帰路
森を抜けるとすぐに道は細くなり、やがて獣道のようなものへと変わる。
踏み固められた土は少なく、落ち葉が深く積もり、足を取る。
枝がミナギの頬をかすめ、時折、足元で小石が崩れる。
だが、歩みは緩めなかった。
――急がなければならない。
初日は、ほとんど休まなかった。
日が傾き、森が暗さを増しても、足を止める気にはならない。
夜が濃さを増すにつれ、森に獣の気配が差し込んでくる。
そこでようやく、岩陰に身を寄せる。
背を預けると、全身の力が抜ける。
そのまま崩れ落ちそうになるのを、かろうじて堪える。
目を閉じると、最後に村で見た光景が浮かぶ。
アサの、今にも泣き出しそうな顔。
――戻らない。
あの時、確かにそう思った筈なのに。
ミナギは心中で苦笑する。
(厄介なものだな)
短く息を吐く。
やがて、意識が落ちる。
だが、眠りは浅い。
夜明け前、ミナギは再び歩き出した。
二日目。
山はさらに深くなる。
道と呼べるものはほとんど消え、獣の通り道すら曖昧になる。
木の根が地面を這い、踏み外せば、そのまま崩れ落ちるような斜面が続く。
谷を越える。
足場は不安定で、一歩ごとに石がずれる。
体を低くし、重心を落としながら慎重に進む。
だが、慎重でいながら速い。
無駄な動きが一切ない。
岩場を登る。
指先に力を込め、体を引き上げる。
濡れた岩が滑る。
爪の先が割れる。
だが、構わない。
流れの早い川に出る。
水は冷たい。
膝まで浸かると、一瞬で感覚が奪われる。
それでも渡る。
流れに逆らい、石を踏み、体を支える。
足を取られれば、そのまま下流へ持っていかれる。
渡り切ったとき、足はすでに自分のものではないようだった。
藁を編んだ履き物は水を吸い、形を失いかけていた。
足裏にまとわりつく重さが、歩くたびに遅れを作る。
それでも足は止まらない。
止まれば終わると、体が知っている。
痛みも、疲労も、すべて後回しにされる。
――ただ前へ。
――ただ、速く。
三日目。
山を抜けると、視界が開けた。
その瞬間、空気が変わる。
湿った森の匂いが消え、乾いた草の匂いが広がる。
緩やかな盆地。
見慣れた地形。
その先に――
投馬国の中枢があった。
幾重にも巡らされた柵が、盆地の中央を囲い込むように連なっている。
削り出した木杭は高く、隙間なく並び、外界を拒む壁となっていた。
その内側に、屋根が重なる。
低く構えた住居群の奥に、ひときわ大きな建物があった。
厚く葺かれた茅の屋根は幾層にも重なり、広がるように反り返っている。
さらにその背後には、高く組まれた櫓が二つ、空を切り取るように立っていた。
――変わらない。
いや、変わっていないはずの光景だった。
幼い頃から見慣れたはずのそれが、どこか遠いもののように感じられる。
ミナギは目を細め、ゆっくりと息を吐く。
そして、歩みを速めた。
柵をくぐる。
門を越える。
中へ入った瞬間――視線が集まった。
至る所から。
人が、左右に分かれる。
そして――ひとりが、膝を折った。
「お戻りを、お待ちしておりました」
低く、抑えた声。
それを合図にしたかのように、周囲の者たちも次々に頭を垂れた。




