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アマガタリ  作者: ひよりの
第一章
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戦いの終わり




 狗奴国《くなこく》の兵《へい》たちは、一瞬《いっしゅん》で支《ささ》えを失《うしな》った。



 久志奈《くしな》の死《し》は命令《めいれい》の喪失《そうしつ》であると同時《どうじ》に、戦場《せんじょう》そのものの重心《じゅうしん》を崩《くず》す出来事《できごと》だった。


 前《まえ》へ押《お》し出《だ》していた圧《あつ》が途切《とぎ》れると、その空白《くうはく》に混乱《こんらん》が流《なが》れ込《こ》む。



 隊列《たいれつ》は形《かたち》を保《たも》てないまま、互《たが》いに視線《しせん》を探《さぐ》り、誰《だれ》が次《つぎ》の判断《はんだん》を下《くだ》すのか分《わ》からないまま足《あし》を止《と》めた。


 怒号《どごう》は上《あ》がるが、統一《とういつ》されない。


 槍先《やりさき》は宙《ちゅう》を彷徨《さまよ》い、盾《たて》は守《まも》るべき方向《ほうこう》を見失《みうしな》う。


 森《もり》の中《なか》に響《ひび》いていた戦《いくさ》の熱《ねつ》は、急速《きゅうそく》に冷《ひ》え始《はじ》めていた。




 ミナギは視線《しせん》を走《はし》らせる。



 崩《くず》れた戦列《せんれつ》の隙間《すきま》。  


 まだ抵抗《ていこう》を続《つづ》ける一部《いちぶ》の動《うご》き。  


 逃《に》げ道《みち》を探《さが》す後方《こうほう》の揺《ゆ》れ。



 すべてが一《ひと》つの流《なが》れとして繋《つな》がっていく。



「無理《むり》に追撃《ついげき》するな。後方《こうほう》の負傷者《ふしょうしゃ》を確保《かくほ》せよ。戦意《せんい》の消《き》えた敵《てき》にこちらから矢《や》を当《あ》てるな」



 声《こえ》は鋭《するど》くも、熱《ねつ》を含《ふく》まない。


 戦場《せんじょう》の余韻《よいん》に飲《の》まれることなく、線《せん》を引《ひ》くように命令《めいれい》が落《お》ちる。


 その声《こえ》に従《したが》い、兵《へい》たちは動《うご》きを変《か》える。



 狗奴国《くなこく》の兵《へい》は、もはや「戦《たたか》う集団《しゅうだん》」ではなかった。


 主《あるじ》を失《うしな》ったことで、ただの散発的《さんぱつてき》な個《こ》の集合《しゅうごう》へと変《か》わっていく。



 誰《だれ》かが退《しりぞ》き、誰《だれ》かが武器《ぶき》を下《お》ろす。


 泥《どろ》を蹴《け》る音《おと》だけがまばらに残《のこ》り、やがてそれすらも薄《うす》れていく。



 森《もり》のざわめきが戻《もど》る。


 それは自然《しぜん》の静《しず》けさではなく、戦《いくさ》の終息《しゅうそく》がもたらす不自然《ふしぜん》な静寂《せいじゃく》だった。



 拮抗《きっこう》していた戦《いくさ》は、両王子《りょうおうじ》の死《し》という一点《いってん》を境《さかい》に、崩《くず》れるように終《お》わりへ向《む》かっていた。



 ミナギは短《みじか》く息《いき》を吐《は》く。


 肩《かた》に残《のこ》る重《おも》さは、戦《いくさ》の終《お》わりによって消《き》えるものではない。


 むしろ、終《お》わったからこそ明確《めいかく》になる。



 失《うしな》われたものの量《りょう》。


 守《まも》れたものの限界《げんかい》。


 そして、これから引《ひ》き受《う》けるべき現実《げんじつ》。



「まずは被害《ひがい》の確認《かくにん》、そして生《い》き残《のこ》った者《もの》の安全《あんぜん》を確保《かくほ》する」



 その言葉《ことば》は命令《めいれい》でありながら、同時《どうじ》に宣言《せんげん》でもあった。


 戦《いくさ》の終《お》わりに残《のこ》るのは勝敗《しょうはい》ではなく、整理《せいり》されるべき現実《げんじつ》だけだと告《つ》げるように。




 森《もり》には、矢《や》の飛《と》ぶ音《おと》も、怒号《どごう》も消《き》えていた。


 残《のこ》るのは血《ち》の匂《にお》いと、焦《こ》げた草《くさ》の煙《けむり》。


 踏《ふ》み荒《あ》らされた土《つち》の生々(なまなま)しい湿《しめ》り気《け》だけが、戦《いくさ》の記憶《きおく》を保持《ほじ》している。




 その静寂《せいじゃく》の中《なか》、甲高《かんだか》い音《おと》が空《そら》を裂《さ》いた。



「キィ――ッ」



 鋭《するど》く、乾《かわ》いた声《こえ》。


 人《ひと》のものではない響《ひび》きが、戦場《せんじょう》の上空《じょうくう》を切《き》り取《と》るように走《はし》る。



 ミナギは反射的《はんしゃてき》に視線《しせん》を上《あ》げる。


 森《もり》の上《うえ》、空《そら》の薄《うす》い青《あお》の中《なか》を、ひとつの影《かげ》が滑《すべ》るように駆《か》けていた。



 ムスビだった。



 翼《つばさ》が光《ひかり》を受《う》けて揺《ゆ》れ、風《かぜ》を切《き》るたびに細《ほそ》い軌跡《きせき》を描《えが》く。



「キィ――ッ」



 再《ふたた》び響《ひび》く声《こえ》は、まるで何《なに》かを告《つ》げ、何《なに》かを促《うなが》すような、切《き》り離《はな》された音《おと》だった。





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