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アマガタリ  作者: ひよりの
第二章
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黎明の餞



 夜明よあまえ


 みやにわはまだ薄暗うすぐらく、そらすみながしたようにふかあいのこしている。


 夜露よつゆふくんだつちはしっとりとしずみ、みしめればわずかにおとう。


 とおくでは、出立しゅったつ支度したくをするものたちの気配けはい――


 ぬのこすれるおと


 ひくわされるこえ


 かすかな金具かなぐいが、きりこうでにじむようにひびいている。



 アサは、はしらかげ一人ひとりっていた。


 よるつめたさをのこした空気くうきが、ほおでる。



「アサ殿どの


 ひくく、おだやかなこえとどいた。


 しずかなよるへ、自然しぜんむようなこえだった。


 くと、タヅマがあるいてくる。


 歳月さいげつかさねた足取あしどりはしずかで、それでいて一歩いっぽごとにるがなかった。



「タヅマさま


 アサはすぐに姿勢しせいただし、ふかあたまげた。


出立しゅったつまえに、姿すがたえぬときましてな」


 めるようなひびきはない。


 ただ、気遣きづかこえだった。


「……もうわけありません。すこしだけ、こころととのえておりました」



 しばらくの沈黙ちんもく



 ――やがて、タヅマがくちひらく。


ことなる土地とちかい、ことなるかんがえをものたちとう……」


あたまかんがえたとおりには、いかぬこともおおいでしょう」


 アサはかおげた。


 タヅマは、そのひとみをまっすぐている。


まよいはありますか」


 いはみじかい。


 アサは一度いちどだけいきととのえた。


 むねおくかくしていたおもいを、そっとすように。


「……ございます」


 夜明よあまえ空気くうきが、わずかにめる。


「ですが――それでも、まいります」


「よろしい」


 タヅマはちいさくうなずいた。


まよいをかかえながら、それでもすすもののほうが、とおくまであるいていけるものです」


 ながとききてきたものだけがえる、おもみのある言葉ことばだった。



 とおくでだれかがぶ。


 出立しゅったつ準備じゅんびが、すこしずつちかづいてくる。



おそれはありますか」


「……はい」


「それでよいのです」


 タヅマはまよわずこたえた。


おそれは、びるためのさずけてくれる。ただ、そのおそれにこころまれてはなりません。おのれなんのためにそのおもむくのか。そのしんだけは、けっして手放てばなしてはなりませぬぞ」


 その言葉ことばき、アサの指先ゆびさきちからいる。


「はい」


 みじかいが、ふか返事へんじだった。



 タヅマはふところから、ちいさなつつみをした。


 ぬのなが年月としつきえ、やわらかくなっている。


 かどすこまるくなり、なが大切たいせつにされてきたことがかった。


「これを」


 両手りょうてす。



 アサは一瞬いっしゅんためらった。


 これは、ただのものではない。


 そうかんじたからだ。


 それでも、しずかにばす。


「これは……」


まもりです」


 タヅマはおだやかにった。


「かつてわたしわかかりしころはじめてさかいえるおりさずかったもの」



 わずかな


 その言葉ことばおくには、かたられていないおおくの時間じかんがあった。


「……タヅマさまの、大切たいせつなものでは」


「ええ」


 タヅマはすこわらった。


「ですが、わたしはこうして無事ぶじ役目やくめたし、もどってこられた。縁起えんぎわるくないはずです」


 アサはおずおずとばし、両手りょうてでそのつつみをった。


 布越ぬのごしのぬくもりが、不思議ふしぎなほどこころのこった。


大切たいせつにいたします」


 ふかあたまげる。


 タヅマはしずかにうなずいた。



 そして――


「アサ殿どの


 ぶ。


 ただそれだけで、空気くうきすこわった。


「はい」


「どうか、ご無事ぶじで」


 おさえたこえ


 アサはかおげた。


「……タヅマさまも、どうかお身体からだ大切たいせつになさってください」


 その言葉ことばに、めていた空気くうきすこしほどける。


 タヅマはほそめた。


 そこには、年相応としそうおうやわらかな表情ひょうじょうかんでいた。



「アサさま――!」

 


 とおくから侍女じじょこえひびく。


 タヅマは一歩いっぽがった。


「おきなされ」


 まるでみちひらくような仕草しぐさだった。


「はい」


 アサはふかれいをし、あるす。


 すなおと



 数歩すうほすすんだところで――


 アサはあしめた。


 そしてかえる。


「タヅマさま


なんです」


もどりましたら……もう一度いちど、ご指導しどうねがえますか」


 しずかなねがい。


 けれど、そのこえにはたしかなおもいがめられていた。


 タヅマはすこしだけほそめる。


 篝火かがりびひかりが、そのしわやわらかくらした。


「いくらでも」


 みじかく、けれどまよいのないこたえ。


 アサの表情ひょうじょうが、ほんのすこゆるむ。


 それだけで十分じゅうぶんだった。


 今度こんどこそ、かえらない。


 ひとながれのなかへ、あゆしていく。


 タヅマは、その背中せなかしずかに見送みおくった。




 周囲しゅういおとすこしずつもどり、みやあさはじまっていく。


 それでもタヅマは、しばらくそのっていた。


 やがて――


「……ますます、になられた」


 だれけるでもなく、しずかにつぶやく。


 つぎ瞬間しゅんかんには、いつもの老臣ろうしんかおもどり、ゆっくりときびすかえした。



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