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魔王の娘〜元神獣と父探し冒険記〜  作者: 蜂蜜餡子
到着、ダンジョンの町ミルドワ
97/99

96話 

 

 亀裂の中の小部屋からでてきたミヤビは少し離れた場所で一人、眼を閉じ腕組みをして静かに立っている。

 時々耳をピクピクと動かしているだけの姿は第三者の目にとって余りにも隙だらけに写るだろう。

 そんなミヤビの後を追って現れたクエレがミヤビの肩にゆっくりと取り付き、ミヤビの顔を覗き込む。


「気にしてるみたいね」


 その言葉に反応して、閉ざされていたミヤビの瞼がゆっくりと上がる。


「お前が余計な事を吹き込んでくれたからな。面倒な事をしおって」


「そう言われてもねぇ。でも、そんな気にするような問題?」


「・・・どうだかな」


「何よそれ。何かあるの?」


「・・・まぁお前は知らんからのぉ。これはあの子の生き方、と言うより過ごしてきた環境に難があったと言うしかない」


 村で生活していた頃のリエルは年の近い友人なんて一人もおらず、話し相手といえばリリーナやエリックが時間の大半を占める。

 それは幼いながらも自分が村で気味悪がられているのを意識していたからこそ、他人と距離を取るという選択を選んだ結果とも言える。

 その為、他人と感情をぶつけ合う行為に乏しいリエルには、拗れた関係を元に戻す手順が曖昧なものになってしまっているのだ。

 素直に謝る事が大事なのは分かっている。だが、頭では分かっていてもそれが出来ない。

 仮にこれがミヤビではなく、リリーナやエリックであればもっと違った反応になったのだろうが。


「ふーん。まぁ理由がわかってるならそのうちどうにかなるんじゃないの?」


「・・・だとよいがな」


 だが、ミヤビも遅かれ早かれこういう事態が起きるのではないかと感じていたこともあり、今後の事を思えばリエル自身で何とかしないといけない問題だと、割り切った態度で臨むのは難しい事ではない。



 自分ではそう思っていた。だが――



 ミヤビの心中は穏やかとは言い難く、自身でも何なのか分からない奇妙な感情に支配されているのを感じていた。

 それでも、長い時間を生きてきた経験は確かなもので、ミヤビの思考は今やるべき事へとシフトする。



(ブラン達にもいらん気を使わないように言ってく必要があるかもしれんなこれは。特に単純なナシタには念入りに説明しておかんと余計な仕事を増やすのが目に見えておるし・・・ん?)


 考えに耽っていたミヤビだが周囲の警戒に余念はなく、展開していた魔力感知の網は近付いてくる存在を正確に捉える。

 それはクエレも同様であり、二人の視線はダンジョンの奥へと向けられる。


「・・・やれやれ」


「お客さんみたいよ?」


 互いの距離が狭まる連れてダンジョンの奥から響いてくるのは複数の異なる鳴き声と何かで岩壁を叩くような音。

 ミヤビは感じとれる魔力からこの後姿を見せるだろう相手を想像して溜息をつく。


「大方、あのドラゴンから隠れていた魔物じゃろうが、それにしたってのぉ・・・」


 そう溢して間もなく、その集団がミヤビたちの前に姿を見せる。

 現れたのはゴブリンの群れで、一団は揃って下卑た笑みを浮かべながら、それぞれ手に持った多様な武器で地面や壁を叩いている。


「ギャギャ!エモノ!エモノ!」


「メスダ!メスダ!ツカマエロ!」


「ニンゲンノニオイモスルゾ!サガセ!サガセ!」


 耳に残る特徴的な声を上げながら現れたのは人化中のミヤビよりやや大きい目のゴブリンの集団で、手ぶらの個体、木製の棍棒と盾を持つ個体が半々程で構成されている。


 ミヤビ達の視線をよそに、ゴブリンのは集団は低級の魔物の割にはしっかりと統率された動きを見せ、素早い行動でミヤビ達を取り囲む。


 だが、全く危機感を感じていない様子のクエレがミヤビを見ると、ゴブリンを指差して一言。


「私がやろうか?」


 珍しく戦闘意欲を見せたクエレだったのだが、これはミヤビがゴブリン達など歯牙にも掛けないと思っての、ちょっとした気遣いと言えば適切だろうか。




 ――パンッ!!



 乾いた音がゴブリンの集団の中で響き、同時に真っ赤な花が開花する。

 周囲に広がるのはゴブリンの肉片と鮮血の香り。

 ゴブリン達は起きた事を理解するよりも先に、飛び散った血肉がその身に打ち付けられるのを肌で感じ取る。

 音の出所に目を向ければさっきまで目の前にいたはずの獣人の少女が、拳を突き出した姿勢で立っており、拳の向けられた先に残されていたのは上半身が吹き飛んだ仲間の姿であった。


「コイツッ!」


 一匹のゴブリンが棍棒を振り上げると、拳を突き出したままのミヤビ目掛けてそれを振り下ろす。


 ――ぶんっ!!


「グゲッ!!?」


 棍棒が起こした風切り音の後に響いたのは短い悲鳴。

 同時に飛び散る液体がダンジョンの壁面に音を立てて叩き付けられる。


「グ・・・ゲガァ・・・」


 棍棒を振り下ろしたゴブリンは、懐に潜り込んだミヤビから向けられた小さな掌と自分の胴体に開いた大きな穴を見ると、理解が追いつく間も無く意識を失い倒れ込む。

 骸とかしたゴブリンの腹の穴から流れ出る体液が地面を染めていく。


 唖然とした表情で見ていた他のゴブリン達も、変わり果てた仲間の姿からミヤビとの力の差を本能で理解すると、手に持っていた武器を投げ出して一心不乱に走り出す。


 脱兎の如く洞窟の奥へと向かって走っていくゴブリンの行動に対して、ミヤビは小柄ながらにも力強い舞踊のような動きで身に纏った衣類を躍らせながら詠唱を開始する。


 《大地を焼き 天まで焦がす原初の焔よ 我が魔力を憑代とし 世界の理に干渉せよ――》


 ミヤビの体から魔力の輝きが登り始めると、紡ぎ出される呪文に応えるように煌々と辺りを照らしながら徐々に大きく、そして急速に広がっていく。

 流れ出す魔力が十分に達した時、ミヤビはサッと両の腕を逃げるゴブリンに向けて突き出すと、目標を定めながらその魔法を解き放つ。


 《【神火 火産霊(ほむすび)】》





「ニゲロ!ニゲロ!」

「ヒィィィーー!」

「イソゲ!ジャマダ!」



「オ、オレヲ オイテイ――」



 恐怖と混乱の中、必死に逃げようと走るゴブリンの集団。その中間辺りにいたゴブリン達は前方から発せられる熱い光で動きを止める。


 立ち止まったゴブリン達はそれを見る。


 走るのを止めることで先を走っている仲間に置いていかれてしまう恐怖より確かな恐怖をその目に見る。


 そこには掌ほどの小さな光球が煌々と輝いており、発っせられる熱は、ゴブリン達の結末を暗示させる。


 ――ーィィ――ィン


 光球の出現にまだ気付いていなかった後方辺りを走っていた数匹のゴブリンが小さな耳鳴りに気付き、その瞬間何かに行く手を阻まれる。それは先を走っていた仲間のゴブリンだ。一心不乱で走っていたこともあり、立ち止まっていた仲間のゴブリンに気付かず追突したのだ。


 ぶつかったゴブリンが罵声を浴びせようとした瞬間。


 ――キュンッ!!


 短く鋭い音が響く。

 光球の出現から3秒ほどだろうか。

 ゴブリンの声はプッツリと途絶え、静寂に支配される。




「神格がない状態でも起源魔法が使えるとはねぇ・・・」


 小さなクレーター内部には何かがいたという痕跡は見つけられず、高熱を帯びた光が所々に見受けられるだけだった。

 その縁から中を見ていたクエレは驚き半分、呆れが半分といった感じの言葉を口にしミヤビに視線を戻す。


「炎以外になると難しいじゃろうがな。まぁ妾程となればこれくらいは自身の魔力で行使するのに支障は・・・まぁあまり無い」


 クエレの側まで歩みを進めたミヤビは、先ほどのクエレと同様、クレーターの縁から中へと視線を落とす。


「じゃが、少々範囲を絞り過ぎたじゃったな」


 そう言って視線を移した先にある物を見るミヤビ。


 クレーターの縁にはゴブリンが一匹、うつ伏せの状態で倒れており、動く気配無く横たわっている。

 その死骸は背中の部分の緩やかな曲線を描くように削ぎ取られており、炭化した断面から中に詰まっていた臓腑が顔を覗かせている。



「全て巻き込むつもりじゃったが、久々故こんなもんじゃろう。んんっ〜!しかし流石に妾も疲れたぞ」


 ミヤビは大きく欠伸をしながら伸びをし、感じていた気怠さを解消しようと体を軽く動かしながら亀裂の方へ引き返していく。

 その後を続くようにしているクエレが一言。


「スッキリした?」


 意味ありげに言葉を口にしたクエレだったが、ミヤビは一瞬耳をピクリと震わせただけで言葉を返すこと無く歩き続ける。


 そこへ――


「・・・何かあったの?」


 声と一緒に亀裂の小部屋からリエルが姿を見せ、ミヤビ達の方へ歩いて行く。その表情には疲れの色が見受けられる。


「大したことではない故気にするな。それよりもリエル。だいぶ疲れているように見えるが大丈夫か?」


「大丈夫?顔色悪いわよ?」


「う、うん。疲れは感じるけどまだ大丈夫」


 そう言って側まで飛んできたクエレを肩に乗せるリエルにミヤビが続ける。


「無理はするでないぞ。お前まで倒れたら面倒でかなわん。それと、お前がこっちに来たということはもう奴等の方は問題ないのか?」


「う、うん。ミ、ミヤビのお陰でグラーグさんも落ち着いてるし、アルベールさんも多分大丈夫」


「ならさっさとここから出るぞ。妾の放った使い魔も先程から感知できなくなっておる。今のところアレの反応も無いが戻って来ないとも言い切れん」


 そうリエルに告げるとミヤビは元の姿へ戻り、リエルの傍を通り過ぎて亀裂の小部屋へと向かう。


「ミ、ミヤビ・・・あのね・・・」


「ん」


 呼ばれ立ち止まったミヤビはリエルに顔を向ける。


「その・・・」


「なんじゃ、言いたいことがあるならはっきりせい。今は時間が惜しい」


「・・・ごめん」


 俯いたリエルは短く、それでも強い後悔の念が感じ取れる言葉が溢れる。


 それを聞いたミヤビは小さく息を吐くと、クエレを見る。


「・・・クエレよ。すまんが中にいるナシタ達に役立たず供を運んでくるように伝えて来てくれんか」


「・・・良いわよ」


 ミヤビの要望に一瞬間をおいてから了承を示したクエレはリエルの肩から飛び立ち亀裂へと向かうのだが、ミヤビとすれ違った時一言。


「一つ貸しよ」


 そう言い残してクエレは亀裂の中へと消える。


 二人きりになった事を確認したミヤビはリエルの傍へ歩み寄ると黙ってリエルの言葉を待つ。


「・・・ミヤビは頼みに応えてくれた。なのにあたしはミヤビに文句ばっかりいって・・・凄く嫌な子だったと思う・・・だから・・・ごめんなさい」


 ミヤビを見ながら消え入りそうな声でリエルは言う。


「・・・些か腹はたったが過ぎたことじゃ」


「・・・」


 ミヤビの言葉に俯いてしまうリエルにミヤビは続ける。


「顔を上げよリエル。これもちゃんと意味があった事と妾はもう気になどせん。それにお前はまだまだ若い。失敗も含め様々な経験をする事じゃろう。その経験を糧に次へと繋げられるようにするんじゃ。事ある毎にそんな気持ちをいつまでも引きずっておったら自分で自分が信用出来なくなってしまうぞ?妾の言ってる事が分かるか?」


「・・・」


 リエルは黙って頷くと顔を上げる。


「うむ、ならばこの話はもう終いじゃ。さっさとあの役立たず供を連れて街へ戻るぞ」


「・・・うん。ありがとう、ミヤビ」




 亀裂の中の小部屋へ戻ってきたリエルとミヤビを見て準備万端で待ち構えていたナシタが声を上げる。


 〖すでに移動できる状態ではありますので早々に移動を開始致しますか?〗


 ナシタはグラーグを背負い、口ではアルベールの装備している革製の軽鎧、その背の部分に露出しているベルトを咥えてぶら下げるように運んでいる。

 前衛職として体格の大きい二人を運ぶのには普段のナシタのサイズでは心もとなかっただろう。ナシタは自身の大きさを一回りほど大きく変化させているようだった。


 〖うん。あのドラゴンが戻ってくる前にここを離れましょ。悪いけど、その人達を運ぶのは任せるね〗


 〖何を仰ります!どうぞこのナシタにお任せ下さい!〗


 〖ありがとね、ナシタ〗


 〖リエルさん私も!私も手伝ってますよ!私の方が人数が多いです!〗


 念話で割り込んでくるのはブラン。他の三名を運んでいるブランはアルベールを運ぶのと同様にノアを口からぶら下げ、両の足にソレイユとイザベラをそれぞれ掴み宙を移動し、リエルの側へとやって来る。


 〖うん。ブランもありがとね〗


 〖えへへ~〗


 ドラゴンの表情というは分かりづらいが、恐らく笑顔を作っているのだろうブランの頭をリエルが優しく撫でる。行動を共にし始めてからそれほど時間が経った訳ではないが、なんとなくブランの性格を理解したつもりでいたリエルは、ナシタと張り合うようなブランの自己主張に意外な一面をみたと新鮮味を感じてしまう。


 そうこうしつつも一行は慎重に小部屋から出てくると、周囲の安全を確認しつつ入り口を目指して移動を開始する。


(おっと――)


 〖ん?ミヤビ?〗


 唐突に踵を返したミヤビにリエルが声を掛けるが、ミヤビはそれには反応もせずに離れていく。何処へ行くのかとリエルが立ち止まって見ていると、ミヤビはグリムリーパーとの戦闘跡、アルターキエラでグリムリーパ―に与えた傷口が作った小さな血溜まりの傍で足を止めると何やらその近辺を入念に探り始めるミヤビ。


(お、あったあった)


 リエルの元へと戻ってきたミヤビの口には濁った紫色をした砕けた破片が咥えられていた。


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