↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アマガタリ  作者: ひよりの
第一章
PR
23/135

覚悟




 戦端《せんたん》は、音《おと》を裂《さ》いて開《ひら》かれた。


 森《もり》の静寂《せいじゃく》は、一瞬《いっしゅん》で砕《くだ》ける。


 そこへ、人《ひと》の意思《いし》と暴力《ぼうりょく》が一気《いっき》に流《なが》れ込《こ》む。



 下草《したくさ》が踏《ふ》みつぶされる音《おと》が響《ひび》く。


 その音《おと》が、拍《はく》の定《さだ》まらぬ脈《みゃく》のように、ばらばらに打《う》ち続《つづ》けた。



 盾《たて》と矢《や》がぶつかる。


 乾《かわ》いた破裂音《はれつおん》がはじけ、その残響《ざんきょう》は葉《は》の奥《おく》へとしみ込《こ》んでいく。



 次《つぎ》の瞬間《しゅんかん》、槍《やり》が踏《ふ》み込《こ》まれた。


 空間《くうかん》を裂《さ》くように突《つ》き出《だ》され、空気《くうき》が低《ひく》くうなる。


 それらすべてが重《かさ》なり、削《けず》られ、混《ま》ざり合《あ》いながら――


 戦場《せんじょう》の空気《くうき》そのものを濁《にご》らせていく。



 その合間《あいま》にだけ、人《ひと》の声《こえ》が落《お》ちる。


 叫《さけ》びは言葉《ことば》にならない。


 喉《のど》の奥《おく》から引《ひ》き裂《さ》かれたような音《おと》となってあふれ出《だ》し、森《もり》に吸《す》い込《こ》まれて消《き》える。


 倒《たお》れる者《もの》の重《おも》みが地面《じめん》に伝《つた》わるたび、森《もり》はわずかに震《ふる》えた。


 まるで別《べつ》の生《い》き物《もの》のように。


 

 生《せい》と死《し》の境目《さかいめ》は、はっきりした線《せん》ではなかった。


 ただ揺《ゆ》らぎとしてそこにあり、越《こ》えた瞬間《しゅんかん》に何《なに》が変《か》わるのかさえ、誰《だれ》にも分《わ》からないほど曖昧《あいまい》だった。



 

 ◇




 ミナギは、その中心《ちゅうしん》に立《た》っていた。


 指示《しじ》の声《こえ》は出《だ》している。


 だがその声《こえ》は、大《おお》きな流《なが》れの表面《ひょうめん》で弾《はじ》かれ、奥《おく》までは届《とど》かない。


 返《かえ》ってくるのは反応《はんのう》ではなく、戦場《せんじょう》そのもののうねりだった。



 思考《しこう》は止《と》まらない。


 前《まえ》へ。


 次《つぎ》へ。

 


 被害《ひがい》をどう減《へ》らすか。


 それだけに向《む》かって動《うご》き続《つづ》ける。



 配置《はいち》を変《か》える。


 退路《たいろ》を確保《かくほ》する。


 混乱《こんらん》を一か所《しょ》に押《お》しとどめる。



 どれも正《ただ》しい判断《はんだん》だった。


 それでも全体《ぜんたい》の流《なが》れの前《まえ》では、細《ほそ》い枝《えだ》が水流《すいりゅう》に抗《あらが》っているようなものだった。 




 戦《いくさ》は、最初《さいしょ》から一人《ひとり》の意志《いし》を受《う》け入《い》れる形《かたち》ではできていない。


 それは人《ひと》の集《あつ》まりというより、すでに進《すす》み始《はじ》めた「現象《げんしょう》」に近《ちか》い。



 タヅマの言葉《ことば》が、遠《とお》くではなく内側《うちがわ》から響《ひび》く。 



『一度《いちど》燃《も》え広《ひろ》がった戦《いくさ》の火《ひ》は、理屈《りくつ》では消《け》せませぬ――』



 火《ひ》はただの比喩《ひゆ》ではない。


 広《ひろ》がり続《つづ》け、周《まわ》りを巻《ま》き込み、止《と》めようとする力《ちから》さえすり減《へ》らしていくものだ。



 戦《いくさ》は、止《と》まらないのではない。


 止《と》めるための手段《しゅだん》そのものを、少《すこ》しずつ奪《うば》っていく。



 ミナギの胸《むね》にあるのは怒《いか》りではなかった。


 冷《ひ》えた重《おも》さだった。



 選《えら》べる道《みち》が減《へ》っていく感覚《かんかく》。


 正《ただ》しさが削《けず》られていく感覚《かんかく》。



 どちらも戦場《せんじょう》の速《はや》さに追《お》いつかない。


 守《まも》るために何《なに》かを削《けず》らなければならない。


 削《けず》ることで、別《べつ》の何《なに》かを受《う》け入《い》れなければならない。


 救《すく》おうとすれば、別《べつ》の場所《ばしょ》が崩《くず》れる。


 正《ただ》そうとすれば、また別《べつ》の場所《ばしょ》に傷《きず》が移《うつ》る。


 その矛盾《むじゅん》の中《なか》で、ミナギは立《た》ち続《つづ》けていた。



 戦《いくさ》は止《と》められない。


 それは負《ま》けを認《みと》める言葉《ことば》ではなく、この場《ば》そのものが持《も》つ形《かたち》だった。


 それでも今《いま》の自分《じぶん》にできることはある。



 始《はじ》まってしまった戦《いくさ》の中《なか》で、少《すこ》しでも味方《みかた》の被害《ひがい》を減《へ》らすこと。


 崩《くず》れゆく流《なが》れの中《なか》で、わずかでも秩序《ちつじょ》を保《たも》つこと。


 流《なが》れに飲《の》まれながら、何《なに》を守《まも》り、どこまで崩壊《ほうかい》を受《う》け入《い》れるかを選《えら》び続《つづ》けること。



 それだけが、ミナギの覚悟《かくご》だった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。