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アマガタリ  作者: ひよりの
第一章
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兇行




 朝《あさ》の光《ひかり》はまだ低《ひく》く、森《もり》の中《なか》に斑《まだら》の光《ひかり》を落《お》としていた。


 冷《つめ》たい空気《くうき》が胸《むね》を刺《さ》し、踏《ふ》みしめる落葉《おちば》が静寂《せいじゃく》を際立《きわだ》たせる。


 父《ちち》は趣味《しゅみ》の鹿狩《しかが》りに没頭《ぼっとう》し、この時《とき》ばかりは孤独《こどく》を好《この》み、誰《だれ》にも邪魔《じゃま》されたくないことを知《し》っていた。

 


 ――そこを狙《ねら》う。



 鹿《しか》の警戒心《けいかいしん》に満《み》ちた鳴《な》き声《ごえ》が遠《とお》くで響《ひび》き、森《もり》全体《ぜんたい》が息《いき》を潜《ひそ》めたように静《しず》まる。



 隼比古《はやひこ》は弓《ゆみ》を握《にぎ》り、父《ちち》の背《せ》を追《お》った。


 矢筒《やづつ》から取《と》り出《だ》した矢《や》は、微《かす》かに黒《くろ》ずみ、毒《どく》が塗《ぬ》られている。


 狗奴国《くなこく》のものに見《み》せかけるための細工《さいく》も施《ほどこ》した。


 指先《ゆびさき》が弦《つる》に触《ふ》れるたび、冷《つめ》たい汗《あせ》が流《なが》れる。


 胸《むね》の奥《おく》で、恐怖《きょうふ》と高揚《こうよう》が綱《つな》を引《ひ》いていた。


 小《ちい》さな吐息《といき》が漏《も》れるが、声《こえ》は森《もり》のざわめきにかき消《け》される。




 父《ちち》の姿《すがた》を確認《かくにん》すると、隼比古《はやひこ》は矢《や》をそっと構《かま》える。


 鹿《しか》が跳《は》ねる音《おと》が遠《とお》くで響《ひび》き、心臓《しんぞう》の鼓動《こどう》は弦《つる》を引《ひ》く力《ちから》と呼応《こおう》する。



 指《ゆび》が弦《つる》を放《はな》つ瞬間《しゅんかん》、風向《かざむ》きが変《か》わり、葉《は》がざわめく。


 矢《や》は静《しず》かに飛《と》び、父《ちち》の背《せ》に突《つ》き刺《さ》さった。


 微《かす》かな抵抗《ていこう》とともに父《ちち》の肩《かた》が震《ふる》え、両膝《りょうひざ》が地面《じめん》に折《お》れ、体《からだ》を支《ささ》えきれなくなった。


 しかし毒《どく》はすぐには彼《かれ》を奪《うば》わなかった。


 体内《たいない》でじわりと浸透《しんとう》し、血液《けつえき》と筋肉《きんにく》を蝕《むしば》む。



 父《ちち》は必死《ひっし》に立《た》ち上《あ》がろうとする。


 しかし手足《てあし》の力《ちから》は徐々(じょじょ)に抜《ぬ》け、体《からだ》は震《ふる》えを止《と》められない。 


 吐息《といき》は荒《あら》く、声《こえ》にならないうめきが漏《も》れ、胸《むね》の奥《おく》で熱《ねつ》と冷《つめ》たさが入《い》り混《ま》じる。


 呼吸《こきゅう》は乱《みだ》れ、意識《いしき》は朦朧《もうろう》とし、痛《いた》みによって筋肉《きんにく》が痙攣《けいれん》する。



 隼比古《はやひこ》はその様子《ようす》を見《み》つめながら、心《こころ》の奥《おく》に冷《つめ》たい満足感《まんぞくかん》を覚《おぼ》えた。


 同時《どうじ》に、ゆっくりと苦《くる》しむ父《ちち》の姿《すがた》に、得体《えたい》の知《し》れない恐怖《きょうふ》を覚《おぼ》えた。



 生《い》きながら毒《どく》に蝕《むしば》まれ、もがき苦《くる》しむ父《ちち》――


 その残酷《ざんこく》さは、計画《けいかく》の成功《せいこう》よりも鋭《するど》く胸《むね》を突《つ》いた。




 長《なが》く、苦悶《くもん》に満《み》ちた時間《じかん》が森《もり》に落《お》ちる。


 父《ちち》の肩《かた》は大《おお》きく震《ふる》え、腕《うで》を伸《の》ばして地面《じめん》にしがみつく。


 呼吸《こきゅう》は不規則《ふきそく》になり、うめき声《ごえ》は波《なみ》のように漏《も》れ、森《もり》全体《ぜんたい》に冷《つめ》たい緊張《きんちょう》を残《のこ》す。



 やがて、全身《ぜんしん》が力尽《ちからつ》き、肩《かた》が崩《くず》れ落《お》ちる。


 口元《くちもと》から泡《あわ》を吹《ふ》き、苦悶《くもん》の痕跡《こんせき》を残《のこ》したまま、父《ちち》は静《しず》かに地面《じめん》に倒《たお》れた。


 森《もり》に漂《ただよ》う冷《つめ》たい朝《あさ》の光《ひかり》が、父《ちち》の亡骸《なきがら》を照《て》らす。


 その姿《すがた》は、まるで運命《うんめい》に屈《くっ》した王《おう》の象徴《しょうちょう》のようであり、森《もり》は静《しず》かに


 ――しかし確実《かくじつ》に、暗《くら》い影《かげ》に包《つつ》まれていた。




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