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アマガタリ  作者: ひよりの
第一章
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流れ




 火《ひ》がひとつ、小《ちい》さく爆《は》ぜた。


 その音《おと》に紛《まぎ》れて、低《ひく》く柔《やわ》らかい声《こえ》が響《ひび》く。



「それ、面白《おもしろ》い飾《かざ》りだな」



 顔《かお》を上《あ》げると、いつの間《ま》にか輪《わ》から離《はな》れたミナギがアサの前《まえ》に立《た》っていた。


 ミナギの視線《しせん》をたどると、そ(・)れ(・)とは、どうやらアサの耳飾《みみかざ》りを指《さ》しているようだった。



「自分《じぶん》で作《つく》ったのか?」



 アサは、こくりと頷《うなず》く。



「よければ、見《み》せてもらってもいいか?」



 そのひと声《こえ》に、アサの胸《むね》は小《ちい》さく跳《は》ね、手《て》は耳飾《みみかざ》りに触《ふ》れたまま固《かた》まる。



「うん」



 なんとかそう絞《しぼ》り出《だ》すと、ミナギは軽《かる》く笑《え》みを浮《う》かべ、アサの隣《となり》に自然《しぜん》に腰《こし》を下《お》ろした。


 身《み》を乗《の》り出《だ》してアサの耳飾《みみかざ》りを覗《のぞ》き込《こ》む。



 ――距離《きょり》が近《ちか》い。



 耳元《みみもと》を覗《のぞ》き込《こ》まれる感覚《かんかく》が、アサの胸《むね》を高鳴《たかな》らせる。


 ミナギはそれを意《い》に介《かい》さぬように、真剣《しんけん》に飾《かざ》りを見《み》つめている。

 


「細《こま》かいところまで丁寧《ていねい》に作《つく》ってある。器用《きよう》だな」



 微《かす》かに笑《わら》う吐息《といき》が耳元《みみもと》に届《とど》き、アサは思《おも》わず息《いき》を呑《の》む。



「この彫《ほ》りの紋様《もんよう》には、どういう意味《いみ》がある?」 



 耳飾《みみかざ》りの小《ちい》さな紋様《もんよう》、それは――――



「……村《むら》のはずれにある岩《いわ》に刻《きざ》まれてる。意味《いみ》はよく知《し》らないけど、昔《むかし》から魔《ま》よけになるって教《おそ》わってる」



 ミナギは黙《だま》って、耳飾《みみかざ》りを見《み》つめたまま、少《すこ》し傾《かし》ぐ。



「――なるほど」



 声《こえ》は静《しず》かだが、微《かす》かに含《ふく》みがあるように感《かん》じられた。

 



 いつの間《ま》にか、宴《うたげ》の喧騒《けんそう》は遠《とお》ざかっていた。


 目《め》の前《まえ》の焚《た》き火《び》は、小《ちい》さく、低《ひく》く燃《も》えている。


 煙《けむり》はほとんど立《た》たず、闇《やみ》の中《なか》に溶《と》けていた。


 ミナギは背負《せお》っていた籠《かご》を下《お》ろすと、その中《なか》からいくつかのものを取《と》り出《だ》した。



 石《いし》。  


 骨《ほね》。  


 乾《かわ》いた枝《えだ》。



 どれも形《かたち》は不揃《ふぞろ》いで、何《なん》の変哲《へんてつ》もないものであった。


 だが彼《かれ》は、それらをひとつひとつ、確《たし》かめるように指先《ゆびさき》でなぞった。


 アサは、その手元《てもと》をじっと見《み》ていた。



「それで、何《なに》をするの?」



 ミナギは答《こた》えず、まず地面《じめん》をならした。


 掌《てのひら》で土《つち》を押《お》し、円《えん》を描《えが》くようにして、表面《ひょうめん》の凹凸《おうとつ》を消《け》していく。


 やがてそこには、滑《なめ》らかな土《つち》の面《めん》が現《あらわ》れた。


 彼《かれ》は指《ゆび》で、その上《うえ》に線《せん》を引《ひ》いた。



 十字《じゅうじ》。



 さらに斜《なな》めの線《せん》を重《かさ》ねる。



「これは、何《なに》」



「場(・)だ」



 ミナギは短《みじか》く言《い》った。


 石《いし》を三《みっ》つ、円《えん》の外《そと》へ。


 骨《ほね》を二本《にほん》、中央《ちゅうおう》で交差《こうさ》させる。


 枝《えだ》を一本《いっぽん》、十字《じゅうじ》に横《よこ》たえる。


 その配置《はいち》には、ためらいがなかった。



 アサは、その順序《じゅんじょ》を見《み》ていた。


 置《お》かれる場所《ばしょ》が、あらかじめ決《き》まっているかのようであった。



「明日《あす》の天気《てんき》を占《うらな》ってやろう」

 


 ミナギはふいに、そう言《い》って口元《くちもと》を緩《ゆる》めた。


 ――挑戦的《ちょうせんてき》に笑《わら》うように。



 アサがわずかに目《め》を見開《みひら》く。


 ミナギは目《め》を閉《と》じた。


 火《ひ》の明《あ》かりがまぶたの上《うえ》で揺《ゆ》れる。


 しばらく何《なに》も起《お》こらない。 


 やがて呼吸《こきゅう》が変《か》わる。



 吸《す》い。


 止《と》め。 


 吐《は》く。



 その間《あいだ》に、言葉《ことば》にならぬ声《こえ》が混《ま》じる。


 空気《くうき》が、わずかに重《おも》くなった。 


 ミナギは目《め》を開《ひら》き、骨《ほね》を弾《はじ》いた。


 乾《かわ》いた音《おと》を立《た》てて回《まわ》り、止《と》まる。


 石《いし》を押《お》す。


 転《ころ》がり、線《せん》に触《ふ》れて止《と》まる。


 枝《えだ》は動《うご》かさない。


 彼《かれ》は、それらを見《み》た。


 長《なが》く――深《ふか》く。



「何《なに》が見《み》えるの」



 アサは問《と》うた。



「流(・)れ(・)だ」



「流《なが》れ?」



「来《く》るものと、去《さ》るものの道《みち》だ」 



 ミナギは骨《ほね》をそっと手《て》に取《と》り、火《ひ》の光《ひかり》にかざした。



「これは、折《お》れるものだ」



 骨《ほね》の先端《せんたん》を指《ゆび》でなぞりながら、彼《かれ》は静《しず》かに言《い》った。



「折《お》れる……?」



 アサは首《くび》をかしげる。



「骨《ほね》が折《お》れるとき、流《なが》れが切《き》れる。つまり、急《きゅう》に変《か》わる。雨《あめ》や風《かぜ》、嵐《あらし》のように不安定《ふあんてい》なものだ」



 アサはその言葉《ことば》を胸《むね》に刻《きざ》むように頷《うなず》いた。


 次《つぎ》にミナギは石《いし》を押《お》した。 


 土《つち》の上《うえ》で転《ころ》がり、線《せん》に触《ふ》れて止《と》まる。



「これは残《のこ》る。安定《あんてい》したものだ。日《ひ》が差《さ》す時間《じかん》、晴《は》れ間《ま》、ずっと続《つづ》く穏《おだ》やかさ――そんなものを表《あらわ》す」



 最後《さいご》に枝《えだ》を見《み》た。


 動《うご》かさず、そっと触《ふ》れるだけである。



「そして枝《えだ》は、呼《よ》ぶもの。流《なが》れを誘《さそ》い、動《うご》きを生《う》む。霧《きり》の立《た》ち方《かた》や風《かぜ》の向《む》き、雲《くも》の流《なが》れのように、天気《てんき》を動《うご》かすものだ」



 アサは火《ひ》の揺《ゆ》らめきと森《もり》の静《しず》けさの中《なか》で、骨《ほね》・石《いし》・枝《えだ》が語《かた》る意味《いみ》を思《おも》い描《えが》いた。



「つまり、明日《あす》の天気《てんき》は――明《あ》け方《がた》には急《きゅう》な変化《へんか》があり、昼間《ひるま》には安定《あんてい》した晴《は》れ間《ま》が訪《おとず》れる。その間《あいだ》に、霧《きり》や風《かぜ》がちょっとした変化《へんか》をもたらす……」



 ミナギは不敵《ふてき》に笑《わら》う。



「見《み》えたものを理解《りかい》し、流《なが》れを読《よ》む。それが呪(まじな)いだ」



 アサは目《め》を輝《かがや》かせ、思《おも》わず息《いき》を漏《も》らした。


 ミナギはそんなアサを見《み》つめ、優《やさ》しく微笑《ほほえ》んだ。



「やってみるか?」



 その声《こえ》は静《しず》かで、けれど誘《さそ》うように響《ひび》いた。



「……うん、やってみたい」



 アサは頷《うなず》いた。


 胸《むね》の奥《おく》がざわめき、手《て》が震《ふる》える。



 ミナギは場所《ばしょ》を譲《ゆず》った。


 アサは、同《おな》じように地面《じめん》に触《ふ》れた。


 だが土《つち》はうまくならなかった。


 指《ゆび》の跡《あと》が残《のこ》り、線《せん》は歪《ゆが》んだ。


 それでも、彼女《かのじょ》は線《せん》を引《ひ》いた。



 石《いし》を置《お》いた。


 骨《ほね》を置《お》いた。


 枝《えだ》を置《お》いた。   


 順序《じゅんじょ》は、覚《おぼ》えていた。



「目《め》を閉《と》じて」



 言《い》われるままに、アサは目《め》を閉《と》じた。


 暗闇《くらやみ》の中《なか》で、火《ひ》の赤《あか》が揺《ゆ》れていた。


 彼女《かのじょ》は呼吸《こきゅう》を整《ととの》えようとした。



 だが、うまくいかなかった。 


 胸《むね》の奥《おく》がざわつき、何《なに》かが動《うご》いていた。



「言葉《ことば》は、外《そと》へ出《だ》さない」

 


 ミナギの声《こえ》がした。



「内《うち》に置《お》くんだ」



 アサは、声《こえ》を出《だ》さずに同《おな》じ言葉《ことば》を繰《く》り返《かえ》した。


 内《うち》に置《お》く。



 ――そのとき、何《なに》かが静《しず》まった。


 骨《ほね》は違《ちが》う向《む》きで止《と》まり。 


 石《いし》は線《せん》を越《こ》え。


 枝《えだ》はわずかに傾《かたむ》いていた。


 ただ、見《み》る。


 それらは静止《せいし》している。


 だが彼女《かのじょ》には、そこに流《なが》れが見《み》えた。


 線《せん》に沿《そ》って、何《なに》かが通《とお》っていく。


 土《つち》の上《うえ》に置《お》かれた石《いし》や骨《ほね》、枝《えだ》を中心《ちゅうしん》に、微《かす》かな光《ひかり》の線《せん》が浮《う》かび上《あ》がるように見《み》えた。


 まるで見《み》えない糸《いと》が風《かぜ》に揺《ゆ》れるように、柔《やわ》らかく、そして確《たし》かに流《なが》れている。


 骨《ほね》の先端《せんたん》からは鋭《するど》く切《き》れるような光《ひかり》の矢《や》が跳《は》ね、石《いし》の外側《そとがわ》では散《ち》る粉《こな》のように霧状《きりじょう》の光《ひかり》が漂《ただよ》う。


 枝《えだ》の上《うえ》では、淡《あわ》くうねる光《ひかり》の渦《うず》が小《ちい》さく回《まわ》り、周囲《しゅうい》の空気《くうき》を震《ふる》わせているようだ。


 それぞれの動《うご》きが、ひとつの秩序《ちつじょ》ある流《なが》れを描《えが》き、夜《よる》の森《もり》の静寂《せいじゃく》の中《なか》で息《いき》づいていた。



「……動《うご》いてる」



 思《おも》わず、そう言《い》った。


 ミナギは、アサを見《み》た。

 


「見《み》えたか」



 アサは頷《うなず》いた。


 自分《じぶん》が何《なに》を見《み》たのかは分《わ》からなかった。


 これが彼《かれ》の言《い》う流(・)れ(・)なのだろうか。




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