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アマガタリ  作者: ひよりの
第二章
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絆のかたち



 みや正門前せいもんまえ


 広場ひろばは、すでに大勢おおぜいひとくされていた。



 やがて――


 ざ、とおとそろう。


 ひとなみが、自然しぜんれた。


 そのさき


 高台たかだいへとつづきざはしうえに、ひとつのかげあらわれる。



 ミナギだった。



 まと白磁はくじころも暁風ぎょうふうはらんでかすかに波打なみうち、その姿すがたにはまよいもらぎの欠片かけらもない。


 そのまま、高台たかだいへとつ。


 視線しせんめぐらせる。


 一度いちどだけ。


 それだけで、ちかけていたざわめきが、しおくように、すっとしずまった。


 

「――此度こたび



 こえちる。


 あさんだ空気くうきふるわせて、広場ひろば隅々(すみずみ)まで、のがさずとどこえ


投馬国とうまこくは、邪馬台国やまたいこくとのきずなを、言葉ことばではなく――かたちとしてしめす」


 かぜが、わずかにあけはたらす。


「これは、たんなる往来おうらいではない。われらの意志いししめすものだ」


 視線しせんが、まっすぐまえ射抜いぬく。


みちながく、やすくはない。だが――かならずや、す」


 覇気はき冷徹れいてつさをあわった断言だんげんが、広場ひろばたす空気くうき一瞬いっしゅんめる。



 支配しはいする沈黙ちんもくなか――



まえへ」



 タヅマの硬質こうしつこえとおった。


 ばれたアサは、となり浮羽うきはとともに一歩いっぽす。


 えた敷石しきいしめ、きざはしした――見上みあげるミナギの御前ごぜんへとすすた。



 あゆったタヅマが両手りょうてささうつわには、神酒みきたされている。



「――無事ぶじを」



 みじか言葉ことばとともに、しずかにされたそれに、アサはゆっくりとばす。


 指先ゆびさきが、うつわふちれる。


 ひやり、とした感触かんしょく



 その瞬間しゅんかん――


 頭上ずじょうからするどく、しかしおもみをった視線しせんちてきた。


 ミナギの双眸そうぼうが、アサを射抜いぬく。


 まっすぐに。



「――」


 いきまる。


 むねが、どくりとつよる。


 ミナギのひとみは、なにかたらない。


 そこにかぶのは、あくまで投馬国とうまこくべるおうかおであり、つめたくまされた仮面かめんそのものだ。


 けれど、ほんの一瞬いっしゅんだけ。


 そのひとみおくが、たしかにこたえた。


 言葉ことばにはならない、なにかで。



 アサはしずかにいきととのえながら、昨夜さくやのことをおもしていた――


 


 ◇




 ――出立前夜しゅったつぜんや


 よるみや回廊かいろうにて。


 アサはふと木柱もくちゅうかげせ、ぼんやりと篝火かがりびつめていた。


 明日あす出立しゅったつはやいというのに、こころかず、なかなか寝付ねつけない。


 はしらはしらあいだ等間隔とうかんかくえられた鉄籠てつかごなかで、あぶらふくんだまきがぱち、とちいさくぜさせる。



 ほのおは、一定いっていかたちたもたない。


 れ。


 ゆがみ。


 ときおおきくふくらみ、またすぐにほそくなる。


 まるで、かない自分じぶんこころみたいだと、ふとおもう。



(……耶馬台国やまたいこく



 むねおくで、言葉ことばかぶ。


 まだたことのない景色けしき


 らない人々(ひとびと)


 らない空気くうき


 そのてに、自分じぶんつのだ。


 そうかんがえると、のどおくがきつくしぼられるような心細こころぼそさにおそわれた。


 むねなかに、不安ふあんおりが、じわりとひろがる。



 そのとき――



「アサ」



 ひくく、やわらかなこえ


 はっとして、いきまる。


 かえると、ミナギがしずかにあゆっていた。


 篝火かがりびひかりが、その面差おもざしをあわらす。


 ととのった表情ひょうじょう


 いつもの冷静れいせい眼差まなざし。


 だが――


 ほんのわずかに、そこに気遣きづかいのいろにじんでいる。



「ここでなにを?」


 こえは、おだやかだった。


 アサは、すこしだけ口元くちもとうごかす。


 わらおうとして――


 うまくいかない。


「……ねむれなくて」


 かすれたようなこえ


 なさけないほど素直すなおてしまった言葉ことばるアサのとなりへ、ミナギはなにとがめるでもなくならった。


 かたうほどではない。


 だが、かれまと清冽せいれつかおりと、たしかな体温たいおんはだとど距離きょりだった。



 アサは、ちらりとよこる。


 ミナギの横顔よこがお


 しずかな気品きひん宿やどした顔立かおだち。



 ――明日あしたからは。


 このひとこえぬくもりも、とどかない場所ばしょく。


 そう意識いしきした途端とたんむねなまりんだようにおもくなる。



 やわらかな笑顔えがお


 やさしく名前なまえぶ、ひくこえ


 それらがふたた自分じぶんけられるが、いつるのかからない。


 その事実じじつが、しずかにおもくのしかかる。



(……三年さんねん



 約束やくそくした。


 三年さんねんかえると。


 おもいを言葉ことばにした。


 ってもらった。



 それでも――不安ふあんえない。


 みちながい。


 なにこるかもからない。


 かえれる保証ほしょうなんて、どこにもない。



(……それでも)


 指先ゆびさきに、かすかなちからがこもる。


 約束やくそくは、ただのねがいじゃない。


 このひとが、けておくとった場所ばしょ


 つとった時間じかん


 それを、裏切うらぎるわけにはいかない。



 ちいさく、いきう。


 つめたい空気くうきが、むねおくまでちる。


 衣擦きぬずれのおと


 ミナギが、ふところれる。


 されたのは、藍染あいぞめのぬのにくるまれた小さく細長ほそながつつみだった。


「これを」


 されたそれを、アサは戸惑とまどいながらも両手りょうてる。


 ぬのをほどくと、なかからあらわれたのは――


 簡素かんそふで


 ちいさなすみ


 そして、もうひとつ。


 しろかわいた動物どうぶつほねけずった、小指こゆびほどのほそくだ


 側面そくめんには、ちいさなあながひとつだけ穿うがたれていた。


 アサはそれを指先ゆびさきでそっとげる。


「……これは」


「ムスビをぶためのものだ」


 ミナギはみじかった。


つよくな。いきほそとおせばいい」


 アサは、もう一度いちどそのくだる。


 かるい。


 けれど、ただのかざりではないおもみがある。


「ムスビなら、距離きょり問題もんだいにならないからな」


 アサは、ぱちりとまたたかせる。


文通ぶんつう……?」


 おもわず、こえすこはずむ。


 むねおくが、ほんのわずかにかるくなる。


 ミナギは、ちいさくうなずいた。


完璧かんぺきである必要ひつようはない。めればいい」


 みじかく、実務的じつむてき言葉ことば


 だが――


 そのあと、わずかにいて。


「おまえは、きらいじゃない」


 不意打ふいうちのように、ちる。


 アサのほおが、かっとあつくなる。


「ま、まだ下手へただから」


っている」


 即答そくとう


 おもわずかおげると――


 ほんのわずかに、目元めもとゆるんでいた。


 からかわれたのだとづく。


「もう……」


 ちいさな抗議こうぎこえれる。


 ミナギは、ハハッとわらった。


 みじかれたわらごえは、おう仮面かめんてた、どこか悪戯いたずらっぽい少年しょうねんのようだった。


 無防備むぼうびけられたそれが――


 あたたかくて。


 そして。


 きたくなるほどいとおしく、むねわたっていく。


 アサはこぼれそうになるなみだかくすようにうつむき、つつみをぎゅっと胸元むなもとめた。


 たしかな存在そんざい


 ――つながり。


「……いっぱいくね」


「ほどほどにしろ。むのはおれだ」


「じゃあ、みじかく、たくさんく」


余計よけいえるだろう」


 かるいやりり。


 いつもどおりの、何気なにげない言葉ことば往復おうふく


 それが――


 ぎゃくに、むねめつける。


 この時間じかんが、もうすぐわることを、はっきりときつけてくる。



 篝火かがりびが、またひとつぜた。


 よるは、まだふかい。


 けれど――


 確実かくじつに、あさちかづいていた。





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