ささやかな宴
日は傾き、火が起こされた。
村の中央に小さな火がいくつも焚かれ、食べ物が持ち寄られる。
焼いた川魚の香ばしい匂い。
鍋でふっくらと煮える粟。
ヤマノイモやカブ、ワサビダイコンを煮た湯気が、湿った夜気へゆっくり溶けていく。
タラの芽と粟を混ぜ、発酵させた醪酒も振る舞われた。
宴と呼ぶには、あまりにささやかなものだった。
だが、それでも火を囲む人々の顔には、どこか落ち着かない熱が宿っている。
誰もが、ミナギを見ていた。
だが、誰も近づきすぎようとはしなかった。
呪い師。
そう呼ばれた男を、村人たちはまだ測りかねていた。
追い払うには惜しい。
だが、無防備に迎え入れるには得体が知れない。
その迷いが、火を囲む輪の距離に、そのまま現れている。
ミナギは人の輪の中心にいた。
背負っていた籠を脇に置き、その中から小さな石や玉を取り出していく。
磨かれた青い石。
黒く薄く削られた石片。
色漆で飾られた管玉。
簡素に編まれた貝や骨の装飾品。
ミナギはそれらを軽く指先で撫で、揺らし、火の光へ透かして見せた。
品を掲げるたび、表面が赤や金のように瞬き、小さな光が人々の瞳に映り込む。
村人たちは思わず息を呑んだ。
「これは何の貝だ?」
年寄りのひとりが尋ねる。
「タカラガイだ」
ミナギは穏やかに答えた。
「海の南で採れる。磨くと、もっと光る」
そう言って彼は、指先で貝の曲面を撫でる。
火の明かりがそこを滑り、濡れたような艶が浮かんだ。
「これは縞模様が面白い」
ミナギは別の貝を取り上げた。
「色合いを揃えて並べると、管玉や骨の飾りと組み合わせて、面白い模様が作れる」
小さく笑いながら示すその仕草には、どこか遊びがある。
人の目を惹きつけることを知っている者の動きだった。
村人たちは顔を見合わせながら、少しずつ輪を狭めていく。
最初は遠巻きに見ていただけの女たちも、やがて装飾品を手に取った。
骨を薄く削って作られた飾りを、火へかざして眺める。
若い男は、黒く光る石片の刃を指先で触れ、その鋭さに目を見張った。
「投馬国には、こんな物がいくらでもあるのか」
「いくらでも、というほどではないが――」
ミナギは肩をすくめる。
「海を渡らなきゃ手に入らん物もある。だから価値がある」
その言葉に、周囲から低い感嘆が漏れた。
海の向こう。
村の者たちにとって、それは想像の外にある世界だった。
火の揺らめきと香りが漂う夜の広場で、ミナギの飄々とした存在感は、村人たちの緊張を少しずつ解きほぐしていく。
誰かが酒を差し出せば受け取り、尋ねられれば笑って答える。
その口調は軽い。
だが決して相手を侮らず、自然に輪の中心へ居場所を作っていた。
アサは、その少し外にいた。
火の明かりは届いている。
だが、輪の中には入っていなかった。
木の椀を両手で持ち、同じく木でできた匙で静かに粟を口へ運ぶ。
温かな湯気が頬を撫でても、彼女の表情はあまり変わらない。
けれど、視線だけは、時々ミナギの方へ向いていた。
人々に囲まれながら笑う横顔。
火を映した瞳。
しなやかに動く指先。
知らない土地の匂いをまとった、その存在。
村の誰とも違う。
まるで、別の世界から来たもののように見えた。
その時だった。
ふいに、ミナギが顔を上げる。
また、視線が合った。
アサの胸が、どくりと鳴る。
ミナギは何も言わない。
ただ、わずかに目を細めた。
火の向こうで、その口元がほんの少しだけ笑ったように見えた。
アサは咄嗟に視線を落とす。
だが耳の奥では、まだ鼓動が続いていた。




