↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アマガタリ  作者: ひよりの
第一章
PR
14/137

帰路




 森《もり》を抜《ぬ》けるとすぐに道《みち》は細《ほそ》くなり、やがて獣道《けものみち》のようなものへと変《か》わる。


 踏《ふ》み固《かた》められた土《つち》は少《すく》なく、落《お》ち葉《ば》が深《ふか》く積《つ》もり、足《あし》を取《と》る。


 枝《えだ》がミナギの頬《ほお》をかすめ、時折《ときおり》、足元《あしもと》で小石《こいし》が崩《くず》れる。



 だが、歩《あゆ》みは緩《ゆる》めなかった。



 ――急《いそ》がなければならない。  




 初日《しょにち》は、ほとんど休《やす》まなかった。


 日《ひ》が傾《かたむ》き、森《もり》が暗《くら》さを増《ま》しても、足《あし》を止《と》める気《き》にはならない。


 夜《よる》が濃《こ》さを増《ま》すにつれ、森《もり》に獣《けもの》の気配《けはい》が差《さ》し込《こ》んでくる。


 そこでようやく、岩陰《いわかげ》に身《み》を寄《よ》せる。



 背《せ》を預《あず》けると、全身《ぜんしん》の力《ちから》が抜《ぬ》ける。


 そのまま崩《くず》れ落《お》ちそうになるのを、かろうじて堪《こら》える。



 目《め》を閉《と》じると、最後《さいご》に村《むら》で見《み》た光景《こうけい》が浮《う》かぶ。


 アサの、今《いま》にも泣《な》き出《だ》しそうな顔《かお》。



 ――戻《もど》らない。



 あの時《とき》、確《たし》かにそう思《おも》った筈《はず》なのに。


 ミナギは心中《しんちゅう》で苦笑《くしょう》する。



(厄介《やっかい》なものだな)



 短《みじか》く息《いき》を吐《は》く。


 やがて、意識《いしき》が落《お》ちる。 


 だが、眠《ねむ》りは浅《あさ》い。



 夜明《よあ》け前《まえ》、ミナギは再《ふたた》び歩《ある》き出《だ》した。

 



 ◇




 二日目《ふつかめ》。


 山《やま》はさらに深《ふか》くなる。


 道《みち》と呼《よ》べるものはほとんど消《き》え、獣《けもの》の通《とお》り道《みち》すら曖昧《あいまい》になる。


 木《き》の根《ね》が地面《じめん》を這《は》い、踏《ふ》み外《はず》せば、そのまま崩《くず》れ落《お》ちるような斜面《しゃめん》が続《つづ》く。



 谷《たに》を越《こ》える。


 足場《あしば》は不安定《ふあんてい》で、一歩《いっぽ》ごとに石《いし》がずれる。


 体《からだ》を低《ひく》くし、重心《じゅうしん》を落《お》としながら慎重《しんちょう》に進《すす》む。


 だが、慎重《しんちょう》でいながら速《はや》い。


 無駄《むだ》な動《うご》きが一切《いっさい》ない。



 岩場《いわば》を登《のぼ》る。


 指先《ゆびさき》に力《ちから》を込《こ》め、体《からだ》を引《ひ》き上《あ》げる。


 濡《ぬ》れた岩《いわ》が滑《すべ》る。


 爪《つめ》の先《さき》が割《わ》れる。


 だが、構《かま》わない。


 流《なが》れの早《はや》い川《かわ》に出《で》る。



 水《みず》は冷《つめ》たい。


 膝《ひざ》まで浸《つ》かると、一瞬《いっしゅん》で感覚《かんかく》が奪《うば》われる。


 それでも渡《わた》る。 


 流《なが》れに逆《さか》らい、石《いし》を踏《ふ》み、体《からだ》を支《ささ》える。


 足《あし》を取《と》られれば、そのまま下流《かりゅう》へ持《も》っていかれる。



 渡《わた》り切《き》ったとき、足《あし》はすでに自分《じぶん》のものではないようだった。


 藁《わら》を編《あ》んだ履《は》き物《もの》は水《みず》を吸《す》い、形《かたち》を失《うしな》いかけていた。


 足裏《あしうら》にまとわりつく重《おも》さが、歩《ある》くたびに遅《おく》れを作《つく》る。


 それでも足《あし》は止《と》まらない。


 止《と》まれば終《お》わると、体《からだ》が知《し》っている。


 痛《いた》みも、疲労《ひろう》も、すべて後回《あとまわ》しにされる。



 ――ただ前《まえ》へ。  


 ――ただ、速《はや》く。




 ◇

  



 三日目《みっかめ》。


 山《やま》を抜《ぬ》けると、視界《しかい》が開《ひら》けた。


 その瞬間《しゅんかん》、空気《くうき》が変《か》わる。


 湿《しめ》った森《もり》の匂《にお》いが消《き》え、乾《かわ》いた草《くさ》の匂《にお》いが広《ひろ》がる。



 緩《ゆる》やかな盆地《ぼんち》。


 見慣《みな》れた地形《ちけい》。


 その先《さき》に――


 投馬国《とうまこく》の中枢《ちゅうすう》があった。



 幾重《いくえ》にも巡《めぐ》らされた柵《さく》が、盆地《ぼんち》の中央《ちゅうおう》を囲《かこ》い込《こ》むように連《つら》なっている。


 削《けず》り出《だ》した木杭《きぐい》は高《たか》く、隙間《すきま》なく並《なら》び、外界《がいかい》を拒《はば》む壁《かべ》となっていた。



 その内側《うちがわ》に、屋根《やね》が重《かさ》なる。


 低《ひく》く構《かま》えた住居群《じゅうきょぐん》の奥《おく》に、ひときわ大《おお》きな建物《たてもの》があった。


 厚《あつ》く葺《ふ》かれた茅《かや》の屋根《やね》は幾層《いくそう》にも重《かさ》なり、広《ひろ》がるように反《そ》り返《かえ》っている。


 さらにその背後《はいご》には、高《たか》く組《く》まれた櫓《やぐら》が二《ふた》つ、空《そら》を切《き》り取《と》るように立《た》っていた。




 ――変《か》わらない。



 いや、変《か》わっていないはずの光景《こうけい》だった。


 幼《おさな》い頃《ころ》から見慣《みな》れたはずのそれが、どこか遠《とお》いもののように感《かん》じられる。



 ミナギは目《め》を細《ほそ》め、ゆっくりと息《いき》を吐《は》く。


 そして、歩《あゆ》みを速《はや》めた。



 柵《さく》をくぐる。


 門《もん》を越《こ》える。


 中《なか》へ入《はい》った瞬間《しゅんかん》――視線《しせん》が集《あつ》まった。


 至《いた》る所《ところ》から。



 人《ひと》が、左右《さゆう》に分《わ》かれる。


 そして――一人《ひとり》が膝《ひざ》を折《お》った。

 


「お戻《もど》りを、お待《ま》ちしておりました」



 低《ひく》く、抑《おさ》えた声《こえ》。


 それを合図《あいず》にしたかのように、周囲《しゅうい》の者《もの》たちも次々(つぎつぎ)に頭《こうべ》を垂《た》れた。

 




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。