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アマガタリ  作者: ひよりの
第一章
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血戦




 森(もり)の木々(きぎ)の間(あいだ)を縫(ぬ)うように、ミナギの兵(へい)たちは進(すす)んでいく。


 視線(しせん)は乱(みだ)れず、足(あし)は泥(どろ)を踏(ふ)み固(かた)める。


 隊列(たいれつ)だけが、確(たし)かな形(かたち)を保(たも)っていた。



「――左翼(さよく)、低(ひく)く構(かま)えて進(すす)め。無理(むり)に突(つ)き出(だ)すな」



「中央(ちゅうおう)は槍(やり)を揃(そろ)え、隙(すき)を見(み)て押(お)し返(かえ)せ」



「弓(ゆみ)は焦(あせ)るな。標的(ひょうてき)を見(み)極(きわ)めろ」



 声(こえ)は高(たか)ぶらない。


 怒号(どごう)でもない。


 ただ戦場(せんじょう)の激(はげ)しい音(おと)の中(なか)に、一定(いってい)の呼吸(こきゅう)のように落(お)ちていく。



 矢(や)が飛(と)び交(か)い、槍《やり》がぶつかり合(あ)う。


 泥(どろ)と血(ち)が足元(あしもと)で混(ま)ざり合(あ)う。


 それでも、兵(へい)たちは崩(くず)れない。


 押(お)されながらも、押(お)し返(かえ)す余地(よち)だけは手放(てばな)さなかった。



「右翼(うよく)、敵(てき)の側面(そくめん)を牽制(けんせい)しろ。中央(ちゅうおう)は押(お)し返(かえ)す機(き)を待(ま)て」



 指示(しじ)には無駄(むだ)がない。


 それは、戦場(せんじょう)全体(ぜんたい)を見(み)ているミナギの目(め)が、そのまま兵(へい)たちへ届(とど)いているようだった。


 森(もり)の奥(おく)で起(お)きている、ばらばらの崩(くず)れ。


 それさえも、ミナギの中(なか)では、ひとつの流(なが)れとして繋(つな)がっている。



 戦況(せんきょう)は、まだ拮抗(きっこう)していた。


 だが、その均衡(きんこう)は、刃(やいば)の上(うえ)に乗(の)っているように危(あや)うい。


 そのただ中(なか)で、ミナギの冷静(れいせい)さだけが、一筋(ひとすじ)の秩序(ちつじょ)となって戦場(せんじょう)を支(ささ)えていた。




 ◇




 ――一方(いっぽう)で。


 前線(ぜんせん)は、まったく別(べつ)の動(うご)きをしていた。



 隼比古(はやひこ)は泥濘(でいねい)を蹴(け)り上(あ)げながら、叫(さけ)ぶように突(つ)き進(すす)む。


 甲冑(かっちゅう)は重(おも)く、動(うご)きは荒(あら)い。


 それでも、彼(かれ)は止(と)まらない。


 止《と》まるという選択(せんたく)そのものを持(も)たないまま、勢(いきお)いだけで戦場(せんじょう)を押(お)し切(き)ろうとしていた。



「――俺(おれ)の力(ちから)を見(み)よ……!」



 声(こえ)は確(たし)かに放(はな)たれた。


 だが、それは戦場(せんじょう)の大(おお)きな流(うね)りの中(なか)では、何(なん)の意味(いみ)も持(も)たない。


 人(ひと)の意志(いし)として放(はな)たれたはずの声(こえ)は、ただの騒(そう)がしい音(おと)となって消(き)えていく。



 彼(かれ)の突撃(とつげき)は、確(たし)かに鋭(するど)い。


 最初(さいしょ)の数歩(すうほ)は、敵(てき)の列(れつ)をわずかに揺(ゆ)らすほどの勢(いきお)いがあった。



 だが、それ以上(いじょう)は続(つづ)かない。


 狗奴国(くなこく)の兵(へい)は冷静(れいせい)だった。


 隙(すき)を恐(おそ)れず、間(ま)を許(ゆる)さない。


 槍(やり)が地面(じめん)すれすれから伸(の)びてくる。


 矢(や)は、呼吸(こきゅう)の合間(あいま)を縫(ぬ)って飛(と)んだ。


 泥(どろ)に足(あし)を取(と)られた瞬間(しゅんかん)、その無防備(むぼうび)さだけが戦場(せんじょう)に露(さら)わになった。


 鋭(するど)い槍先(やりさき)が迫(せま)る。


 視界(しかい)の端(はし)で、矢(や)が光(ひか)った。

 


 次(つぎ)の瞬間(しゅんかん)――



 隼比古(はやひこ)の首筋(くびすじ)に、矢(や)が突(つ)き刺(さ)さった。


 衝撃(しょうげき)が身体(からだ)を貫(つらぬ)き、肩(かた)が痙攣(けいれん)する。


 叫(さけ)びは途中(とちゅう)で途切(とぎ)れ、泡(あわ)のように喉(のど)の奥(おく)で崩(くず)れた。

 


 世界(せかい)の色(いろ)が、一気(いっき)に歪(ゆが)む。


 森(もり)の輪郭(りんかく)が崩(くず)れ、音(おと)が遠(とお)のいていく。


 ただ、身体(からだ)の重(おも)さだけが増(ま)していった。



 膝(ひざ)から力(ちから)が抜(ぬ)け、泥(どろ)の中(なか)へ沈(しず)む。


 甲冑(かっちゅう)の重(おも)みが、今(いま)になって完全(かんぜん)な負荷(ふか)となり、彼(かれ)の身体(からだ)を押(お)し潰(つぶ)した。


 崩(くず)れ落(お)ちるその姿(すがた)に、先(さき)ほどまでの勢(いきお)いはもうない。



 そこにあったのは――


「突撃(とつげき)」ではない。


 ただ、制御(せいぎょ)を失(うしな)った身体(からだ)だけだった。




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