↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アマガタリ  作者: ひよりの
第一章
PR
21/138

戦の炎




 宮《みや》の外《そと》では、日《ひ》ごとに景色《けしき》の輪郭《りんかく》が変《か》わっていた。


 かつて静《しず》かな空《あ》き地《ち》だった場所《ばしょ》には杭《くい》が打《う》ち込《こ》まれ、太《ふと》い縄《なわ》が幾重《いくえ》にも張《は》り巡《めぐ》らされている。


 それは境界《きょうかい》であり、同時《どうじ》に意思《いし》の形《かたち》でもあった。


 人《ひと》の手《て》で引《ひ》かれた線《せん》が、土地《とち》の意味《いみ》を塗《ぬ》り替《か》えていく。


 木《き》は切《き》り倒《たお》されるたびに乾《かわ》いた音《おと》を立《た》て、倒《たお》れた幹《みき》はすぐに運《はこ》ばれ、梁《はり》へ、柵《さく》へ、盾《たて》の骨格《こっかく》へと姿《すがた》を変《か》えていく。


 森《もり》は少《すこ》しずつ、戦《いくさ》の構造物《こうぞうぶつ》へと組《く》み替《か》えられていた。



 鍛冶場《かじば》では槌《つち》の音《おと》が途切《とぎ》れない。


 火花《ひばな》とともに立《た》ちのぼる煙《けむり》は、空《そら》へ消《き》えず、どこかに沈《しず》んでいくようだった。



 兵《へい》たちは列《れつ》をなし、歩幅《ほはば》を揃《そろ》え、槍《やり》を構《かま》える。


 訓練《くんれん》は繰《く》り返《かえ》しを越《こ》え、身体《からだ》に染《し》みついた習慣《しゅうかん》となっている。


 命《めい》じられずとも動《うご》くことが、日常《にちじょう》になっていた。



 周辺《しゅうへん》の村々(むらむら)から若者《わかもの》は消《き》えていく。


 別《わか》れは言葉《ことば》にならず、残《のこ》された者《もの》は再《ふたた》び畑《はたけ》へ戻《もど》る。


 それでも手《て》つきは以前《いぜん》より重《おも》い。



 火矢《ひや》と油壺《あぶらつぼ》はすでに整然《せいぜん》と積《つ》まれ、まだ使《つか》われていないにもかかわらず、燃《も》える未来《みらい》だけを内包《ないほう》している。




 その流《なが》れの中《なか》で、ミナギは立《た》っていた。


 すべての音《おと》がひとつの方向《ほうこう》へ収束《しゅうそく》しているはずなのに、わずかな齟齬《そご》だけが残《のこ》り続《つづ》ける。


 その違和《いわ》は、胸《むね》の奥《おく》で沈《しず》み続《つづ》けていた。




 ◇



 

 ヤツガシラは、極《きわ》めて微量《びりょう》でも命《いのち》を奪《うば》い得《う》る毒《どく》であった。


 同時《どうじ》に、慎重《しんちょう》に扱《あつか》えば鎮痛《ちんつう》や保温《ほおん》にも用《もち》いられる薬《くすり》でもある。


 毒《どく》と薬《くすり》の境界《きょうかい》は極端《きょくたん》に薄《うす》い。


 ゆえに宮《みや》の薬庫《やっこ》で厳重《げんじゅう》に管理《かんり》され、帳面《ちょうめん》と鍵《かぎ》と薬師《やくし》によって制御《せいぎょ》されていた。



 ミナギは薬師《やくし》トグサの元《もと》を訪《おとず》れる。


 トグサは慎重《しんちょう》に言葉《ことば》を選《えら》びながら答《こた》えた。



「帳面上《ちょうめんじょう》の記録《きろく》では、持《も》ち出《だ》しはございません」



 少《すこ》しの沈黙《ちんもく》の後《のち》、続《つづ》ける。



「ただし……薬庫《やっこ》の警備《けいび》を担当《たんとう》していた兵《へい》が一名《いちめい》、父君《ちちぎみ》の御逝去《ごせいきょ》の前夜《ぜんや》より姿《すがた》を消《け》し、現在《げんざい》も行方《ゆくえ》が知《し》れません」



 その事実《じじつ》が、静《しず》かに意味《いみ》を変《か》える。



 記録《きろく》にはない空白《くうはく》。


 現場《げんば》から消《き》えた人間《にんげん》。



 ヤツガシラの所在《しょざい》は証明《しょうめい》できない。


 だが、偶然《ぐうぜん》として片付《かたづ》けるには線《せん》が揃《そろ》いすぎていた。



 父《ちち》の死《し》。


 ヤツガシラ。


 消《き》えた兵《へい》。



 それでもなお、どの断片《だんぺん》も単独《たんどく》では決定打《けっていだ》にならない。


 現状《げんじょう》では、隼比古《はやひこ》の名《な》を挙《あ》げることはできない。


 動《うご》けば、疑念《ぎねん》そのものが政治的《せいじてき》な罪《つみ》になる。


 それでもミナギの中《なか》では、結論《けつろん》だけが静《しず》かに固《かた》まりつつあった。



 ――これは、意図《いと》された死《し》だ。



 だがそれを外《そと》へ出《だ》す手段《しゅだん》はない。


 真実《しんじつ》に到達《とうたつ》することと、真実《しんじつ》を使《つか》える形《かたち》にすることは、まったく別《べつ》の戦《いくさ》である。


 そして今《いま》の自分《じぶん》は、そのどちらにも届《とど》いていない。




 宮《みや》の外《そと》では鍛冶《かじ》の音《おと》が絶《た》えない。


 鉄《てつ》を打《う》つ響《ひび》きが、地面《じめん》の奥《おく》へ沈《しず》み込《こ》んでいく。


 戦《いくさ》は、もはや不可逆《ふかぎゃく》の現実《げんじつ》としてそこにあった。



 それでも、ミナギはその場《ば》を動《うご》かなかった。


 風《かぜ》が遠《とお》くを通《とお》り過《す》ぎ、乾《かわ》いた木材《もくざい》の匂《にお》いがわずかに混《ま》じる。


 視界《しかい》の端《はし》で、兵《へい》たちがなおも列《れつ》を整《ととの》え、槍《やり》を構《かま》えている。


 その動《うご》きには迷《まよ》いがない。


 迷《まよ》いがないこと自体《じたい》が、すでにひとつの完成《かんせい》として成立《せいりつ》していた。



 ミナギの胸《むね》の奥《おく》に沈《しず》んだ違和《いわ》だけが、それに抗《あらが》うように微《かす》かに残《のこ》る。



 ――止《と》める。



 その言葉《ことば》は、もはや命令《めいれい》でも願望《がんぼう》でもなかった。


 構造《こうぞう》の中《なか》で、かろうじて形《かたち》を保《たも》つ一点《いってん》の抵抗《ていこう》だった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。