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アマガタリ  作者: ひよりの
第二章
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想いを残して



 出立しゅったつ目前もくぜんにした祝宴しゅくえん――


 その前日ぜんじつのことだった。



 アサは部屋へやすみすわり、耶馬台国やまたいこくっていく荷物にもつをまとめていた。


 とはいえ――


 まえひろげられたものは、あまりにもつつましい。


 手入ていれされたえの麻衣あさごろもと、こまかな日用品にちようひん、そしてのひらにおさまるほどのちいさな巾着きんちゃく


 それだけだった。



 そのとき


「アサ、いるか?」


 戸口とぐちからこえがした。


 かおのぞかせたのは、浮羽うきはだった。


浮羽うきはさん?」


 アサがかおげる。


 返事へんじもなく、浮羽うきははずかずかとなかはいってきた。


 そして――


 ぴたり、とあしめる。


「……」


 浮羽うきはは、無言むごんのまま部屋へや見回みまわした。



 ちいさな寝床ねどこ


 ころもをしまうかご


 みずれるうつわ


 それだけだった。


 かべかざりがあるわけでもない。


 おんな部屋へやらしい装飾そうしょくも、ほとんどない。


 あまりにも、ものすくない。


「……なんだ、ここ」


「え?」


「こざっぱりしすぎだろ」


 浮羽うきはあきれたようにう。


「おまえものたなすぎじゃないか?」


必要ひつようなものだけあれば、十分じゅうぶんなので」


 アサはこまったようにわらった。


 浮羽うきはかたをすくめる。


「まあ……おまえらしいけどな」


 そういながら、もう一度いちど部屋へやなかながめる。


 その視線しせんが――


 ふと、アサの膝元ひざもとまった。


「それ、なんだ?」


「あ……」


 アサのが、わずかにまる。


 そこにあったのは、ちいさなぬのつつみだった。


「これは……」


 アサはつつみをひざうえき、そっとぬのひらいた。


 なかからあらわれたのは――


 ふたつのしなだった。

 


 ひとつは、かんざし


 ほそじくさきに、ふかみどり翡翠ひすいかざられている。


 ひるひかりけるたび、いしおくねむるようないろが、しずかにかびがった。


 この部屋へやにあるほかものとは、あきらかにかくちがう。


 もうひとつは――


 つくられた、素朴そぼくくしだった。


「これ……」


 浮羽うきはほそめる。


「ミナギからか?」


「はい」


「どっちも?」


 アサはちいさくうなずいた。


くしは、ミナギがつくってくれたんですよ」


つくった?」


 浮羽うきはくしのぞんだ。


 素朴そぼくくし


 かざりはほとんどない。


 けれど、根元ねもとには、二羽にわとりうようにられていた。


「……あいつ、こんなのるのか?」


「ふふ……」


 アサがちいさくわらいながら、くし指先ゆびさきでそっとでた。


 そのつきが、あまりにもやさしい。


 まるでくしそのものをいとおしむように。


 浮羽うきはは、だまってその様子ようすていた。


 そして――


 ふっと、いきく。


「……ミナギも、相当そうとうだな」


「え?」


「いや。なんでもない」


 おとこおんなへ、かみれるものをおくる。


 いつもにつけていてほしいものをおくる。


 それが、どんな意味いみつのか。


 ただのおくものではない。


 言葉ことばにせずとも、おもいをつたえるものだ。


 それも――


 なみおもいではない。


 そこまでかんがえて、浮羽うきはちいさく苦笑くしょうした。


 ――あいつ。


 おもってる以上いじょうに、れてるな。


 浮羽うきははアサをる。


 けれど、とう本人ほんにんは、そんなことにはづいていなさそうだった。



 浮羽うきはは、しばらくなにわなかった。


 ふっとせる。



 数日後すうじつごには――


 アサは耶馬台国やまたいこくかう。


 ミナギは投馬国とうまこくのこる。


 それぞれが、それぞれのくにきなければならない。


 つぎえるのが、いつになるのか。


 そもそも――


 またえるのか。



 アサの耶馬台国やまたいこくきの表向おもてむきの理由りゆうは、巫女みことしての修行しゅぎょう


 だが――


 それだけではない。


 日神呼ひみこはすでによわいかさね、その御身おんみには、いのかげしずかにはじめている。


 そしていま――


 各地かくちから、巫女みこ素養そようむすめたちをあつめ、つぎなる後継者こうけいしゃ選定せんていが、水面下すいめんかすすめられている。



 その数多あまたむすめたちのなかでも。


 アサは異質いしつだった。


 日神呼ひみこみずからが、直々(じきじき)指名しめいしたむすめ――


 そのことを、アサはまだふか理解りかいしていない。


 自分じぶんせられたもののおもさを、彼女かのじょはまだ、本当ほんとうにはらない。


 ただ――


 あたえられた運命うんめいしたがい、つとめをたすため。


 そうおもって、耶馬台国やまたいこくかおうとしている。



 けれど。


 もしアサがしん日神呼ひみこものとしてえらばれてしまえば――


 そのさきっているのは、祭殿さいでん奥深おくふかくにもり、世俗せぞくからはなされたかただった。


 そうなれば――


 彼女かのじょが、この投馬国とうまこくつちむことはない。


 ミナギとの再会さいかいも――


 二度にどと、かなわない。



 そしてミナギは、ただの一人ひとりおとこではない。


 投馬国とうまこくおうだ。


 おうには、おうとしてのつとめがある。


 くにつなぐため。


 のこすため。


 同盟どうめいむすぶため。


 いつか、アサではないおんなきさきとしてむかえることも――


 きっと、けられない。



 そうかんがえた瞬間しゅんかん


 浮羽うきはむねに、おもいものがしずんだ。


 ――こんなにも、おもっているのにな。


 それでも。


 二人ふたりには、それぞれの立場たちばがある。


 だから、はなれなければならない。


 浮羽うきはには、それがかっていた。


 かっているからこそ――


 やるせなかった。



 ただ、ひとつだけ浮羽うきはにはかっていることがあった。


 この二人ふたりは、きっと簡単かんたんにはわすれられない。


 はなれても。


 何年なんねんっても。


 たとえ、それぞれべつだれかと人生じんせいあゆむことになったとしても。


 こころのどこかにのこつづけるだろう。



 浮羽うきはは、アサの手元てもと視線しせんとした。


 翡翠ひすいかんざし


 ミナギがおくったもの。


 そして――


 ミナギが、みずかつくったくし


「……っていくんだろ」


「え?」


「それ」


 浮羽うきはあごくしした。


わすれるな」


「……はい」


 アサはくし大切たいせつそうにぬのもどした。


 その横顔よこがおながら、浮羽うきはちいさくいきく。


「……まったく」


「?」


「おまえらも……難儀なんぎ運命うんめい背負せおったもんだな」


 アサは意味いみからず、くびかしげた。



 浮羽うきはは、それ以上いじょうなにわなかった。


 ただ、こころなかおもう。


 ――せめて。


 もう一度いちどくらい。


 二人ふたりが、なん立場たちば背負せおわずに。


 ただたがいをおもえるればいい。


 ただのおとこおんなとして。


 そんなねがいがかな保証ほしょうなど、どこにもない。


 それでも――


 浮羽うきはは、そうねがわずにはいられなかった。




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