97話 一難去って
―――――…
――――うっ…
――――うぅん…う?
僕は…そう…そうだ…グラーグさんが襲われて大怪我を負って…
――っ!?
あ、頭が痛い。それにこの身体の気だるさ。
……思い出してきた。
僕達がパニックになって…イザベラが周囲に魔法を撃ちまくったんだ。突然の襲撃でも何とかソレイユさんは冷静さを保っていて即座に探知魔法を使い状況を把握しようと…してたら動けなくなっていたグラーグさんの足から突然血が吹き出して…何も無い空間で宙吊りにされて……
それを目にしたイザベラが恐怖にかられて、在ろう事かグラーグさんの方に向けて【フレイムボルト】を使ったんだ。
すごい爆発の後、何かの雄叫びが響き、同時にグラーグさんが中に投げ出されて…僕とアルベールが瀕死のグラーグさんを無我夢中で引きずりながらソレイユさんの指差した壁の亀裂に走って…
それから……
だめだ、ここから記憶がはっきりしない…
…ん?
なんだろう…この妙な浮遊感?
あれ?僕――浮いてる?
「う…」
咥えていた人間があげた小さな呻きを拾ったブラン。
〖リエルさん、この人意識が戻ったみたいですが、下ろした方がいいですか?〗
〖ん?〗
「うわぁ!?な、何で!?やめろぉ!ぼ、僕なんて食べても美味しく無いぞ!だ、誰か助けて〜!!」
〖うわっ、な、何ですか突然?リ、リエルさん!何とかしてく――〗
「んぎゅ!?」
目を覚ましたと思ったら激しく暴れ出したノアはブランの顎門からするりと抜け出て急降下、受け身も取れずに顔面から地面へとつっこんだノアが情けない悲鳴を上げる。
直後、ノアは落下の衝撃なんて気にも留めずにブランから距離を取ろうと必死に手足を動かし這いずっている。
「お、落ち着いてください、あたし達は怪しい者じゃありませんから!ダンジョンに入る前に少しですがお話ししたじゃ無いですか」
腰にぶら下げていた照明石を手に持ち、自分の顔をしっかりと照らしてみせるリエルだが。
「あひぃぃ!?」
軽いパニック状態に陥っているノアにはリエルの言葉は届いておらず、只々その場から逃げ出そうと必死に地面を這っている。
〖リエル様がお声をかけてくださっているというのに、無礼な人間め〗
ノアの態度に耐えかねたナシタが彼の元へと素早く近づき、無防備なその背中に前足を突き出して軽く力を込める。
「わああああああ!!!」
絶叫し、涙を流しながらさらに激しく抵抗し暴れ始めるノア。
だが、そんな必死の抵抗も長くは続かなかった。
何故なら魔力の枯渇で気を失ってからここに至るまでにそれ程時間も経っていない事もあり、ノアの体には激しい動きに耐えられる力など回復していなかったのだから。
すぐにぐったりして地面に突っ伏してしまったノアに、リエルは再び話しかける。
「あの〜、大丈夫ですか?」〖あとナシタ、いい加減その手を退けなさい〗
〖は、はい〗
「うっ、ううぅ…うん?」
背中を押さえつけていた圧力から解放されると、ようやく自分にかけられている声が人族の発するものだと頭で理解したノアは頭をあげて声の聞こえる方へ振り返る。
「き、君は?君は確か、入り口であった…えーっと…」
頭痛を感じながらも体を起こしたノアは目の前の少女の名前を思い出そうと自分の記憶を辿る。
「あの時はちゃんと名乗ってはいなかったと思いますので。あたしはリエル。この子達はあ――」
〖リエルよ。ここはまだダンジョンの中なんじゃ。移動しながらの方が良かろうて。ブラン、引き続きその役立たずを運んでくれやせんか?〗
〖はい、構いませんよ〗
「えっ?えっ!?ちょ、ちょっとちょ!?」
「あ!大丈夫!大丈夫ですからね!貴方を運ぼうとしてるだけなので、どうか暴れないで下さい!」
ゆっくりと宙を移動して近付いてきたかと思えば、突然自分の襟元に顔を近付けてきたブランに驚いたノアが再び暴れ出しそうになるが、リエルの言葉で事なきを得る。
改めて宙ぶらりんの状態で運ばれる事になったノアだが、小さいとはいえウィングリザードの口元に自分の身が晒されているの緊張するようで、その表情はかなり硬い。
それでもリエルの言葉を信じて大人していられるのは、ソレイユとイザベラ、それと気を失っているグラーグとアルベールが同じ様に運ばれているのを目にしているからだろう。
(グラーグさんの方も手当ても済んでるの。助かって良かったッ!)
重症だったはずのグラーグが無事だった事に安堵し、だんだんと落ち着きを取り戻しつつあるノア。だが冷静になるにつれてきつい頭痛を感じるようになり、息苦しさが込み上げてくる。
ノアは腰のポーチに手をかけると水筒を取り出し、不安定な体勢を気にかける事なくそれを口へと運ぶ。
ゴクゴクと勢いよく水筒の中の水を喉の奥へと流し込んだノアは、「ふぅ」と一息ついて水筒をポーチへしまう。
そこでふと、ノアはある事に疑問を抱く。
この子供はダンジョンで起きた異変――あの未知のモンスターがいるこのダンジョンからどうやって自分達を救い出したのか?
従魔を連れているとは言え、従えているのはフォレストウルフにフォックスウルフ?そしてウィングリザードにピクシー。
どれもそれ程強い魔獣とは言い難い。
そうなれば他にも一緒に来ている腕の立つメンバーが何処かにいるはず。
しかし見る限りこの場にいるのはこのリエルと名乗った子供が一人だけ。
「リエル…さん?他の人達はどこに居るんですか?」
「はい?」
「異変に気付いて助けに来てくれたんですよね?一緒に来て頂いた人達は無事なんですか?」
「いいえ?ここに来たのはあたし達だけですけど「
少女はさも当然のように言葉を返してくる。
「ひ、一人で来たとは…無茶しますね…。そうなると、リエルさんは幸運な事に、あの姿の見えない正体不明の魔物には出食わさなかったと言うわけですね」
「魔物というと、ドラゴンのことですよね?」
「……は?」
「あれはなんと言えばいいか…追い返したというかやり過ごしたというか…」
なに食わぬ表情で答えたリエルだったが、ノアは口を開けたまま固まってしまう。
「……ドラゴンだって?僕達を襲った魔物の正体がドラゴン?え?冗談ですよね?」
こんな小さな子供が一人で助けにきたと言うのもノアには信じ難い話だったのだが、自分達を襲った相手の正体がドラゴンだったと告げられてしまっては、そちらに気がいってしまうのも当然だった。
ドラゴンという種族は非常に長い時を生きることができる生物であり、成熟した個体の強さたるや、小さな国程度であれば抗うことすら敵わず世界から消えてしまうだろう。そこへ刻んできた時間によって培われた叡智が宿るのだから尚更恐ろしい。
勿論そのレベルへ達するには長い時間を要する訳だが、その潜在能力の高さは間違いなく最上位クラスに位置する存在であり、並の冒険者などでは到底太刀打ち出来ない存在なのである。
「ええと、本当にドラゴンで間違い無いんですか?」
「本当ですよ?えぇっとー」
リエルは腰のポーチに手を突っ込むと、光沢のある黒い板を取り出し、ノアへと差し出す。
「何ですかこれ?金属の様にも似た質感ですが、どうも違う感じですね」
受け取った物をひっくり返したり、コツコツと軽く指で叩いているノアだが、それが何なのか見当がつかない様子。
それもそのはず。
「それ、ノアさん達を襲ったドラゴンの鱗です」
「……」
ドラゴンの鱗。
手に入れるのに多大な犠牲が必要と言われる貴重な素材。ドラゴンの素材から作られた武具を手に入れるのは多くの冒険者達の憧れであり、目標の一つ。その元になる素材を今、畏れ多くも駆け出し冒険者と言って差し支え無い自分が手にしている。
「えええええぇぇぇぇぇッ?!?!」
暫し固まっていたノアが突然大きく声を上げる。
「こ、これが超希少素材のドラゴンの鱗ですって!?と言うかリエルさん!そう言うのは一言言ってから出して下さいよ!」
「す、すいません。信用してもらうにはこれを見せるのが一番かと思って」
〖お前なぁ…それ一枚で数百の命が失われるほどの価値があると教えたじゃろう。他人にほいほい見せるような物ではないと思うぞ〗
〖だって、いまいち信用出来てないみたいだったから…〗
〖別に此奴らからそこまで信用を得る必要もないじゃろう。妾はギルドに報告する際に、そいつがあれば話が早いと思って拾ってきたんじゃぞ〗
「と、兎に角!これはお返しします!」
「あ、はい」
手が震えているノアからドラゴンの鱗を受け取ったリエルがそれをポーチにしまうと、話の切れ目を待っていたナシタから年話が送られる。
〖お話中にすいません。リエル様、空気の匂いから察するに入り口まで間も無くのようです〗
〖え、ほんと?〗
ダンジョンの入り口まで戻ってこれた事がわかると、リエルは先頭にいるナシタの元へ早足で近付き、グラーグの様子を伺う。
〖グラーグさんは…まだ意識は戻ってないけど、顔色は良くなってるから大丈夫よね。はぁ〜!無事に戻って来れて良かったぁ〗
〖うむ、大勢の人間がおるようじゃが、大方あの術師の娘の話を聞いて集められたなんかじゃろう。ちょうど良い、この者達は其奴らに任せてしまうとしよう〗
………
「そこで止まれ!こちらが良いというまでそのままだ!」
ダンジョンから帰還したリエル達を待ち受けていたのは大勢の兵士達と制止を促す言葉。
どういう訳か、この場にいる全ての兵士が例外なく手に持った槍の切っ先をリエル達へ向けている。
〖どういう事?〗
〖リエル様が不愉快であれば殺しますが?〗
〖絶対にやめて〗
この状況に困惑しているリエルに、声を上げた兵士が言葉を続ける。
「不躾で悪いがまずはこちらの問に答えたまえ!」
「あの!それよりもまずこの人達を医療施設に運んでくれませんか!?魔物に襲われて色々とダメージを負ってるんです!」
「怪我人?……その担いでる者達か。誰か、彼等を!それとお前、担架を持ってこい」
威圧的な振る舞いから受け取る印象とは裏腹に、責任者と思われる男はリエルの言葉を直ぐに聞き届け、迅速に部下へと指示を飛ばす。すると彼の側にいた数名の兵士は構えていた槍を近くの者に預け、すぐにリエルの元へと駆け寄ってくる。
リエルがナシタとブランへ目配せすると、二人は運んできたアルベール達をそっと地面に下ろし、そのばから数歩後退る。
兵士達は地面に降ろされたアルベール達の状態を軽く確認した後、運ばれて来た担架へ丁寧に乗せて運び出して行く。その後に続くように、疲労で動けずにいたノアが二人の兵士に肩を借りる形で歩き出す。
少し歩いた所でノアがリエルへと振り返り。
「リエルさん、みんなが目を覚ましたら、改めてお礼に伺いますので。どうも有難うございました」
去り際のその言葉にリエルは軽く手を振り、大勢の兵士達の中へと消えるノアを見送る。
そして、入れ替わるようにして責任者の兵士がリエルの前まで歩いてくる。
「さて?彼は君の事をリエルと呼んでいたが、君の名前で間違いないかね?」
「そうですけど」
「大人しくついて来てもらおう」
「……理由を伺っても?」
「機密事項だ」
「理由も聞かせてもらえない?なら従う気は――」
男はリエルの言葉に被せるように
「君に拒否権はない。おい、連れて行け」
そう言い放ち、踵を返す。




