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アマガタリ  作者: ひよりの
第一章
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22/47

業火


 ミナギがむらってから、はやくも半年はんとし月日つきひながれようとしていた。


 アサはミナギにおしえられた日々(ひび)修行しゅぎょうおこたらなかった。


 いし動物どうぶつほね丁寧ていねいならべ、かぜにおいにみみまし、とりむしこえ意識いしき集中しゅうちゅうさせる。


 みずながれがいわたるおとから変化へんかを読み取り、空気くうきかすかなうねりから、方向ほうこう気配けはいを感じる。


 そうして、日々(ひび)しずかに――


 しかし全身全霊ぜんしんぜんれいごしていた。


 だが、どれほどませても、むねおくにぽっかりといたあなふさがらなかった。


 ミナギとごした時間じかん


 わした言葉ことば視線しせん


 ふとした仕草しぐさのひとつひとつのおも手繰たぐることで、ようやくこころ均衡きんこうたもつしかない毎日まいにちつづいた。



 そんな日常にちじょうにも、戦乱せんらんかげしのっていた。


 山向やまむこうのむらが、狗奴国くなこく軍勢ぐんぜいによって蹂躙じゅうりんされたといううわさが、かぜってとどく。


 げるにおい。


 さけごえ


 ――想像そうぞうするだけでむらおもしずみ、不安ふあん緊張きんちょう空気くうきおおった。


 アサはちいさくいきをつく。


 そして、まえもりのざわめきにみみましながら、次第しだいせま喧騒けんそう気配けはいを、こころ奥底おくそこで感じ取った。




 そのは、もりがざわめいていた。


 木々(きぎ)らめき、葉擦はずれがいつもとちがおとてる。


 かぜひくうなり、えだらしてもり全体ぜんたいふるわせる。


 とりたちはこえひそめ、もり沈黙ちんもくおとずれていた。



 なにかがおかしい――


 自然しぜんのすべてが、なにおそるべききざしをまえに、いきんでいるかのようだった。


 やがて、はなけむりにおいがかぜってただよってきた。


 アサはいきみ、はっとかえる。



 むらが――


 心臓しんぞうね、あし自然しぜんまえへとうごく。


 もりけ、むらへのほそみち必死ひっしけた。


 そのさきに、しんじられない光景こうけいひろがっていた。


 むらはずれにかれた簡素かんそくら。  


 干物ほしもの。  


 わら屋根やね――


 すべてがにかかり、けむりのぼらせ、赤黒あかぐろほのおがる。


 きしおと


 破裂はれつする屋根やねおと。  


 そして――じるかすかなさけごえ


 アサのあしふるえ、むねいたみにめつけられる。


 かつてみなわらい、おだやかな日々(ひび)ごしたむら中心ちゅうしんが、ほのおおおわれ、はいけむりまれていく。


 とおくに、狗奴国くなこくへいたちの姿すがたえた。


 たてに、やりかまえ、容赦ようしゃなくむらすす男達おとこたち


 わらごえさけごえざりい、むら蹂躙じゅうりんする。


 その冷酷れいこくさに、アサのむねこおる。


「……母様かあさま――!」


 アサは咄嗟とっさした。


 ははまもるため、自分じぶんいえへ――



 しかし、突如とつじょくらかげがアサのまえちはだかった。


 狗奴国くなこくへい――無造作むぞうさ武具ぶぐらし、つめたいひかり宿やどおとこ――が、みひとつなく、その身体からだみちふさぐ。


 つぎ瞬間しゅんかん、アサの身体からだ地面じめんたたきつけられ、つち小石こいしかおねる。


 衝撃しょうげきいきのどまり、むねはげしくめつけられた。


 恐怖きょうふ血液けつえき隅々(すみずみ)にまでわたり、心臓しんぞうあたまのてっぺんまでがる。 


 視界しかいれ、世界せかいゆがみ、もりのざわめきも、とおくのほのおおとも、すべてとおのいていく。


 ただへい存在そんざいと、全身ぜんしんはしいたみだけが現実げんじつとしてせまる。


 そのおとこかおにはみこそないものの、くちびるはしにはうっすらとした下卑げび感情かんじょうにじみ、たのしげにひかっていた。


「――おいおい、どうした、こわがるのか?」


 ひくく、てるようなこえ耳元みみもとひびく。


 その冷酷れいこくさ、下衆げすさに、アサの身体からだふるえ、全身ぜんしん硬直こうちょくする。


 けむりにおいのなかで、へいうでがさらにちからすたびに、いたみと恐怖きょうふ増幅ぞうふくされ、のない絶望感ぜつぼうかんがじわじわとアサをつつんでいく。



 ――その瞬間しゅんかんだった。


 兵士へいし首元くびもとに、つめたくひか短刀たんとう深々(ふかぶか)さった。


「ぐあっ――……!」


 兵士へいし驚愕きょうがくこえをあげる。


 そのくちからあわとなってあふれ、兵士へいし身体からだふるえた。


「……この、おんな……!」


 アサは見開みひらいた。


 ――ははだった。


 はは必死ひっし形相ぎょうそうで、全身ぜんしん使つかって兵士へいしらいつく。


 二人ふたり地面じめんこすい、土埃つちぼこりげたわらにおいがめるなかで、はげしくった。


 はは短刀たんとう容赦ようしゃらなかった。


 はがねつめたさと生々(なまなま)しさがざりい、兵士へいしにくつらぬく。


 しかしつぎ瞬間しゅんかん兵士へいしやりははむねやぶり、ははおおきくくずちた。


 いたみと衝撃しょうげきかすかにうめき、においがはなす。


 ははたおれる間際まぎわ兵士へいしもまた、どろにまみれてしずかに息絶いきたえた。


「――母様かあさま!」


 アサはさけびながら、必死ひっし身体からだこした。


 よろめくあしふるえ、ひざどろはいよごれ、おもうようにうごかない。


 ほのおけむりにむせる空気くうきなかみ、むね熱気ねっきいきうばわれながらも、ただ必死ひっしははのもとへ。


 ははあらく、断続的だんぞくてき呼吸こきゅうなかで、かすかにくちびるうごかす。


 アサはふるえる必死ひっしははばした。


 ははが、そのにぎかえした。


 あら呼吸こきゅうなかで、はは最後さいごちからしぼり、あか瑪瑙めのうにぎらせた。


 なかたくされた瑪瑙めのうは、ははねがい、ははいのちそのものだった。


「――き、て……」


 かすれたこえは、かぜにかきされそうになりながらも、アサのこころふかきざまれた。


 瑪瑙めのうにぎりしめ、むねてる。


 その瞬間しゅんかんははしずかに、ふかいきき、事切こときれた。


 背後はいごほのおがはじけ、けむり渦巻うずまなか、アサのからはなみだめどなくながちる。


 普段ふだんけっして言葉ことばあいしめさなかったははが、いのちがけで自分じぶんまもろうとした。


 アサの全身ぜんしんを、けるようなふか絶望ぜつぼうと、後悔こうかいいたみがつらぬいた。


 なみだまらず、くちからは嗚咽おえつれ、どろすすにまみれ、かおはぐしゃぐしゃによごれる。


 げた木々(きぎ)においとにおいが鼻腔びくうす。


 アサはがり、はしした。


 いたみ。  


 疲労ひろう。  


 恐怖きょうふ。  


 絶望ぜつぼう――


 すべてを蹴散けちらすように。



 かえることはゆるされない。


 からない。


 どこに辿たどけるのかも、見当けんとうもつかない。


 ――ただひたすらに。


 もりけ。  


 え。    


 あしげ。  


 うでる。



 びるために。


 びることだけが、ははねがいにこたえる唯一ゆいいつ手段しゅだんだと、こころさけんでいた。



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