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アマガタリ  作者: ひよりの
第二章
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出立の朝



 夜明よあまえみがよど投馬とうまみや広場ひろばは、すで松明たいまつひかりちていた。


 眠気ねむけのこしずけさは、どこにもない。


 わりにちているのは、めた緊張きんちょうと、おさえきれないいそがしさ。


 木組きぐみのやぐらからぜるが、あわただしくへい侍従じじゅうたちのかげ無数むすうばす。



 食糧しょくりょう


 保存ほぞんのためのうつわ


 予備よび武具ぶぐ


 そして――耶馬台国やまたいこくささげる貢物みつぎもの


 それらはすべて、先遣隊せんけんたいとともに、よるのうちにっていた。


 昨夜さくや侍従じじゅうたちがまぐるしくうごまわり、目録もくろく現物げんぶつわせながら、怒号どごうばしていた。




 そのころ――


 別棟べつむねおく


 アサはそこにた。


 そと喧騒けんそうからはなされたように、そこだけは、底冷そこびえのする静寂せいじゃく支配しはいされていた。


 土間どまえられたおおきな水桶みずおけから、しろ湯気ゆげがかすかにちのぼる。

 


失礼しつれいします」



 感情かんじょう抑揚よくようとした侍女じじょささやきが合図あいずだった。


 直後ちょくご、ざばりと容赦ようしゃのない水流すいりゅうがアサの頭上ずじょうからびせられる。



「――っ……!」


 のどおくいきこおりついた。


 井戸いどそこからげられたばかりのすようなみずは、皮膚ひふいてほねしんへと直接ちょくせつさる。


 かたから背筋せすじつたい、鎖骨さこつくぼみへと雪崩なだちる冷水れいすいが、体温たいおん一瞬いっしゅんうばっていく。


 はげしい悪寒おかん思考しこうしろはじけ、めた奥歯おくばがカタカタとかわいたおとてた。


 だが、間髪かんはつれず二度にど三度さんどみずそそぐ。


 ざばり、と容赦ようしゃなく。


 指先ゆびさきが、無意識むいしき強張こわばる。


 だが――はない。



 これは、きよめ。


 けがれをとし、私情しじょうも、まよいも、すべてあらながすためのもの。



 みずは、何度なんどもかけられた。


 やがて。


 したたしずくいたころ


 侍女じじょたちがしずかにうごく。


 されるのは――しろ


 くもりのない、あさころも


「こちらを」


 みじか言葉ことば


 アサは、ちいさくいきととのえ――それにうでとおす。


 えたはだに、かわいたぬのれる。


 さらりとした感触かんしょく


 ぬくもりはない。


 だが、不思議ふしぎく。


 余計よけいなものをゆるさない、ただきよく、まっすぐなしろ


 おびめられ、からだ輪郭りんかくまる。


 ゆるさないように。



 そのとき――


 幕布まくふがり、空気くうきがわずかにうごく。



 あらわれたのは、浮羽うきはだった。


 すでに装備そうびととのえている。


 表情ひょうじょうまり、視線しせんするどく、まよいがない。


 完全かんぜんに、たいひきいる指揮官しきかんかおだ。

 


 浮羽うきはひとみは、まっすぐにアサをとらえていた。


 一歩いっぽちかづく。


 視線しせんが、あたまから足元あしもとまでながれる。


 そして――まる。


 一瞬いっしゅん沈黙ちんもく


 やがて。


覚悟かくごはいいか」


 りんとしたこえが、く。


 みじかく、だが退路たいろつようないだった。



 アサはむねおくのこるわずかならぎをし、背筋せすじばして、その視線しせん正面しょうめんからめた。



「――はい」


 りんとした声音こわね


 その一言ひとことに、すべてをめるように。



 それをいた浮羽うきは口元くちもとが、ふっと不敵ふてきゆがんだ。


「……いいかおだ」


 あの見慣みなれた、どこかひとったようなみだ。


 こおりついていた空気くうきに、ほんの一瞬いっしゅんだけ温度おんどもどる。



「よし」


 みじかく、満足まんぞくげにう。


 そして、くるりとけた。


「――では、こうか」


 かる調子ちょうしで、肩越かたごしにげる。


 アサはむすんだくちびるつよめ、その背中せなかって朱色しゅいろひかり渦巻うずま広場ひろばへとした。

  




 

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