98話
リーダー格の男と数名の兵士に取り囲まれるようにして町の中を歩く事数分。訳も分からないままリエル達が連れて来られたのは……
「冒険者ギルド?」
図らずも、報告の為に最初に尋ねようと考えていた場所へと連れて来られ無意識に言葉が出てしまったリエル。そんなリエルに男は何も言うこと無くドアへと手を掛けて建物の中へと入っていく。
開けっ放しのドアからリエル達が続いて中へ入ると聞き覚えのある声がリエルの耳に飛び込んでくる。
「リエルさん!帰ってこれたのね!?」
声の主はダンジョンの広場で別れたエミリアだった。
エミリアはリエルの姿を見るや、直ぐに飛んできてリエルの全身を撫で回し始める。
「ちょ、ちょ、ちょっとエミリアさん?」
「……どこかが無くなってたりはしないわね。はぁぁぁ…良かった」
平静を取り戻したように見えたエミリアだが、その顔はみるみる恨めしそうな表情へと変わり…次の瞬間エミリアはリエルへ指を突き付け、まくし立てるよ様に喋りだす。
「負傷者が意識不明で運ばれて来たって聞いた時は血の気が引いたわよ!私が止められなかったばっかりにあんな小さな子が命を落としたって事になったら、寝覚めが悪すぎて生きた心地じゃ無かったんだからね!」
「ご、ご迷惑をお掛けしました」
「全くよ」
文句を言えた事で少しは満足したのか、エミリアが呆れた様子で表情を緩ませる。
「それで――」
ギルド職員と受付で話をしている兵士へ視線を逸らして流し見した後、リエルの耳元へ顔寄せる。
「なんで衛兵隊――しかもあいつと一緒にいるの?」
エミリアの言っているあいつが誰を指したものなのかをすぐに察したリエルは、顔の前で手の平を小さく振って答える。
「知りませんよ。私はてっきりダンジョンの事で何か聞かれるかと思ったんですけど、なんかそうじゃない雰囲気でして…」
「説明も無しに?」
「説明も何も、こちらに選択権はないって感じでした」
「…ほんと、情け無いとしか言えないわね。こんな小さい子が相手でも傲慢に振る舞って、人として恥ずかしいと思わないのかしら?」
「ちょっとエミリアさんっ」
「私は事実を口にしたまで。それにあいつに従ってる兵士なんかに私達をどうこうする度胸なんて無いわよ」
エミリアの口から吐き出される容赦の無い言葉で聞き、リエルはゆっくりと近くの兵士へと目をやる。
無論、この二人のやり取りは周囲を取り巻いている兵士にも聞こえている。だが、エミリアの言葉通り兵士達に動きはない。我関せずといった様子。
内心ヒヤヒヤしているリエルとは打って変わって、エミリアの方は少しも悪怯れる様子は無く、太々しい態度で腕を組み唸りながら天井を見上げている
その、今までの印象からは想像出来ない振る舞いにはリエルも目を丸くしてしまう。
「私がギルドに知らせてから兵士が集められるまでに結構時間をかけてたみたいだから、その間に領主にも連絡がいったんでしょうね。それであいつに声がかかったと…」
「それで、あの人は一体何なんですか?」
尋ねられたエミリアはわざとらしく近くの兵士を一瞥してから、ゆっくりとリエルの耳元へ顔近づける。
「領主子飼いの一人で名前はフロギス。領主に雇われる前は優秀な冒険者だったらしいわ。最も今では領主の命令に従う、金に目が眩んだ能無し野郎だけどね」
「おい!無駄話をやめてさっさとついてこい!奥で領主様がお待ちだ!」
受付でのやり取りを済ませた元冒険者の男――フロギスがリエルを怒鳴りながら呼び付ける。
エミリアからの話の流れでなんとなく予想はしていたリエルだったが、やはり…と言うべきか。連れて来られた理由にこの街の領主が絡んでいるのをフロギスの言葉で確信する。
「(確か…この街の領主様ってベルセフォネさんが気を付けろって言ってたけど…やだなぁ…絶対面倒ごとになるわよね、これ)」
これからその問題の領主と対面しなければいけないとなると、気が滅入る思いに苛まれるリエル。
だが、そんな考えを巡らせている事など知る由もないフロギスは、頭を悩ませるリエルに向けて再び怒号を浴びせる。
「貴様!さっさと来いと言っているのが聞こえんのか!」
怒鳴られたリエルは項垂れながらも、相手の機嫌を損ねるのは得策ではないと諦め、エミリアに軽くお礼を言ってその場を後にする。
受付までやってくると、フロギスは少しも隠す事なくリエルに不快感を露わにしながら言葉を口にする。
「本来であれば貴様の様なエルフがお目通りできる方ではないのだ。わかったら大人しくついて来い」
フロギスはそう言い放つと主人が待っている部屋へ向かい歩き始める。
その後ろをついて行こうと足を前へと出したリエルだったが、我慢出来なかったナシタがリエルの動きに待ったをかける。
〖リエル様!この様な人間に従う必要など無いかと存じ上げます!黙って聞いていれば無礼を体現するかの如き振る舞い、生かしてく価値は御座いません!何卒私にこの塵に鉄槌を下す許可を!〗
ヒートアップしていくナシタの言葉にはリエルも一部同意する所もある。実際直ぐにでもここから離れたいのはリエルも同じなのだ。
〖気が乗らないのは分かるけど…フォルメルさんにグリムリーパーの事を伝えないといけないからね〗
〖リエルよ、わかっておると思うが…〗
〖‘あまり情報は出すな’でしょ?〗
〖うむ。奴から受けた傷は回復させるのが困難な事は奴と対峙したものなら知る余地がある故、話ても不思議でな事ではないが、奴がグリムリーパーという名の邪龍だとかいう詳しい情報を語ればその知識の出所を追及されるやも知れん。監視されながら生活するのは面倒じゃ〗
〖分かってるわ。それに今日は大変だったからあたしも疲れちゃった。てな訳でナシタ。早めに終わらせる様にするから、貴方も大人しくしててくれるわね〗
〖ぐっ…リエル様がそう仰るなら…分かりました〗
〖よしよし。じゃーさっさと済ませてご飯でも食べにいきましょう〗
「おい!何度言わせる気だ!」
「そんな大声出さなくても聞こえてますから、怒鳴らないで下さい」
先の廊下で額に青筋を立ててこちらを睨みつけているフロギスへ向けて気持ち程度の悪態をついたリエルは、そそくさとフロギスの横を通り抜け、そばにある扉のノブに手をかける。
「あ、こら!ノックくらいしろ!これだから礼儀のなっていないエルフの子供は!」
「(この人に礼儀がどうとか言われるとは思わなかった…)」
フロギスを見ながら内心呆れてしまうリエルだったが…。
「こう思惑通りに事が進むとはな。こうして足を運んだ甲斐もあるというものだ。なぁエルフの小娘よ」
部屋の中から掛けられたのはまるで面識があるかのような言い回しの、多少恨みがましい気配が感じ取れる言葉。
そんな空気を読み取ったリエルはフロギスから室内へと意識を向ける。
「……」
目についた人物にリエルは言葉を失う。
部屋の中で待っていたのは何時ぞや街で声をかけて来た人物。貴族である事を鼻に掛けている様な男と、その護衛で気遣いを心得ていた騎士風の男。
領主が待っているという話だったので、気乗りしないのを堪えて会う事にしたというのに、まさかその領主がこの男だったとは。後者はともかく、前者は間違い無く人の話を聞かないタイプの人間だというのはリエルにも容易に想像できた。
〖ふむ、あの時の貴族か。こんなのが責任者とは、さぞこの町の住人は難儀しておるじゃろうなぁ〗
興味が無いだけに他人事のような語り口で感想を述べたミヤビ。
〖むぅ…リエル様の言葉なので大人しくついて来ましたが…礼儀知らずな部下の案内ともなればその主人もやはり同じ穴の狢か〗
〖回れ右して帰りましょうか〗
〖…帰りたいわよ〗
リエルとその背中に張り付いているブラン、その傍に佇むナシタの三人も目の前にいる人物に対する嫌悪感を口にする。
無論、その目の前にいる人物にはリエル達がどう思っておるかなど考えていないらしく、欲望を宿した瞳でリエル達を見ながら手招きする。
「何をしている?早くこっちへ来て座れ。でなければ話が進まんだろう」
〖だってさ。さ、早く終わらせてましょ〗
そう言ったリエルは部屋の中へと歩を進め、ミヤビ達もその後に続く。
〖む…これは…〗
〖え?何か言った?〗
部屋に入った際に零れたミヤビの呟きにリエルが反応する。
〖ん、なんでもない。気にするな〗
首を傾げるリエルの後ろ、部屋の外にいたフロギスは部屋の扉を静かに閉めるのだった。
ギルドマスターであるフォルメルは窓の側に立って深刻な表情で窓の外を見つめている…いや、考え込んでいる。
テーブルを挟んだ反対側でその様子を黙って見ているアレックスの顔ははっきりと蒼ざめていた。
「未知の能力を持った獣人ですか…。余り考えたくない話ですが、君が言うのだから間違い無いのでしょう」
「魔法なのかスキルなのかは僕には判別できませんでしたが、とにかくとんでもない魔力を放出していたのは確かでした」
「ふむ…。報告にあったドラゴンの方はどうでしたか?」
「す、すいません…僕が進めたのは最初の開けたエリアまでだったので、件のドラゴンはまだ確認出来ません。あの獣人は僕のスキルくらい平気で看破しそうな気がして…引くしかありませんでした」
「別に謝る必要はありませんよ」
謝罪を口にし申し訳なさそうな様子で報告をするアレックスに対し、窓の外を眺めていたフォルメルは自分の仕事机に向かって席に着つくと声色を変えることなく話を続ける。
「同時刻にダンジョンに潜ったという冒険者達はどうでしたか?」
「申し訳ありません…そちらもまだ確認出来ていません」
「ほう…。アレックス君にしては仕事ができてませんね」
少し…本当に少しではあるがフォルメルの口調には不満そうな気配が混じっているのを部下であるアレックスは敏感に感じ取る。
「今言ったでしょ!?あの正体不明の獣人に目を付けられてからでは逃げ切れるか怪しかったんですよ!その獣人が放出していた魔力を見たら、とてもじゃありませんがその先には進もうなんて考えられませんよ!?」
「【隠者の魂】を看破する可能性を持った獣人ですか…私は直接目にしてないのでなんとも言えませんが、本人がそう感じたのなら責める訳にはいきませんか」
顎を手で摩りながら後手後手になっている現状に頭を捻るフォルメル。
「(エミリア君から聞いた従魔の件とマルドゥク殿の言葉から、リエル君が普通の冒険者でないのは確定。謎の獣人の事も出来れば確証を得たかったですが…まぁ、タイミング的に彼女と無関係ではないと仮定して良さそうですね。こちらとしては本人が説明してくれるのが一番助かるのですが事情があるのでしょう)アレックス君。君は魔力の回復を済ませ次第、ダンジョンの調査を継続して下さい。必要であればマナポーションを使って頂いても構いません。敢えて念を押しますが、無茶はしないでいいです。君は替えのきかない能力を持っている事を忘れてはいけませんよ」
「マスターって僕の扱いが荒いですよね…」
「信頼していると思って貰えればと思いますね。さ、泣き言を言わずに職務を全うして下さい。私も――」
――コン、コン
部屋の扉をノックする音が響く。
「マスター、ダンジョンから怪我人が運ばれて来たとの報告が届きましたが、お時間宜しいでしょうか?」
「それは素晴らしい。お入りなさい」
「失礼します」
返事の後、部屋の扉が開き、ギルド特有の制服に身を包む女性受付職員が姿を見せる。そして速かにフォルメルの机の前まで歩いてくると、抱えるように持っていたファイルを机の上に静かに置き部屋から退室する。
それを静かに手に取ったフォルメルは書き綴られた報告に目を走らせていく。
「運ばれて来た冒険者に目立った外傷はなし…全員極度の疲労状態…魔力の欠乏と緊張状態が原因だと思われる…か。ふむ」
報告書をペラペラと捲っていくフォルメルにアレックスが疑問を挟む。
「緊張状態って…運ばれてきたのは新米の冒険者でしょうか?」
「ふむ…半分当たりですね。駆け出しに加え、中々の有名人も同じような状態で運ばれてきたようです。グラーグ君とソレイユ君ですか…。運んできてきた方に詳しい詳細を報告して頂きたいところですね。何々、救助してくれた方は…ほぅ…」
アレックスの問いに簡単に答えながら書類に目を通していくフォルメル。だが、とある一文を目にして眉を潜める。
「…どうかしましたか?」
様子を伺っていたアレックスがフォルメルの変化を察知し声をかける。
「どうやら彼等を救助したのはリエル君のようです。折角ですので本人に詳しい話を聞くとしましょう」
「え?」
短く言葉を告げたフォルメルはアレックスの間の抜けた声を置き去りにするように部屋の中央を横切り扉の先、部屋の外へと出て行ってしまう。
「ま、待ってくだいよ!」
そんなフォルメルの後を慌てた足取りでアレックスが追従する。
そうして二人が足を運んだのは沢山の冒険者でごった返しているギルドのロビー、その受付であった。
フォルメルは軽く視線を動かし目的の人物を見つけ出すと、早足で近づいていく。
相手もそんなフォルメルに気付くと軽く会釈を返す。
「大事なお話はお済みになられたんですか?」
「いえ、まだ途中と言ったところですよ、メルビー君。それと、先ほどは資料を届けてくれてありがとう御座います。早速目を通させてもらったところ、聞きたい事が出てきましてね。こうして足を運んだところです」
「聞きたい事ですか?」
「はい。負傷者を運んでくれた冒険者――リエル君…従魔を数体連れた少女なのですが、こちらに顔を出してたりしないですか?」
すると、メルビーと呼ばれた職員は少し間を開けた後、意味がわからないといった様子で首を傾げてしまう。
その仕草に釣られフォルメルの方も自然と首を傾げてしまったが、気を取り直して話を続ける。
「特に難しい事を聞いているつもりは無いんですが…何か心当たりでも?」
「いえ、その…マスターはご存知だと伺っておりましたので…」
「はい?何のことですか?」
何やらはっきりしないメルビーの言葉に眉を潜めるフォルメル。先ほど部屋で見せた時とはうって変わり、その雰囲気には怪訝さが滲んでいる。
「答えなさい。あなたの言ってるのは一体何のことですか?」
「そ、その、イシュバル様と使いの方がいらっしゃいまして…ダンジョンの件でマスターと打ち合わせの予定があるから客間を借りると…フォルメル様には話が通っていると仰っていたので…わ、私はフォルメル様のお手を煩わせる程の事ではないと思って…」
「確かにこれからの処置について話し合いの予定はありましたが…それはここでは無くイシュバル殿の館で行う事になっていたはずです。それをわざわざアレがこちらに来るなどと…一体どういう風の吹き回しなんでしょうかね」
「そ、それが…わ、私もイシュバル様の様子からは何か隠している…いえ、マスターと話があると言った事とはどこか別の思惑が感じられたのですが、それを尋ねるのも…」
しどろもどろになりながらも言葉を続けるメルビーだったが、フォルメルには語られた内容にそこまで取り乱すほどの問題があるかと疑問を覚えてしまう。
確認を怠ったという落ち度もあるにはあるが、それも相手が領主という立場の人間であればその言を疑うのはかえって面倒な事になると思っての対応だと考えれば目くじらを立てる様なミスとも言い難い。
むしろ今回の件にしてみれば領主という立場の者が偽りを述べてギルドを欺いたという事実の方がフォルメルにとっては都合が良かったくらいだ。
「もしや…リエル君は…」
「は、はい。その少女ですが、少し前に使いの方と一緒に客間の方に行かれましたので…奥で領主様とお話中かと…す、すみません」
メルビーが申し訳なさそうに告げると、フォルメルは普段の振る舞いからは似つかわしくない露骨な不快感を露わにする。
「愚か者に権力があればこうなるのも必然か。何故思慮深く物事を考えられない」
そう吐き捨てたフォルメルは客間へと続く扉に向かって歩き出す。




