血戦
森の木々の間を縫うように、ミナギの兵たちは進んでいく。
視線は乱れず、足は泥を踏み固める。
隊列だけが、確かな形を保っていた。
「――左翼、低く構えて進め。無理に突き出すな」
「中央は槍を揃え、隙を見て押し返せ」
「弓は焦るな。標的を見極めろ」
声は高ぶらない。
怒号でもない。
ただ戦場の激しい音の中に、一定の呼吸のように落ちていく。
矢が飛び交い、槍がぶつかり合う。
泥と血が足元で混ざり合う。
それでも、兵たちは崩れない。
押されながらも、押し返す余地だけは手放さなかった。
「右翼、敵の側面を牽制しろ。中央は押し返す機を待て」
指示には無駄がない。
それは、戦場全体を見ているミナギの目が、そのまま兵たちへ届いているようだった。
森の奥で起きている、ばらばらの崩れ。
それさえも、ミナギの中では、ひとつの流れとして繋がっている。
戦況は、まだ拮抗していた。
だが、その均衡は、刃の上に乗っているように危うい。
そのただ中で、ミナギの冷静さだけが、一筋の秩序となって戦場を支えていた。
◇
――一方で。
前線は、まったく別の動きをしていた。
隼比古は泥濘を蹴り上げながら、叫ぶように突き進む。
甲冑は重く、動きは荒い。
それでも、彼は止まらない。
止まるという選択そのものを持たないまま、勢いだけで戦場を押し切ろうとしていた。
「――俺の力を見よ……!」
声は確かに放たれた。
だが、それは戦場の大きな流りの中では、何の意味も持たない。
人の意志として放たれたはずの声は、ただの騒がしい音となって消えていく。
彼の突撃は、確かに鋭い。
最初の数歩は、敵の列をわずかに揺らすほどの勢いがあった。
だが、それ以上は続かない。
狗奴国の兵は冷静だった。
隙を恐れず、間を許さない。
槍が地面すれすれから伸びてくる。
矢は、呼吸の合間を縫って飛んだ。
泥に足を取られた瞬間、その無防備さだけが戦場に露わになった。
鋭い槍先が迫る。
視界の端で、矢が光った。
次の瞬間――
隼比古の首筋に、矢が突き刺さった。
衝撃が身体を貫き、肩が痙攣する。
叫びは途中で途切れ、泡のように喉の奥で崩れた。
世界の色が、一気に歪む。
森の輪郭が崩れ、音が遠のいていく。
ただ、身体の重さだけが増していった。
膝から力が抜け、泥の中へ沈む。
甲冑の重みが、今になって完全な負荷となり、彼の身体を押し潰した。
崩れ落ちるその姿に、先ほどまでの勢いはもうない。
そこにあったのは――
「突撃」ではない。
ただ、制御を失った身体だけだった。




