狗奴国の兵たちは、一瞬で支えを失った。
久志奈の死は命令の喪失であると同時に、戦場そのものの重心を崩す出来事だった。
前へ押し出していた圧が途切れると、その空白に混乱が流れ込む。
隊列は形を保てないまま、互いに視線を探り、誰が次の判断を下すのか分からないまま足を止めた。
怒号は上がるが、統一されない。
槍先は宙を彷徨い、盾は守るべき方向を見失う。
森の中に響いていた戦の熱は、急速に冷え始めていた。
ミナギは視線を走らせる。
崩れた戦列の隙間。
まだ抵抗を続ける一部の動き。
逃げ道を探す後方の揺れ。
すべてが一つの流れとして繋がっていく。
「無理に追撃するな。後方の負傷者を確保せよ。戦意の消えた敵にこちらから矢を当てるな」
声は鋭くも、熱を含まない。
戦場の余韻に飲まれることなく、線を引くように命令が落ちる。
その声に従い、兵たちは動きを変える。
狗奴国の兵は、もはや「戦う集団」ではなかった。
主を失ったことで、ただの散発的な個の集合へと変わっていく。
誰かが退き、誰かが武器を下ろす。
泥を蹴る音だけがまばらに残り、やがてそれすらも薄れていく。
森のざわめきが戻る。
それは自然の静けさではなく、戦の終息がもたらす不自然な静寂だった。
拮抗していた戦は、両王子の死という一点を境に、崩れるように終わりへ向かっていた。
ミナギは短く息を吐く。
肩に残る重さは、戦の終わりによって消えるものではない。
むしろ、終わったからこそ明確になる。
失われたものの量。
守れたものの限界。
そして、これから引き受けるべき現実。
「まずは被害の確認、そして生き残った者の安全を確保する」
その言葉は命令でありながら、同時に宣言でもあった。
戦の終わりに残るのは勝敗ではなく、整理されるべき現実だけだと告げるように。
森には、矢の飛ぶ音も、怒号も消えていた。
残るのは血の匂いと、焦げた草の煙。
踏み荒らされた土の生々しい湿り気だけが、戦の記憶を保持している。
その静寂の中、甲高い音が空を裂いた。
「キィ――ッ」
鋭く、乾いた声。
人のものではない響きが、戦場の上空を切り取るように走る。
ミナギは反射的に視線を上げる。
森の上、空の薄い青の中を、ひとつの影が滑るように駆けていた。
ムスビだった。
翼が光を受けて揺れ、風を切るたびに細い軌跡を描く。
「キィ――ッ」
再び響く声は、まるで何かを告げ、何かを促すような、切り離された音だった。