ミナギは妾腹の子であった。
母は海の民の出であった。
潮の匂いをまとい、宮中のしきたりに縛られない気質は、王に強く愛された。
しかし、運命は残酷であった。
母はミナギを産むや否や、この世を去った。
遺された幼子は病弱で、呼吸すらも戦いのような日々を送ることとなる。
熱病に倒れるたび、祈りが捧げられ、文字通り命をつなぐ儀式が繰り返される。
やがて五歳を迎えた頃、ミナギは耶馬台国の日神呼の庇護のもとに預けられた。
幼く病弱な彼にとって、そこまでの道程は過酷を極めた。
護衛や世話役が何人も付き従い、輿や背負いで村や山道を何日も越える。
風の匂い。
土の湿り。
山間の冷気が体を刺すように肌に触れ、疲弊した小さな体は揺らぎながらも、目的地に向かって進んだ。
――そうしてたどり着いた耶馬台国は、朝日を含んだ金色の霧が山間に漂い、高天の原と呼ぶに相応しい荘厳さであった。
耶馬台国での生活で、彼の体は少しずつ光を取り戻し、投馬国の者たちも驚くほど、以前の虚弱な姿を忘れさせるほどに成長した。
そして、知識と才覚はみるみる磨かれ、学ぶ力は尋常ならざるものとなった。
教えられることを瞬時に理解し、血肉として取り込む。
さらに人心を掌握する天賦の才も備わり、その冷静な視線には、未来の王としての器が宿っていた。
兄・隼比古は本妻の子として生まれ、容貌端正、武術の才もあった。
しかし内面は高慢で浅慮、臆病さを抱え、他者への嫉妬に支配されていた。
周囲がミナギの才を称えるたび、彼の心は荒れ、酒と女に溺れ、己の存在価値を慰めるしかなかった。
臣下の信頼は薄く、父の寵愛は自然とミナギへ傾いていく。
隼比古の心の中には、黒々とした嫉妬と焦燥が渦巻くばかりであった。
――ある日のこと、隼比古は父の声を耳にした。
次の跡目はミナギに譲る、と臣下に告げている。
胸の奥で、彼の理性は冷たく崩れた。
その様子を見る、后・宇良の影があった。
隼比古にとって宇良は愛する女ではなかった。
自身の子を産み、手駒として使える女――
その価値だけが、彼女を見つめる眼差しの理由であった。
しかし宇良は、ただ黙って後ろに立っているだけの女ではなかった。
そっと隼比古に近づき、囁くように言う。
「――時には、見ているだけでは道は開けぬこともございます」
柔らかな響きの裏に、冷たい計算が隠されているのが、隼比古には薄々分かる。
隼比古の胸中で黒々と渦巻くもの。
その渦に、宇良の言葉が微かな熱を注ぎ込む。
「誰も気づかぬうちに、流れを変えられる方がおられます――まさに、貴方様のように」
――この者の言う通りかもしれぬ。
己ならば、誰も気づかぬうちに、流れを変えることができるのだ。
背後で冷たく微笑む宇良の視線を感じながら、隼比古の黒い野心が、一際鮮明に膨らんでいく。
そして、暗殺の計画は瞬く間に形を得る。
鹿狩りの際、毒矢を射て父を討つ――
鏃は狗奴国のものに見せかけ、長年の拮抗関係にある狗奴国への攻撃を正当化する。
隼比古の心は、暗い昂りに包まれた。