じんぶつ立場たちばが、ようやくちてくる。


 アサはごくりとのどらし、()()問いを、もう一度もういちどくちにした。


「……ミナギって……えらいひとなの?」


 アサの言葉ことばに、さきほどの女性じょせいまゆひそめ、ごほんと咳払せきばらいしたあとりんとしたこえこたはじめる。


「――こちらの御方おかたは」


 その女性じょせいは、きっちりと背筋せすじばし、アサのぐに見据みすえた。


投馬国王とうまこくおう――ミナギさまにございます」


 ミナギはすこしばつのわるそうな表情ひょうじょうかべる。


「いや、侍女頭じじょがしら……まだおうでは――」


なにをおっしゃいます、殿との


 侍女頭じじょがしらするどひかった。


いまやこのくにには、貴方様あなたさま以外いがいおうとなるべきかたはおられません――その御身おんみ過小かしょうにおおもいになってはなりませぬ」


 りんとしたこえには、るぎない忠誠ちゅうせいほこりがにじんでいた。


 アサはそのやりりをたりにして、さらに混乱こんらんする。


「……おうさま


 その言葉ことばむねとどいた瞬間しゅんかん、アサのあたまなかおどろきの連続れんぞくでぐるりとまわった。


 ――えらい、なんてもんじゃない。


 おもわず目眩めまいおぼえ、視界しかいがくらりとれる。


「アサ!」


 あわててばすミナギに、


「なりません!」


 侍女頭じじょがしらが、一喝いっかつする。


「アサさまいま目覚めざめになられたばかり。まだなお、十分じゅうぶん休養きゅうよう必要ひつようでございます。今日きょうのところは、どうかご退室たいしつねがいます!」


「えー」


 と不満ふまんげにこえらすハヤト。


「ハヤトさまは、このあと槍術そうじゅつのお稽古けいこ時間じかんでございましょう!」


 ハヤトは侍女頭じじょがしら迫力はくりょくにたじろぎ、渋々(しぶしぶ)がる。



 すこき、ハヤトはにっこりと微笑ほほえみ、片手かたてをふわりとった。


「またね、アサ」


 そうって、かる足取あしどりでけてった。


「……さわがせたな。とりあえず、ゆっくりやすめ」


 ミナギは、ふっとちからくように、やわらかく微笑ほほえんだ。


 そのまま、そっとアサのあたまれる。


 ぬくもりが、じんわりとつたわる。


 アサは一瞬いっしゅんだけ見開みひらき、けれどなにわず、ゆっくりとうなずいた。


 ミナギはそれをたしかめるように、わずかにほそめる。


 しずかにはなすと、名残なごりのこすようなき、きびすかえす。


 バサッ、とかぜおとがして、ムスビがかろやかにがり、ミナギのかたへとつ。


 ばたきの余韻よいんが、わずかに空気くうきらした。


 ミナギは一瞬いっしゅんだけ視線しせんよこにやり、当然とうぜんのようにそのおもみをめる。 


 足音あしおととおざかり、やがて――


 部屋へや静寂せいじゃくおとずれた。




 アサはそのまま、しばらくうごけなかった。


 あたまのこぬくもり。


 むねおくのこるざわめき。


 なにをどうめればいいのかからず、ただぼんやりと、視線しせんだけがちゅうをさまよう。



「アサさま


 不意ふいに、しずかなこえひびいた。


 はっとしてくと、さきほどの侍女頭じじょがしらっていた。


 には、水差みずさしと上品じょうひん漆塗うるしぬりのうつわがひとつ。


みずをおちいたしました」


 ゆっくりとされるそれを、アサは両手りょうてる。


 わずかにふるえる指先ゆびさきに、ぬくもりがつたわった。


 くちをつける。


 みずはぬるく、やさしくのどとおり、かわききった身体からだわたるようだった。


「まだ安静あんせい必要ひつようでございます。どうか、いまはご無理むりをなさらず」


 侍女頭じじょがしら声音こわねさきほどのきびしさとはことなり、どこかおだやかで、気遣きづかいがにじんでいる。


のちほど、薬師くすしをおびいたします。それまでは、ごゆっくりとおやすみくださいませ」


 そうげると、一礼いちれいし、部屋へやあとにした。



 ふたたび、部屋へや静寂せいじゃくおとずれる。


 アサはしずかによこたえた。


 かれた寝具しんぐやわらかく、これまでれてきたどのわらぬのよりも、ふか身体からだめる。


 だが、その心地ここちよさとは裏腹うらはらに、むねおくはまだかないままだった。


 ぼんやりと天井てんじょうつめた。


 ミナギの姿すがたかぶ。


 ――投馬国王とうまこくおう


 その事実じじつが、おくれてじわじわとんでくる。


 あのぬくもり。


 あのこえ


 っているはずのひとなのに、まるでとお存在そんざいのようにもおもえる。


 かんがえようとした思考しこうが、途中とちゅうでほどけていく。


 おもい。


 まぶたが、ゆっくりとちてくる。


 身体からだおくから、ねむりがせるようにひろがっていく。


 かんがえるちからが、しずかにほどけていく。


 いまは――なにかんがえたくない。


 ただ、ねむりたい。


 アサはちいさくいきき、そのまましずめた。


 意識いしきは、ふたたびやわらかなやみへとけていく。


 どこかとおくで、ふたたび、かすかなごえがしたようながした。


 それが現実げんじつゆめかをたしかめるまえに、アサはしずかに、ねむりへとちていった。


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