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アマガタリ  作者: ひよりの
第一章
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ささやかな宴




 日《ひ》は傾《かたむ》き、火《ひ》が起《お》こされた。


 村《むら》の中央《ちゅうおう》に小《ちい》さな火《ひ》がいくつも焚《た》かれ、食《た》べ物《もの》が持《も》ち寄《よ》られる。


 焼《や》いた川魚《かわざかな》の香《こう》ばしい匂《にお》い。


 鍋《なべ》でふっくらと煮《に》える粟《あわ》。


 ヤマノイモやカブ、ノビルやセリなどの野草《やそう》を煮《に》た湯気《ゆげ》が、湿《しめ》った夜気《やき》へゆっくり溶《と》けていく。


 タラの芽《め》と粟《あわ》を混《ま》ぜ、発酵《はっこう》させた醪酒《もろみざけ》も振《ふ》る舞《ま》われた。



 宴《うたげ》と呼《よ》ぶには、あまりにささやかなものだった。


 だが、それでも火《ひ》を囲《かこ》む人々(ひとびと)の顔《かお》には、どこか落《お》ち着《つ》かない熱《ねつ》が宿《やど》っている。



 誰《だれ》もが、ミナギを見《み》ていた。


 だが、誰《だれ》も近《ちか》づきすぎようとはしなかった。



 呪《まじな》い師《し》。



 そう呼《よ》ばれた男《おとこ》を、村人《むらびと》たちはまだ測《はか》りかねていた。 


 追《お》い払《はら》うには惜《お》しい。


 だが、無防備《むぼうび》に迎《むか》え入《い》れるには得体《えたい》が知《し》れない。


 その迷《まよ》いが、火《ひ》を囲《かこ》む輪《わ》の距離《きょり》に、そのまま現《あらわ》れている。



 ミナギは人《ひと》の輪《わ》の中心《ちゅうしん》にいた。


 背負《せお》っていた籠《かご》を脇《わき》に置《お》き、その中《なか》から小《ちい》さな石《いし》や玉《たま》を取《と》り出《だ》していく。


 磨《みが》かれた青《あお》い石《いし》。


 黒《くろ》く薄《うす》く削《けず》られた石片《せきへん》。


 色漆《いろうるし》で飾《かざ》られた管玉《くだたま》。


 簡素《かんそ》に編《あ》まれた貝《かい》や骨《ほね》の装飾品《そうしょくひん》。


 ミナギはそれらを軽《かる》く指先《ゆびさき》で撫《な》で、揺《ゆ》らし、火《ひ》の光《ひかり》へ透《す》かして見《み》せた。


 品《しな》を掲《かか》げるたび、表面《ひょうめん》が赤《あか》や金《きん》のように瞬《またた》き、小《ちい》さな光《ひかり》が人々(ひとびと)の瞳《ひとみ》に映《うつ》り込《こ》む。


 村人《むらびと》たちは思《おも》わず息《いき》を呑《の》んだ。

 


「これは何《なん》の貝《かい》だ?」



 年寄《としよ》りのひとりが尋《たず》ねる。



「タカラガイだ」



 ミナギは穏《おだ》やかに答《こた》えた。



「海《うみ》の南《みなみ》で採《と》れる。磨《みが》くと、もっと光《ひか》る」



 そう言《い》って彼《かれ》は、指先《ゆびさき》で貝《かい》の曲面《きょくめん》を撫《な》でる。


 火《ひ》の明《あ》かりがそこを滑《すべ》り、濡《ぬ》れたような艶《つや》が浮《う》かんだ。



「これは縞模様《しまもよう》が面白《おもしろ》い」



 ミナギは別《べつ》の貝《かい》を取《と》り上《あ》げた。



「色合《いろあ》いを揃《そろ》えて並《なら》べると、管玉《くだたま》や骨《ほね》の飾《かざ》りと組《く》み合《あ》わせて、面白《おもしろ》い模様《もよう》が作《つく》れる」



 小《ちい》さく笑《わら》いながら示《しめ》すその仕草《しぐさ》には、どこか遊《あそ》びがある。


 人《ひと》の目《め》を惹《ひ》きつけることを知《し》っている者《もの》の動《うご》きだった。



 村人《むらびと》たちは顔《かお》を見合《みあ》わせながら、少《すこ》しずつ輪《わ》を狭《せば》めていく。


 最初《さいしょ》は遠巻《とおま》きに見《み》ていただけの女《おんな》たちも、やがて装飾品《そうしょくひん》を手《て》に取《と》った。


 骨《ほね》を薄《うす》く削《けず》って作《つく》られた飾《かざ》りを、火《ひ》へかざして眺《なが》める。


 若《わか》い男《おとこ》は、黒《くろ》く光《ひか》る石片《せきへん》の刃《は》を指先《ゆびさき》で触《ふ》れ、その鋭《するど》さに目《め》を見張《みは》った。



「投馬国《とうまこく》には、こんな物《もの》がいくらでもあるのか」



「いくらでも、というほどではないが――」



 ミナギは肩《かた》をすくめる。



「海《うみ》を渡《わた》らなきゃ手《て》に入《はい》らん物《もの》もある。だから価値《かち》がある」



 その言葉《ことば》に、周囲《しゅうい》から低《ひく》い感嘆《かんたん》が漏《も》れた。




 海《うみ》の向《む》こう。


 村《むら》の者《もの》たちにとって、それは想像《そうぞう》の外《そと》にある世界《せかい》だった。



 火《ひ》の揺《ゆ》らめきと香《かお》りが漂《ただよ》う夜《よる》の広場《ひろば》で、ミナギの飄々(ひょうひょう)とした存在感《そんざいかん》は、村人《むらびと》たちの緊張《きんちょう》を少《すこ》しずつ解《と》きほぐしていく。


 誰《だれ》かが酒《さけ》を差《さ》し出《だ》せば受《う》け取《と》り、尋《たず》ねられれば笑《わら》って答《こた》える。


 その口調《くちょう》は軽《かる》い。


 だが決《けっ》して相手《あいて》を侮《あなど》らず、自然《しぜん》に輪《わ》の中心《ちゅうしん》へ居場所《いばしょ》を作《つく》っていた。




 アサは、その少《すこ》し外《そと》にいた。


 火《ひ》の明《あ》かりは届《とど》いている。


 だが、輪《わ》の中《なか》には入《はい》っていなかった。


 木《き》の椀《わん》を両手《りょうて》で持《も》ち、同《おな》じく木《き》でできた匙《さじ》で静《しず》かに粟《あわ》を口《くち》へ運《はこ》ぶ。


 温《あたた》かな湯気《ゆげ》が頬《ほお》を撫《な》でても、彼女《かのじょ》の表情《ひょうじょう》はあまり変《か》わらない。


 けれど、視線《しせん》だけは、時々(ときどき)ミナギの方《ほう》へ向《む》いていた。



 人々(ひとびと)に囲《かこ》まれながら笑《わら》う横顔《よこがお》。


 火《ひ》を映《うつ》した瞳《ひとみ》。


 しなやかに動《うご》く指先《ゆびさき》。


 知《し》らない土地《とち》の匂《にお》いをまとった、その存在《そんざい》。


 村《むら》の誰《だれ》とも違《ちが》う。


 まるで、別《べつ》の世界《せかい》から来《き》たもののように見《み》えた。



 その時《とき》だった。


 ふいに、ミナギが顔《かお》を上《あ》げる。


 また、視線《しせん》が合《あ》った。


 アサの胸《むね》が、どくりと鳴《な》る。



 ミナギは何《なに》も言《い》わない。


 ただ、わずかに目《め》を細《ほそ》めた。


 火《ひ》の向《む》こうで、その口元《くちもと》がほんの少《すこ》しだけ笑《わら》ったように見《み》えた。


 アサは咄嗟《とっさ》に視線《しせん》を落《お》とす。


 だが耳《みみ》の奥《おく》では、まだ鼓動《こどう》が続《つづ》いていた。




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